欲望の塔

 天を衝くどころか、天を突き抜ける塔があった。雲に阻まれ終わりの見えない塔は、最初は電波塔として建てられたものだったが、いつしかそうした機能とは関係なく現代の科学力のシンボルとなっていた。塔は未だに伸び続け、元あった古い塔を囲んで環状に新しく塔のパーツが増えていく。そうして年輪の様に付け足された外観だけが今も肥大している。いつでもどこかしらが拡張工事を行なっており、それが中の塔にわずかに反響し続けている。その音は何かの獣の鳴き声に似ている。それは下卑た薄ら笑いのようにも、怒りをたたえた呻き声のようにも聞こえる。とどまることを知らない人間の欲望が、底知れぬ怪物たちの讃歌が、塔の中を蠢いて空気を震わせる。計画段階でこの塔は「セコイア」と名付けられた。呼び名をつけた彼の、その皮肉めいた感情が窺い知れるような気がした。セコイアはヒノキ科セコイア属の常緑針葉樹であり、世界で最も大きく成長する種である。セコイアはその巨大さ故に雷を呼び起こし、周囲一帯を山火事によって焦土と化す。種子はその熱を利用しなければ球果を開くことができず、その灰の中で発芽する。そして拓けたその場所で自分だけが陽の光をひたすら吸って、ぐんぐん背丈を伸ばしていく。そうした姿は逞しいと評することも出来るが、自身のエゴイズムに身を任せ環境を支配してしまうことに対しておこがましいと評することも出来る。人間だって同じだ、とラーヒズヤ・ジェインは思う。人間もまた、エネルギーそのものを求めている様に見える。太陽に、その奥のもっと凄まじいエネルギー持った白色矮星に、きっとわたしたちは手を伸ばしているのだろう。アメーバが球状の体の一端を伸ばして獲物を取り囲もうとする様に。自分がいつか逆に取り込まれることも知らずに。塔を建てた人物は、これから資源という資源をかき集めて、終わりの見えない発展を始める人間たちを非難の眼差しで見ていたのではないか。なんだかそういう風に思うのだった。

 エレベーターを降りると、360度ガラス張りになった展望デッキの階層がある。塔が出来た初期でこそこのデッキはパーティーの会場や塔の住民の休憩所として機能しており、深夜でも人の絶えない場所であったが、今ではいつ訪れても人の気配はなかった。幾何学模様の描かれた絨毯もいつの間にか無くなり、今では革靴が薄く埃の被った大理石の床を叩くのみである。

 塔は周りを拡張中であり、より高さを増すために、すでに工事に取り掛かっている。そうした拡張部により360度を見渡せることをウリにしていたこの階層は半分ほど既に視界を覆われる格好になっている。残りの半分から見えるのは、煌びやかなこの都市のやはり反面である。つまり、世界有数のスラムを擁する雑多な低所得層の地域だ。わらわらと忙しなく動く人々の姿は塔の植物プラントの、葉の裏のアブラムシを想起させた。市場があり、特に広い一本道には両側に屋台が立ち並んだ。どの道にも人間や牛、自転車、バイク、車がひしめき合い、大層窮屈そうに各々がノロノロと動いている。ラーヒズヤはなにかの拍子に行き詰まると、気分転換すべくエレベーターでこの階に降り、双眼鏡で人々の生活を眺めるのが慣習、ルーティンだった。

 わらわらと、建物の間隙を縫って人々が移動する。それらの片隅にイヌやニワトリ、サルもいる。その通りでは体の大きいものから優先的に動く。まず自動車が通り、次に牛が通る。単車や自転車も通る。それらがやっと通っていって、初めて大人が通る。犬が通る、ヤギが通る、サルが通る、ニワトリが通る。そして、人間の子供が通る。せっせと親の屋台を手伝う子供も居るし、学校へ向かう者も出てくる。子ども達は無邪気に逞しく生きており、ラーヒズヤはそうした子ども達を眺めることが多かった。いつものように子ども達を眺めていると、往来の隅でこちらを見やる子供がいた。その見咎めるような視線に、ふとぎくりとしつつ、震える手で双眼鏡をズームするが、やはりこちらを見ている。その視線は身体を突き抜けて、その奥にある醜いなにかを見透かすように思え、吐き出しそうな錯覚に陥った。ガラスに手を付き、呼吸を荒げながら、目を瞑った。目を瞑ると、塔の下は全て焦土と化し、無数の死体が累々と積もる景色が浮かんだ。

「わたしがこれからすることを咎めているのか」そう呟いた。

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ラミナス 奥野霖 @OkunoNagame

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