第28話 すれ違う二人
「えーっ、小犬丸サッカーしないのかよ!?」
部屋の外から残念そうに声を上げたのは同年代の男子達だった。
屋内から見渡せる広場は大きく周囲にはちょっとした遊具もあり、上級生から下級生の子まで様々な年代の子が遊んでいる。広場の中央は少し手狭ではあるが、子供がスポーツをするには十分な広さだ。
そこは児童館。優奈が帰宅したのと同じ頃、夕凪はそこで過ごしていた。
「昼休みもこなかったじゃん」
「小犬丸サッカーうまいんだしさ」
「せっかく来たんだから、やろうぜ」
鍵っ子でもある夕凪だったが、優奈の存在もあって普段児童館に訪れることはほとんどない。それだけに、男子達は珍しく児童館に来た夕凪が来たことを歓迎し、学校の昼休み同様、同年代の子達とサッカーをして親の迎えを待つつもりであったのだろう。
実際夕凪も歓迎してくれたこと、そして彼らの輪の中に誘ってもらえたことはとても嬉しいことだった。それでも――
「うーん、ごめんね」
彼女は、その誘いを丁寧に断った。
「ちぇ、しょうがねぇ」
「明日はやろうな」
男子達は残念そうにしながらもすぐに広場へ。
そして待ちきれなかったのか、すぐにボールを蹴り始める。
「夕凪ちゃん、児童館に来るの、珍しいよね」
すると、楽しげに過ごす彼らの様子を眺める夕凪に一人の女の子が話しかけてきた。
美春だ。おっとりとしてどこか気弱そうで、幼さの残る容姿で喋る口調もたどたどしい。普段から快活な夕凪とはまるで真逆の彼女がどこか遠慮がちに夕凪へと話しかける。
「うん。しばらくこっちに来ることになったの」
性格から趣味までなにもかも正反対。だけれども、夕凪は彼女と幼稚園の頃からの付き合で同い年の女子の中でも一番のなかよしだ。
「よろしくね、美春ちゃん」
「う、うん!」
美春も、もじもじとしながらもどこか嬉しそうに頷いていた。
「いつもの、お隣のお姉さんは、いいの?」
「うん……」
「えと……なにか、あった?」
春香に心配そうに尋ねられた瞬間、夕凪の胸の奥がキュッとなった。
なにかがこみ上げてきそうで苦しくて。それでも、その感覚を必死に押さえつけ、夕凪は答える。
「ううん、なんでもないよ」
がんばって作った、目一杯の笑顔で。
「………………」
夕凪の作った笑顔に、一瞬奇妙に思った美春。
でも、あえて尋ねることはしなかった。
「よく、分からないけど……私は夕凪ちゃんと学校以外でも会えて嬉しい」
「夕凪も!」
今度の笑顔はいつものもだ。そう分かって安心した美春がほっと胸を撫で下ろす。
そんな彼女へ向けて、夕凪は無邪気に手を伸ばす。
「一緒にあそぼ」
「うん!」
◆◇◆
それからの数日も、まあ酷い有様だった。
色々とやらかしては、ひばりをはじめクラスのみんなや先生達にまで迷惑をかけて……もう散々。
体も心も、ズタボロ。一生分の不運が凝縮されたような数日間だった。
でも、どれだけ嘆いても時間の進みは止まってくれない。テストまでもう一週間を過ぎた。
色々思うことはあるけれどここを乗り切れば、きっと――
「で、さっきのここに、これを代入するの」
「…………」
放課後の教室、持参した問題集を開き、ペンで指さしながらひばりに問題の解き方を説明していく。
以前約束したように、今日はひばりの勉強を見てあげる事になった……のだけども。
「…………」
「後は公式使えば、単純な計算で……って」
どうもひばりの様子がおかしい。
教えて欲しいとねだられた数学を丁寧に説明しているのに、問題の解き方の一つも書き写す様子がない。ずっとつまらなそうにこちらを眺め続けている。
さすがの私も、これには憤りを隠せない。
「ちょっとひばり、聞いてるの?」
「……聞いてるわよ」
返事はある。
一応聞いてるようだけど、一体なにが不満なのだか。
「なんでそんな上の空なのよ。ひばりから勉強教えて欲しいって言ったんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ……」
ボリボリと頭をかきながらも、返事だけはちゃんと返してくるのよね。
「ねえ、優奈……」
そんなひばりが重苦しい感じで口を開く。
その様子がつまらなそう、というよりもどこか――呆れているようにも見えた。
「な、なに?」
「ダメだこりゃ……ホントに気づいてない……」
「?」
大きくため息をつくひばり。
私が気づいてないって、一体何のことよ?
「今教えてくれたところ、テスト範囲じゃないわよ」
「はい……?」
なにを、言っているの……?
私が教えたところがテスト範囲じゃないって……そんなわけないでしょ。
そりゃあ最近やらかしがちだけど、それが分ってたから昨日ちゃんと問題集のページを確認して、その上で問題集を解いてから鞄に入れた。結局夜中までかかったけど、それでも夜寝る前に確認もしたんだし、間違いようがない。
「というかその問題集、よく引っ張り出してきたわね」
そう言われて、机に広げていた問題集を見返してみる。
特別変なものでもない、いたって普通の問題集。そんなの当たり前じゃない、昨日私が解いた問題集をそのまま鞄に入れて持ってきたんだから。
だから今教えていた問題だって、見覚えもある……。
………………
そう。見覚えが、あるのよ……。
すごく……不思議なくらいに。
嫌な予感がした。
慌てて開いた問題集をひっくり返す。
「…………は、はは」
思わず乾いた笑いが零れていた。
表紙に書かれていた文字、それは――
「去年の問題集だ……」
色々な雑念やらなにやらを追い払おうと、昨日必死になって解いた問題集。調子よくスラスラと解けてたから、調子が戻ってきたんだなと思ったのに……そりゃあ去年やった内容なんだから、当然じゃないの。
「優奈が意気揚々と解説し始めるもんだから、さ……私も、途中で言い出せなくて……」
「…………」
力が抜けた。
ガクッと机に突っ伏してしまう。
「ホントに大丈夫……?」
もう、ため息も出なかった。
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