第25話 ワン子ちゃんどうした?
家に帰ってすぐ、私はリビングで夕凪ちゃんとお話をした。
とても大事な話なの。そんな前置きをした話を聞いて、夕凪ちゃんは私の言葉を反芻しながら首を捻る。
「テスト勉強?」
いつもであれば一緒に遊んだり、ご飯を食べたりするけれど――実際今日もそのつもりだったんだけれども、その予定を変更してでもどうしてもしなければならない、大事な話があったのだ。
いつもなら一緒にゲームをしたり、アニメを見たりするリビング。そこで私達は向かい合っていた。
「そう。さっきひばりと話してたこと、夕凪ちゃんも聞いてたよね?」
「うん」
正直、今から言うことは夕凪ちゃんにはかなり酷なことかもしれない。それが分かっているだけに、私も少し言葉が詰まる。
いや、それだけじゃないのかも……これはきっと――そう、罪悪感だ。
「私もね、テストが近いからちゃんと勉強しなきゃなって、思ってて……」
「……………………」
「だから、その……テストが終わるまで一緒に遊んだりできないの」
嘘を、ついてしまった。
パズルの時に私が夕凪ちゃんに言ったことは何だったんだか。
テスト勉強をするため、というのは方便だ。今まで夕凪ちゃんのお世話しながらも、勉強はできてたのだし、今回だって特に問題はないと思う。
それでも、こんなことを言い出したのは別な理由から。
そう――夕凪ちゃんのことをどう思っているのか。
自分の中で答えを出すために、距離を置いて考えたい。それでこんな無理なお願いを言い出してしまったのだ。
でも、ひばりが将来のことをちゃんと考えてることを聞いて、私もちゃんと向き合って勉強しなきゃって思ったことも本当だ。
いわばこれは……その副産物というか、ついでのような……。
「………………」
ハァ……。言い訳がましい、女々しいったらない。こんなのただの我が儘でしょ。
こんなこと言い出したら、この間の雨の時みたいに夕凪ちゃんも泣き出しちゃうに決まってる。
そうよ。なにもこんなことする必要なんてない。
勉強だっていつも通りしてればなにも問題ないんだし、夕凪ちゃんのことを考えるにしたって、十分時間はあるじゃない。なによりすぐに答えを出さなきゃいけないことでもない。
やめよやめよ、こんなくだらない思いつき。
いつものように、今日も夕凪ちゃんと――
「うん、わかった!」
って、あれ……?
夕凪ちゃん、泣き出さない……?
いやそれどころか……返事が素直だ。
どういうこと? 夕凪ちゃんのいつもの悪戯かなにか?
「ホントに……いいの?」
「うん」
「一緒にポイッキュア見たり、ゲームしたりできないんだよ?」
「大丈夫」
ん、んん~~~?
なんだろう。この不思議な感じ……奇妙なくらい素直すぎる。
たしかに夕凪ちゃんは素直な子だけど、だからってしばらく会えないって言われてこうも簡単に受け入れられる子ではないと思うんだけど。
またなにか悪戯でも考えているのかな。いや、それならそれでいいんだけど……。
でも、なんだろう。
なにか、しちゃいけないことを、しているような……。
そんな背徳感にも、似た後ろめたさが湧いてきてならない。
でも……これで良かったんだよ、ね?
「ご、ゴメンね夕凪ちゃん……何かあったら呼んでくれていいし、なんだったら家に居てもいいから?」
「ううん、今日はおうちに帰る。夕凪も宿題があるし」
「そ、そう…………あ、晩ご飯。晩ご飯は一緒に食べよ、ね?」
「気にしないで、ゆなさん」
き、気にしないで??!?
夕凪ちゃんが?
いつも構って構ってと、尻尾を振るってくるあの夕凪ちゃんが!?
えぇぇぇぇ……。
これ……本当に良かったのかな?
「………………」
静かだ。
本当に静かだ。
夕暮れももう間近な時間、いつもなら夕凪ちゃんの笑い声が家の中に絶えないのに不思議な感じだ。普段であれば夕凪ちゃんの騒がしさを注意する位なのにそんな騒音はどこへやら。キッチンから聞こえてくる冷蔵庫のモーター音がうるさいくらい。
「しゅ、集中……集中しよう私」
とにかく気にしないよう、必死に机に向かう。嘘までついて作った一人の時間、宣言通りにテスト勉強に勤しむ……はずだったんだけど、もう長い時間ノートは真っ白なままだ。
この静けさ、なんだか怖いくらい……。
気分転換に音楽をかけようともしたけどそれも逆に気になるほど。一曲ともたずすぐに停止ボタンを押していた。
夕凪ちゃん、一人で大丈夫かな……
私はてっきり、すぐに夕凪ちゃんがやってくるだろうと思っていた。
口ではああいっても、なんなやかんやで『ゆなさんゆなさーん』と、またいつものように駆け寄ってくるものだと。
でも、その気配がない。全くと言っていいほどなにもないのだ!
もしかして……あえて静かにして私を翻弄しようとか考えてるのかな?
ここまで静かだと、どうしても夕凪ちゃんのことが気になってくる。
そう思って、さっき様子を見にお隣の夕凪ちゃんの家に行ったけれど、普段とは比べものにならないくらい大人しくして、リビングで宿題をしていた。
今日もおばさんも帰りが遅いらしいし……お腹、空かせてないといいけど。でも自分から言いだした手前、そう何度も夕凪ちゃんのところに行くのもなんだか変な感じがするし……。
「はあ……」
思わずため息が漏れちゃう。
私が夕凪ちゃんのことをどう思っているのか、距離を置いて考えたかっただけなんだけど。それなのに、それなのに……。
「まるで落ち着かない……」
うーん……考えても仕方ない。今はとにかくテスト勉強に集中しよう。
ひばりの言ったことじゃないけれど、この際いっそ学年一位を狙ってしまおうか。
今まで夕凪ちゃんのお世話をしながら十番台を取れていたんだ、本気で取り組めば、学年一位を取ることも難しいことじゃないかもしれない。
そうよ、そうしよう。
そうすれば、夕凪ちゃんも喜んでくれるかな。
「……………………」
いや……別に喜びはしない、か。
夕凪ちゃんはそんなことで喜んでくれはしない。
一緒に遊んだり、一緒にご飯を食べたり、そんななにげないことで喜んでくれる子だ。学校の成績なんて、どうでもいいことだもの。
「はああああ…………」
ダメだこりゃ。全然集中できない。
ついに、手にしていたシャーペンを投げ出してしまう。
こうなったらもう仕方ない、一旦頭をリセットしよう。ご飯を食べてお風呂に入って、それで気持ちを切り替えてからもう一度だ。
部屋を出て、キッチンへ。そうして晩ご飯の用意に取りかかろうと冷蔵庫を開ける。
だけど……あれ?
冷蔵庫の中はスッカラカン、なにもない。
「あっ……そうだった買い物!?」
今朝、お弁当を用意している時、冷蔵庫の中身を綺麗に使い切っていたんだ。学校が終わってから夕凪ちゃんと買い物に行こうと考えていたのに、すっかり忘れていた。
やっちゃった……。
これは困ったぞ。今から買い物に行ってご飯の準備をするとなると、さすがに時間がかかりすぎる。
「はぁ…………仕方ないか」
今日はコンビニのお弁当にしよう。どうせ今日の晩ご飯は一人だし、その方が楽だ。
ため息交じりに空っぽの冷蔵庫を閉じて、諦めて近くのコンビニへと向かうことにした。
「夕凪ちゃん、ご飯どうしているかな……」
私と同じで、コンビニで済ませるんだろうか……心配だな。
その日の夜――
久しぶりに食べたコンビニのお弁当は決して不味くはなかった。
でも不思議と、美味しくも感じなかった。
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