第24話 お姉さん達と進路


「あーもう、マジでテストだるい……」


 私と夕凪ちゃん、そしてひばりの三人で並んで帰る中、ひばりが嘆くように呟いた。

 まあ、気持ちは分からないでもないけど。


「ひばりったらまた……いつまでもそんなこと言ってられないでしょ」

「お母さんみたいなこと言わないでよ……ワン子だってテスト嫌いでしょ~?」


 と、私とひばりの間を歩く夕凪ちゃんに話を振る。

 夕凪ちゃんは頭を捻って考えるような仕草を見せると、一言。


「ん~好きじゃない」

「ほら~」


 どやぁ、と言わんばかりのひばりのどや顔。

 ひばりのこういうところ、ちょっとイラッとするんだよな。


「私だって特別好きってわけじゃないわよ。でも先のことを考えたら、ね」

「そういえば優奈は進路どうするつもりなの?」

「んー」


 ひばりからの質問に、私は何気なく上を向いた。並木道の木漏れ日の間からは微かに青空が見える。そんな青空のように実はとてもフワッとしたままだった。

 一応、大まかなものは決めているけれど、具体的にどうするかはまだ決めきれていないのだ。


「私は一応地元かな。ひばりは東京行きたいんだっけ?」

「そ。親は許可出してくれてるけど、一人暮らしはダメで通いにしろって言うの」

「いいじゃない、別に」


 東京と聞くと、とても遠くに感じるけれど、私達の住むこのつくば市からなら、電車で一時間とちょっと。しかも面倒な電車の乗り換えもなしだ。

 初めて一人暮らしをする苦労を考えたら、実家から通えるなんていいことだと思う。なにより、金銭的にもその方がずっといい。


「そうだけどさ、理由がお金じゃないのよ」

「なんなの?」

「お母さん達、『アンタが一人暮らししたら生活破綻するのが目に見えてる』って」


 酷くない? と訴えるひばりだけど、その必死さが笑いを呼び込んでくる。


「フフフ、その通りじゃない」

「私だってやろうと思えばできるわよ」

「ホントに?」

「当たり前じゃない! 私をなんだと思ってるのよ」

「じゃあ聞くけどひばり、アナタ自分の部屋に足の踏み場ある?」

「そっ……それは、もちろ――」

「もちろん、床が見えてることは大前提よ」


 以前、ひばりの自宅に遊びに行った時、これが女の子の部屋かと言いたくなるほど、それはそれはもう酷い有様で……思わずモザイクをかけたくなったほどだ。


「…………その節は、大変助かりました……」


 その惨状を見かねて片付けの手伝いをしたけれど、最近はポイッキュアのグッズやらなにやら集めているらしいし、その壮絶さに拍車をかけているのは間違いない。


「一人暮らしをしたいなら、それを一人でやれるようにならないとね」

「ねぇねぇゆなさん」


 夕凪ちゃんが、私の袖を引きながら尋ねてくる。


「なあに夕凪ちゃん?」

「しんろって?」


 ああ、そっか。小学二年生の夕凪ちゃんには、まだよく分からない話よね。

 さてさて、なんと答えるべきか。

 なんて迷っていると、ひばりがさらっと説明し始めた。


「進路、ってのは将来やりたいことや職業のために、どんな学校に行ってどんな勉強をするか、って話よ」

「ふーん……ひばりお姉ちゃんは、なにになりたいの?」

「私? 私は車とか作ったりする工学系を」

「えっ!?」


 意外な返答に、思わず驚いてしまった。


「なによその反応」

「だって、アナタひばりでしょ? ひばりが……工学系!? ウソでしょ」

「いくら優奈でも失礼じゃない……?」

「ご、ゴメン……」


 いや、でも。


「ひばりのことだから、もっとアニメとか漫画とかのそっち方面に行きたいのかと」

「あのね……オタク全員がアニメ漫画作りたいわけじゃないわよ。アニメを見るのが好きなのと、作ることが好きなのはまた違うでしょ?」


 それはまぁ、たしかに……。


「そういうのと趣味は別よ、別。同じ作るなら、私はもっと別な物を作りたいの」


 今まで真面目に聞いたことがなかったけれど……そっか、ひばりもちゃんと考えてるんだ。


「でもねぇ……なりたいものがあるなら、勉強しなきゃいけないのは分かるわよ。だからって勉強やテストが得意にもならなきゃ、ましてや好きになるかっての」


 悪態をつきながら、道端の石ころを蹴る。


「もうホンッッット嫌。勉強そのものもそうだけど、自分の将来のためにしなきゃいけないってのが分かりきってるところが」

「やめなってば」

「あーあー! 異世界転生してーなー!」


 なにを言ってるのかよく分からないけれど……ひばりになりに将来に向き合ってはいるのは素直に尊敬する。すごいな。


「テスト勉強なら、また付き合ってあげるから」

「ゆ、優奈ぁ……っ!」


 猫なで声を上げて、ひばりが抱きついてくる。


「持つべき者はやっぱり友よね」

「ええ、私もそう思うわ、ひばり」


 私を友と呼んでくれる。それってすごく嬉しいよ、ひばり。

 だから私もニコッと笑顔で言ってあげる。


「心優しい友人のことだもの、きっとお返しにスタバの新作を驕ってくれるものね」

「……優奈、アンタしたたかね」


 フフっと笑顔を残し、私達は再び帰り道を歩き出す。

 テスト、か……。

 私も好きにはなれないけど、こればっかりは避けられないからなぁ。

 ひばりもなんやかんやと自分の将来のことを真面目に考えているみたいだし、私も少し勉強の時間を増やそうか……。


「ん?」

「どうしたの、優奈?」

「え!? あぁううん、なんでもない、なんでもない!」


 ふと、思いついたことがあった。

 隣を一緒に歩く夕凪ちゃんをチラリと見てみる。


「………………」


 一体なにを考えているのやら。真っ直ぐ前を見たまま私の視線に気づいていないようだ。

 上手くいくかは分からないけれど……うん、やってみる価値はあるかもしれない。

家に帰ったら、さっそく話してみよう。

 そう心に決めた私だったけど……この時の私は不思議にも思わなかった。

 今日の夕凪ちゃんが、随分と静かなことを。

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