お姉さんとワン子ちゃんと二人の関係

第23話 お姉さんやっぱり悩む

 週明けの学校での最初の昼食は、週末の出来事が話題となった。


「で、ちゃんと仲直りできたわけ?」


 私の机でお昼を一緒にしていたひばりが、お昼の菓子パンをかじりながら尋ねてくる。


「夕凪ちゃんらしく、辿々しい感じだったけどね」


 パックの牛乳で菓子パンを流し込むひばりに、私も自前のお弁当を突きながら顛末を語っていく。

 私の家に泊まった翌日、私達は朝早くからお隣の夕凪ちゃんの家へ向かった。

 おばさんはちょうど朝ご飯の用意中で、どれも夕凪ちゃんの好物ばかりを作っていたのが、家にお邪魔した時に漂う香りですぐに分かったものだ。

 私と一緒にやってきた夕凪ちゃんは――夕凪ちゃんには悪いけど、思い返すとフッと笑ってしまう。だって私の足に隠れて申し訳なさそうにしている姿を思い返すと、どうしてもね。

 夕凪ちゃんはおばさんにちゃんと謝り、おばさんもゴメンね、と。二人はちゃんと仲直りして、めでたしめでたしだ。


「ふーん、よかったじゃない」

「うちの子になる、なんて言い出した時はびっくりしたけどね」

「なんだ。してあげればよかったのに」

「ひばりってばなに言ってるのよ」


 その後、二人に朝ご飯を誘われたけど、それは断った。

 だって、せっかくのお母さんとの時間だもの、ね。

 後で聞いた話だけど、朝食の後はおばさんが仕事に行くまで、二人で仲良くポイッキュアを見たらしい。


「あ、優奈、そのアスパラ巻きちょうだい」

「いいけど、そんな甘そうな菓子パンと合うの?」

「いいの、いいの。優奈の作ったお弁当はどれも美味しいんだから」


 そう言いながら、私の小さなお弁当箱からアスパラ巻きを摘まんで、豪快に口の中へ。

 菓子パンと合うのかどうかは心配だけど、美味しそうに食べる姿を見るのは、こちらも嬉しいものだ。

 ふと、窓から空を見上げた。


「今日もいい天気ね」


 見上げた空には、真っ青な空に雲が一つ。

 春先の暖かな陽気は満腹感と共に僅かに眠気も誘ってきそうだ。


「ホント、心地いいわね~」


 ひばりの気の抜けそうな声が聞こえてくる。

 真っ白な雲を見上げていたから、私は思い出したことがった。


「そういえば、もうすぐ中間テストね」

「ちょっと優奈! いきなり爆弾落とさないでよ!」


 ひばりお得意のするどいツッコミだ。


「あーヤダヤダ……せっかくのお昼がマズくなる」

「そんなことで味は変わらないわよ」

「あーあー、成績優秀な姉帯さんは余裕のご様子で」


 すると突然、ひばりがマイクでも持っているかのように手を突き出してきた。


「姉帯選手、お聞かせください!」


 まるでインタビューでもするかのような聞き方だ。


「今度の中間テストは何番目のお席をご所望で? そろそろ夢の一桁台ですか?」

「じゅ、順位なんて気にしてないわよ」


 ホントに~? と疑いの目を向けて来るひばり。


「前から謎なんだけど、あのワン子の面倒見ながらどうやって勉強の時間作ってるわけ?」


 どう、って言われてもなぁ。

 夕凪ちゃんが居る時といない時があるからなんとも言えないけど。


「うーん。寝る前に復習と予習をしてるくらいだけど……」


 でもそんなのみんなやってることで、特別なことでもないと思う。

 だから――


「普通でしょ」

「舐めてんのアンタ?」


 えぇ……。

 聞かれたから答えただけなんだけど……。


「予習復習だけで学年十番台って……アンタ逆にバカでしょ?」

「なによそれ」


 なんだか面白くなさそうにひばりが菓子パンをかじる。

 私もお弁当の残ったおかずを手早く食べてしまおうと箸を延ばした時だ。


「で、結局どうなのよ?」

「どう、って?」


 ひばりはなにを尋ねているんだろう。

 夕凪ちゃんのことはちゃんとお母さんと仲直りできたって話したじゃない。

 それとも、さっきの勉強の話? 

 まだ私が秘密の勉強法でも隠しているとでも思ってるのかしら。

 そんなものないんだけどな。


「だから、前に尋ねた事だってば」

「尋ねた事って……ひばり、私になにか聞いてきた?」

「そうじゃなくて、尋ねてきたのはアンタでしょ」


 うん?

 ひばりがなにを言ってるのかよく分からない。

 私がひばりに尋ねたことって、なんだろう。

 思い出せそうなんだけど、思い出せない。

 なんとか理解しようと頭を傾げていると、こらえきれなくなったのか、ひばりが口を開く。


「だから、ワン子のことどう見るべきなのか、って話」


 あっ……そのことか。

 最近色々とあったから、すっかり忘れていた。


「やっぱり百合として恋愛対象?」

「違う違う!」

「じゃあなに、年の離れた友人?」

「それは」

「ああ、飼い犬とそのご主人様か」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 慌てる私に、そうなの? と苦笑交じりにひばりが呟く。


「でも、聞かされる話がどれもこれもノロケ話ばっかりで、ラブラブな恋人みたいじゃない」

「うっ……」

「それでただの仲のいいお隣さん、っていうのも無理があるでしょ。まして相手は小学生なんだから」


 そうだった。

 結局のところ私の問題はなにも解決していないのだ。


「……………………」

「ま、その様子なら、無理して聞こうとも思わないけどさ」


 めんどくさそうにひばりが呟きだす。


「早いうちにハッキリさせた方が、いいんじゃない? その方が優奈の精神衛生的にもいいと思うけど?」


 そう言い残して、ひばりは残った菓子パンを頬張っていく。

 分からない。

 私は結局、どうしたいのだろう。

 おかずがまだ残るお弁当。だけど私の箸が動くことはなかった。




 放課後、ひばりと一緒に帰り道を歩いていた。

 夕日で赤く照らされた並木道で今日の学校での出来事や、話題になってる動画のことなど、たわいのない話をあれやこれやと話しながら。


「うちの男子共ときたら、ほんとガキよねー」


 私も相づちを返したり、時には話題を振ることもある。

 でも、私の頭の中で考えていることは昼間からずっと変わっていない。

 結局、私は夕凪ちゃんをどういう風に思っているのだろうか。それが分からない。

 ひばりの言うように恋愛対象?

 ……いやいや、ないない。

 実際、可愛いとは思うよ。人なつっこいところとかも含めてあの天真爛漫さが、いつも元気をもらえている。悪戯しちゃうような意地悪さはあるけど、それもなぜだか憎めない。

 けど、それが恋愛対象なのかと言われると…………うーん。

 そりゃあ、私だって恋愛なんてしたことないけど、こういう感じなのかなぁ? 


「ちょっと優奈、聞いてる?」

「き、聞いてるわよ。杉山先生の話でしょ。ゲーム機持ってきてた男子達も問題だけど、取り上げて返す条件に雑用押しつけるのはやりすぎよね」

「……上の空だと思ったら、ホントに聞いてたのね」


 ひばりに返事を返しながらもやっぱり答えは出ないまま。

 恋愛対象じゃないのなら、それこそペットとして?

 そりゃあ、私が可愛いって思う感情はマスコット的な可愛さに近いかも知れないけど……だからってそれはないでしょ。


「あ、ゆなさーん!」


 すると、途中で学校帰りの夕凪ちゃんとバッタリ。

 私を見つけて、子犬のようにすぐさま駆け寄ってくる。


「お、夕凪じゃーん。ほ~れほれほれ」

「ムフィー!」


 駆け寄った夕凪ちゃんをひばりが捕らえ、お決まりのように頬をワシワシ。夕凪ちゃんも変な声を上げながら嬉しそうだ。

 でも……やっぱり夕凪ちゃんを見ても答えが出ない。

 私って、夕凪ちゃんのことどう思ってるんだろ。

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