第22話 ワン子ちゃんとお母さん
さすがに、ペットはちょっと……。
と、根気よく夕凪ちゃんを説得し終えた頃、買い物を終えたおばさんと合流したのだけれども……。
「夕凪、ゆなさんの家の子になるから!」
夕凪ちゃんはペット宣言はしないまでも、似た様なことをおばさんに告げた。
もちろん、私の後ろに隠れながら。
おばさんにも事情を説明した時も、ちょっとした騒動になりもしたけれど……とりあえず今日のところは、夕凪ちゃんはうちで預かることにした。
「む~」
一緒に晩ご飯を食べて。
お風呂にも入って。
そして一緒にポイッキュアのアニメも見た。
そうこうしているうちに、夜もドンドン更けていく。
普段であれば、夕凪ちゃんも布団に入って寝ている時間だけど、でも明日は日曜日。私達はちょっとだけ夜更かしをしていた。
「むむ~」
リビングのソファに二人で座り、向かい合っての真剣勝負。
突き出したトランプを前ににらめっこだ。
「さあ、どっちでしょう」
ババ抜きをしている夕凪ちゃんは頬を膨らませ、難しい顔をしている。
私の手札にある二枚のうち、どちらがジョーカーなのかを必死に探っているんだろう。
悩みに悩んで必死に考えるその顔が、やっぱり微笑ましい。
「んーこっちだ、えいっ!」
夕凪ちゃんが、私のカードから勢いよく一枚を引く。
でも残念。
「ああぁっ!」
「フフ」
そっちがジョーカーでした。
夕凪ちゃんってば、ムキーっと悔しそう。
では、今度は私の番だ。
「むーっ、はい」
夕凪ちゃんがカードを背中に隠して手札を混ぜて、私の前に出してきた。
「さーて、どっちかなぁ」
手札は私の時と同じ二枚。
そのうちの一枚に、軽く手をかけてみる。
「にしし」
ニヤニヤと言わんばかりにご機嫌だ。
じゃあ、残ったもう一枚の方へと手を伸ばしてみよう。
「…………」
ショボン。
っていうのが聞こえてきそうな程、目に見えて分かる残念そうな顔。
もう一度最初のカードに手を戻してみた。
「にしし」
すると、再び笑顔に。
もう一枚へと手を伸ばすと。
「………………」
ションボリ夕凪ちゃん。
ほうほう、なるほどなるほど。
どちらにジョーカーがあるのか、表情で丸わかりだ。
「もー! は~や~く~」
「はいはい。じゃあ、こっち」
「あっ!」
私が素早く引いたのは――当然二枚目のカード。
案の定、手元に来たのはスペードの1。ジョーカーは夕凪ちゃんの手元で今も笑っている。
「あーっ」
「はい、私の勝ち」
ごめんね、夕凪ちゃん。
トランプとはいえ、勝負は非情なの。
「ゆなさんなんでわかるのー」
「フフフ、さあなんででしょう?」
悔しそうにカードを眺めてなにか仕掛けでもあるのかと、必死に眺める夕凪ちゃん。
そんな彼女を徐に呼んでみた。
「夕凪ちゃん」
振り返る夕凪ちゃん。
彼女の前に私は手を差し出す。
「ん」
その手の上に、なにも言わず小さな顎を乗せてくる。
ぷにぷにの柔らかい肌と、その奥にコリコリとしたあごの骨の感触が心地よい。
ほんと、ワンコみたいだな。
「んーこいつめ、可愛いぞ」
手に乗せた顎と髪を、これでもかと言わんばかりにワシャワシャワシャワシャ。
「ゆなさんってば、もー」
「ほれほれ~」
口では嫌がっていても、顔は喜んでるぞ。
「ふ、ふぁ、あぁぁ……」
と、夕凪ちゃんの口からおっきな欠伸が。
さすがにそろそろ眠くなってきたかな。
「もうお布団行く?」
「ぅん……」
手早くトランプを片付けて、私の部屋へ。
以前のお泊り会のように、隣り合わせで布団を敷いた。
「じゃあ、電気消すね」
「うん」
部屋の明かりを消し、先に布団に入っていた夕凪ちゃんの隣の布団に私も入る。
お母さんが干してくれていた布団は柔らかく、お日様の匂いがした。
そのせいか、私にもすぐに眠気が手招きをしてやってくる。
瞼が重くなり、瞬きの間が僅かに長くなる。
でも――
「ねえ、夕凪ちゃん」
少しだけ、眠気の誘いをお断り。
体をよじり夕凪ちゃんの方へ顔を向ける。
「なあに、ゆなさん」
「今日一日、どうだった?」
その質問は、もしかしたら夕凪ちゃんにとって嫌なことを思い出させることになるかもしれなかったけど、私はどうしても聞いてみたかった。
「……あんまり、いい日じゃなかった」
答えは予想通りだ。
夕凪ちゃんの顔が眠気と嫌なことを思い出した顔で複雑な表情になっていく。
「注射は痛いし、お母さん夕凪にウソつくし」
「…………」
夕凪ちゃんはつまらなそうに答えを返してくれる。
私は、続けて尋ねてみた。
「じゃあ、今日は楽しくなかった?」
そんな私の質問に夕凪ちゃんの反応は――
「ううん」
枕の上で、小さく首を振って楽しそうに答えてくれた。
「ゆなさんと一緒だったから、楽しかった」
私も、嬉しかった。
私と居てくれることを、楽しいと言ってくれることが。
「ゆなさんとのこんな日が、ずっと続くといいね」
「うん。そうだね」
私もそう思う。
「私もね、夕凪ちゃんとの時間大好きだよ」
夕凪ちゃんがトロンとした眠そうな顔で、小さく微笑んでくれる。
「こうしていつも一緒にいられたら、すごく幸せ」
本当に。
心の底からそう思う。
それでも――
「でもね……おばさんの代わりにはなれないと思う」
夕凪ちゃんと、一緒にご飯を食べたり、一緒に遊んだりできる。
楽しい時も一緒に過ごして、辛い時は慰めてあげることもできる。
それでも――その願いは、私には叶えてあげられない。
「夕凪ちゃん、本当は今日お母さんと一緒にいたかったんだよね?」
夕凪ちゃんの表情がほんの少し、戸惑うような顔になった。
でも、それも一瞬のこと。
「…………うん」
夕凪ちゃんの素直な気持ちは、すぐに漏れてきた。
せっかくのお休み。
久しぶりのお出かけ。
お母さんと一緒の時間を楽しみたかったんだろう。
だから、あんな騙すような形を取られたことを夕凪ちゃんは怒っていたんだ。
以前の映画の時だってそうだった。
夕凪ちゃんは最初にお母さんを誘ってから、私のところにお願いに来ていた。
親子なのだから最初にお願いする相手がお母さんなのはもちろん当然なんだと思う。でも、その行為の裏にある気持ちは、誰もが同じとは限らない。
「せっかくのお休み、お母さんと遊びたかった……」
「分かるよ」
私もそうだった。
子供の頃から、親の仕事の関係で一緒に出かけたりすることは決して多くはなかった。だからこそ、休みの日にお出かけの約束をしたら、とても楽しみにもしていたものだ。
でも、そんな楽しくなるはずだった出来事も、天気が崩れたり突然の仕事が入ったりで中止になった時、期待していた分だけすごく悲しんだ。
楽しみだった気持ちが大きいだけに、残念な気持ちとの落差が激しくて、すごくすごく辛くなってしまう。そんなことは何度もあったことだ。
「楽しく、美味しいご飯、食べたかった……」
「うん、そうだね」
よく分かる。
一人っ子で、どうしようもなくて、誰にも言い出せないその気持ち。
そんな時、どうして欲しいのかも。
「おいで」
私は布団を広げ、夕凪ちゃんを誘う。
もぞもぞと布団の中へ潜り、夕凪ちゃんが私の布団に入ってくる。そして私の体にしがみつくように抱きついてきた。
わずかに震える体をポンポンと優しく叩いてあげる。
いつも元気な夕凪ちゃんの体はとても小さくて、柔らかくて、そしてとっても温かだった。
「………………お母さんに、ゆなさんの家の子になるって言っちゃった」
「そうだね」
「お母さん、夕凪のこと、嫌いになっちゃったかも……」
「そんなことないよ、大丈夫」
「………………」
「明日、ゴメンねって言いにいこ」
「………………」
「私も一緒についていってあげるから、ね」
「…………うん……」
小さな声だった。
けれども、夕凪ちゃんの素直な気持ちがちゃんと聞けたと思う。
「さ、もう寝よ」
「………………ん……」
そうして、夕凪ちゃんは寝息を立てていった。
寝顔はまだどこか寂しそうな、悲しそうな顔をしていたけれど。
「おやすみ、夕凪ちゃん」
明日はまた、あの元気な笑顔を見せてくれるって信じてるよ。
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