第17話 お姉さんとワン子ちゃんと子猫ちゃん

 おやつのクッキーを食べ終えテーブルを片付けたら、今度はそこにボードゲームを広げた。

 サイコロを勢いよく投げた夕凪ちゃんが、駒をサイコロの目だけ進ませる。


「一、二……あぁ一回休み!」

「ふふ、夕凪ちゃんざーんねん」


 ゴールももう間近というところで、一回休みの夕凪ちゃん。顎をテーブルに乗せ、残念そうに唸っている。


「じゃ、次は美春ちゃんの番ね」

「はい」


 美春ちゃんだいぶ緊張が解けてきたみたいで、最初の頃のように気の張り方はもうしていない。

 今も楽しそうに、えいっ、と小さなかけ声と共にサイコロを転がしている。


「一、二、三……あ、美春ちゃんゴールだ。おめでと!」

「はい、ありがとう、ございます。お姉さん」


 お姉さん、お姉さんかぁ。

 なんだかそう呼ばれるのは新鮮な気分だ。

 私を慕ってくれているであろう夕凪ちゃんからは「ゆなさん」とさん付けで呼ばれているけど、美春ちゃんみたいな呼び方をされたことはないからな。

 これはこれで、かわいい妹が出来た気さえしてくる


「むー……」

「夕凪ちゃん、残念だったね」


 唸る夕凪ちゃんが急に立ち上がり、私の袖を掴んでくる。


「ねーねー優奈さん優奈さん、外に行こう外!」


 おやつを食べ終えたあたりから、夕凪ちゃんがしきりに外へと行きたがっている。

 普段は外で遊ぶことが多いからってのもあるけど、どうも今日はかなり元気が有り余っているようだ。それもあってこんなお願いをしてくるんだろうけど。


「うーん……」


 いつもだったら、私も全然構わないし付き合ってあげるんだけれども、今日はそうもいかなかった。

 美春ちゃんだ。夕凪ちゃんからの話を聞いていた感じ、運動とかあまり得意そうじゃないし、服装だって動き回って汚しちゃうと大変そうな服だ。

 いつもなら夕凪ちゃんのしたいことを優先させてあげたいけれど、せっかく来てくれた美春ちゃんがいる以上、彼女も楽しめることを考えないと。


「今日はやめておこ、ね?」

「むー」

「あ、そうそう!」

 

 機嫌を損ねて騒がれると、ちょっと嫌だしな。私はわざとらしく時計を指差した。


「そろそろポイッキュアの再放送始まる時間じゃない?」

「ポイッキュア!」


 その名を聞いて、不機嫌そうな顔から一転、夕凪ちゃんの目が一気に輝き、嬉しそうに飛び跳ね始める。

 夕凪ちゃんに散々付き合わされて、私も再放送の時間まで把握するようになってしまったけれど、この時ばかりは幸運だった。


「美春ちゃんもポイッキュア好き?」

「あ、はい……時々、見ます……」

「?」


 美春ちゃん、どうしたんだろう。

 だいぶ打ち解けてきたと思ったけれど、また遠慮している感じが戻ってきてしまったぞ。なにかしちゃったかな。


「美春ちゃん?」


 でも、気を遣って無理に話を合わせようとしているってわけでも無さそう、だよね。

 というよりこれは……ちょっと元気が無いみたい。

 あーなるほど、慣れないお家に来て、疲れちゃったのかな。


「ほら夕凪ちゃん、大人しくソファーに座る。美春ちゃんも座って」


 せめて落ち着けるようにと、美春ちゃんには肘掛けもあるソファーの角をあてがってあげる。

 うちのソファーはそれなりに大きなソファーだ。母と父、そして私三人で座ってもまだ余裕があるくらいだから、体の小さな夕凪ちゃんや美春ちゃんが座れば、スペースは十分すぎるくらいにできるもの。


「ん?」


 でも、そんなスペースが広いソファーで、しかも肘掛けのある端を薦めてあげたのに……どういうわけか、美春ちゃんは私に寄り添うように傍へと座ってきた。


「み、美春ちゃん……?」

「え? あ、ごめんなさい」


 慌てて体を離そうとする美春ちゃん。

 なにも考えていなかったのか、自然な行動だったのか。せっかくいい場所をあてがってあげても、わざわざ狭いところに入ろうとしてくるなんて、なんともかわいらしいものだ。


「ううん、いいよいいよ。そこがいいならそこに座って」

「はい……ふぁっ」


 美春ちゃんの小さな口から、欠伸が漏れる。

 やっぱり疲れちゃったのかな。目をトロンとさせながら、瞼をこすっている様子から、どうやら眠たげなようだ。


「美春ちゃん、無理しなくていいからね?」

「でも……」

「遠慮しないで」

「…………はぃ……」


 遠慮しながらソファーの上に座る美春ちゃん。でも頭はコクリコクリとしていて、いつ眠りに落ちてもおかしく無さそう。

 大丈夫かな、と心配そうに眺めているとやっぱり案の定だ。

 首をもたげながら、スースーと小さな寝息を立て始めた。


「お疲れ様」 


 そのままの態勢では辛そうなので、小さな頭を軽く抱きしめながら、私の膝の上に乗せてあげ、膝枕の格好に。

 太ともに感じる僅かな重みと仄かな暖かさ。灰色の髪はスッと真っ直ぐでサラサラだ。ちっちゃくて柔らかい美春ちゃんの頭を私は撫でてあげた。

 眠りを妨げないように、でも落ち着けるように。灰色の髪の流れに沿ってゆっくり優しく。


「ん……」 


 気持ちよさそうに喉を鳴らす美春ちゃん。

 こうしていると、まるで子猫みたいだ。

 落ち着きがあって、でも慣れない環境に緊張したり、小さな体でスリスリと体を寄せてくるんだもの。

 小さい体でも一生懸命な姿は、母性をくすぐられてしまう。思わず髪だけじゃなく喉まで撫でたくなってしまう。


『ワン ワン ワン ワン。ワンと飛び出せ――ポイッキュアー!』


 テレビからポイッキュアのオープニングが流れてくる。

 座っていた夕凪ちゃんも、ここぞとばかりにソファーから立ち上がり一緒にオープニングを歌い出す。

 いつもだったら、ある程度は大目に見ているけど……今日はそういうわけにもいかない


「夕凪ちゃん、シー……」

「ほえ?」

「ほら、美春ちゃんが」

「……スー……スー……」


 私の膝の上では、美春ちゃんが静かな寝息を立てている。

 緊張しがちだったけど、今ではこうして心を許してくれて、子猫のように私の膝の上で眠っている。

 騒がしくして起こしちゃうのもかわいそうだ。


「美春ちゃん、疲れて眠っちゃったから。静かに見よ、ね?」

「むー……」

「ほら、ポイッキュア始まったよ」


 渋々って感じがありありと顔に出てるな。それでも、顔を膨らませながら夕凪ちゃんは大人しくソファに座ってポイッキュアを見始めてくれた。

 これで、美春ちゃんもゆっくり休めるだろう。


「………………」


 でも、なんだろう。

 夕凪ちゃん普段よりも、ちょっと機嫌が悪そうな気が……。

 後々まで尾を引くことはないとは思うけど……うーん、大丈夫かな。

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