第15話 ワン子ちゃん気を引こうとする

 夕凪ちゃんは引き続き、ポイッキュアを鑑賞中。

 そして私も黙々と宿題を続けていると、ひばりが腕を伸ばし、オヤジくさい声を上げる。


「う、うぅぅぅぇぇ……これで、どのくらい?」

「半分ってところ……?」


 二人で取りかかっているだけに、さすがに進捗も悪くない。この調子なら、なんとか今日中には始末がつけられ……ん?


「…………っ」

 

 テレビのポイッキュアもエンディングテーマが流れるなか、夕凪ちゃんがこちらをチラチラとこちらを見ている。

 なんだったら今だけじゃない、ポイッキュアの放送中も、こちらをチラチラと見てくる姿は私もずっと気になっていた。


「優奈に遊んで欲しいんじゃない?」


 ひばりに言われなくてもそんなの分かっている。私だって遊んであげたい。

 でも、まだ宿題は終わったわけじゃないんだ。

 ここはガマン、ガマンだ……。


「ん? んん?」


 うん?

 どうしたんだろ。夕凪ちゃんが随分と不思議そうな声を上げている。それもやけに芝居がかった感じで。


「あれれー? なーんだこれー?」


 ソファの背もたれに体を投げ出し、ソファの後ろを覗いてるようだけど、これって……。


「ねえ……優奈……」

「ええ……」


 どうやら、私の気を引こうとしているらしい。

 ここになにかあるよー、優奈さん見てみてよ~そう言わんばかりの態度。うーん、あざとい。

 

「かわいいもんじゃない」

「もう……」


 夕凪ちゃんが構ってオーラを出すのと同じく、こっちも追い詰められてるオーラが漂っている。

 進捗はよくても、全部が終わったわけじゃない。キッチリ宿題を終わらせないと、私達だってマズいんだ。

 夕凪ちゃんの誘惑に流されそうになるけど……とにかくガマンガマン……。


「ふぐっ……」

「?」

「ふっ、ふぇぇぇぇん」


 今度は顔を手で隠し、夕凪ちゃんには似つかわしくない泣き声を上げ始める。


「ゆな、ゆなさんがぁ、むしするぅぅぅ。夕凪のこと嫌いになっちゃったんだぁぁぁ」


 などと言いつつも――


「うわぁああぁぁぁ、チラ、うああああぁぁぁぁチラ」


 目を隠した指の間から、チラチラとこちらを覗いているのがわかる。

 今度は泣き真似か。

 以前雨の日、見事に引っかかってしまったが今回はそうはいかない。ここは心を鬼にしてやり過ごす……。


「むー……」


 私がなにも反応を見せずにいると、泣き真似もすぐやんだ。

 お、ついに諦めたのかな?

 私だって悪いとは思ってる。せっかく夕凪ちゃんが家に来てくれたのに、自分の事情を優先させちゃって。夕凪ちゃんに寂しい思いをさせたくはない、なんて思っていながらこれなのだ。

 でもキリのいいところまでもうすぐ、さっさと終わらせちゃ――


「たらららーん~♪」


 んん?

 なにか口ずさんでるな。

 今度はなんだ?


「ねえ、ワン子がなにか歌い出してるけど、これって……」


 あまり上手い歌い方ではないけど、聞き覚えのあるメロディな気がする。


「これって多分……あぁ、あれだ」


 曲名は分からないけど、マジックとか手品をする時によく流れるあの曲だ。


「たらららーららん~♪」

 

 そんなことを思い出しているうちに、夕凪ちゃんはポケットから小さなコインを取り出し、テーブルへと置く。


「いかにもここに注目! って感じで手で視線誘導してくるよ……」


 わざとらしいというか大げさというか。

 いかにもテレビでやってたパフォーマンスです、って感じだ。

 でもこんなことに反応しちゃっていたら、夕凪ちゃんの思うつぼ。ここは見ていません、と態度で示すように宿題に集中しなきゃ……。

 すると今度はハンカチ取り出した。これも裏表となにも仕掛けはありませんと言いたげに、口ずさむ歌と共に私達に見せびらかせようとする。

 そしてそのハンカチを、丁寧にコインの上へ乗せていく。


「ワン子、手品なんて出来るの……?」


 私だって知らない。

 でも身振り手振りはやたらと慣れていて、ちょっと本格的な感じすらある。

 いや待てよ。

 この間のサッカーの試合でスーパープレイを見せつけたように、夕凪ちゃんは見て覚えるっていうのがとんでもなく上手だし、もし私の知らないところで手品を見ていたとしたら?

 そして、いつの間にか出来るようになっていたとしたら?

 普通ならありえない。一度見ただけで真似できるなんて、絶対無理だ。

 でも、あの夕凪ちゃんだ。

 サッカーのスーパープレイを真似した夕凪ちゃんなら……もしかして……!?


「たらららら~らら~らら~らら~らら~ん♪」

 

 引き続きメロディを口ずさみながら、夕凪ちゃんの小さな手が、三本の指を伸ばす。

 どうやらカウントダウンのようだ。

 そこから三、二、一、と一本ずつ引かれ、全ての指が折れた瞬間――!

 勢いよくハンカチが引かれた。


「――ッ!」



 姿を現すテーブル。

 そこにあったコインは――え、そのまま!? 

 なにも変化がない。にもかかわらず、なぜかドヤ顔の夕凪ちゃん。


「クッッッ!」


 ひばりがクスクス笑い出す。

 手品の失敗とかではなく、なにも起こっていないのに、してやってやりましたよ! 誇らしげにドヤ顔を決める夕凪ちゃんの姿に、ひばりは顔を隠しながら笑っているみたいで体はプルプルと震えている。


「――ッ」


 実際私も……ダメだひばりに引っ張られて笑いそうになっちゃう。。

 ええい、ダメよダメ。

 夕凪ちゃんはこうやって気を引こうとしてるんだから。

 ここは、集中集中……宿題を続けなきゃ。


「たららーら~ん~♪」

「ワン子続けるのかい」


 もう。今度はなにをするつもりよ……。

 視界の端で、夕凪ちゃんは今度はペンを取り出す。

 なにかを描くように空中でグチャグチャッと動かすけど、当然なにもない空中になにかが描かれることはない。


「『描けませんでした~』って外人みたくわざとらしく肩を落とすな……」

「ッッッ!」


 妙に鋭いひばりのツッコミが、姿がまた笑いを呼び込もうとする。

 今度は夕凪ちゃんは紙を取り出した。

 指でなぞるけど……なにも描かれない。まあうん、そうだ。当然だよね。

 だから、その残念そうな身振り手振りやめて。

 そうしていると、紙とペン、両方を手に取る。やっぱり今度も、大げさなくらい、見せびらかしてきた。

 そうして紙だけをテーブルに置き、ペンを持ってグシャグシャに動かし始める。そして、再び指を三つ伸ばした。

 え、嘘でしょ……まさかこの流れ……っ!?

 三、二、一と指を折っていき、紙を勢いよく持ち上げると――。


「――ッ!」


 そこには落書きの後が!!


「ッッッ!!」


 再びのドヤ顔夕凪ちゃん。

 ひばりがテーブルを小さく叩いて震えている。

 紙とペンでなにかするかと思いきや、まさかただ落書きしただけでしてやったりみたいなドヤ顔。しかも音楽を口ずさむ以外、ずっと無言のまま見せつけてくるのがシュールで、吹き出すのをガマンするのももう限界だ。

 これあれだ、年末に毎年やってた笑っちゃいけないバラエティみたいなノリになってる。

 ならなおのこと、ダメだ。

 笑いたくなるけど、ガマンだ、ガマン……。

 反応しちゃったらこっちの負けだ。


「たららら~ん♪」


 まだ続くのかぁぁっ!?

 立ち上がって今まで以上に派手に手を動かし、リビングの端から端まで行ったり来たり。私達の傍でダンスのようなパフォーマンスまで披露し始める。

 夕凪ちゃん、私の興味を引こうと必死だ。もしかしたら実際のマジシャンの人達もそれくらいお客さんの興味を引こうと大変なのかも……今度見ることがあったら、私もちゃんと見てあげよう。

 そうしているうちに次に用意したのはトランプだ。

 カードを切る姿は――


「え……? 結構、様になってない?」


 夕凪ちゃんの小さな手はまるで一流のディーラーのように滑らかにそして巧みに無駄なく動いている。

 カードを裏向きのまま滑らせるように並べるのも、そこから一番端のカードを上げて裏向きだったカードを一気に全部めくるテクニックも。

 今まではそれっぽい動きをしていたけれど……今回のは今までにないくらい。

 うん、これは――本格的だ!

 もしかして、今度こそ本当に手品が見れるんじゃないのか?

 でも……。

 扇状に広げたと思ったら戻したり、山札を三つに割って並べ替えたり。そういうのばっかり披露されて一向に手品が始まらない。


「早くやりなさいよ……」


 ひばりが呟く。

 私も気持ちは同じだ。

 それでも夕凪ちゃんのカードパフォーマンスは続く。

 カードを広げたり、閉じたり。切っては入れ替えて、大げさにトランプを見せびらかす。でも、実際になにかをしようとはしない。


「もーはやくやって……」

 

 笑いを堪えながら再びひばりが呟く。

 気持ちは私も同じだ。

 なにかしてくれそう、そんな予感があって私も宿題から目を反らし、夕凪ちゃんの雄志に目を傾けていた。


「――――」


 と、そこでようやく口ずさむ音楽が止まった。それと同時に派手なパフォーマンスの動きも止まる。

 どうやら、ようやく始まるようだ。

 腰を屈め、目線をテーブルに合わせる。そうして目をこれでもかと大きく見開き、一点に集中。

 手にしたのは二枚のカードだった。二枚をそれぞれを支え合うように、三角の形を作ろうとしている。

 まさか、トランプでピラミッドを作るつもり!?


「どるるるるるるる♪」


 ど、ドラムロール!?

 舌を巻いてドラムロールの真似だ!?

 これは、かなりこれまで以上に大々的だ。

 今までの手品の真似事は全部デタラメ、いや真似事ですらない、ただそれっぽい雰囲気を大げさに出していただけ。

 でも、今回の夕凪ちゃんの集中の仕方は今までとはまるで違う。


「どるるるるるるるる♪」


 トランプのカードを立たせるのは簡単なことじゃない。

 でも今の夕凪ちゃんなら……。

 それくらい、出来そうな気がしてくる。


「どるるるるるるるるる」


 私も思わず息を呑む。

 分かりきっている、夕凪ちゃんがなにか出来るとは到底思えない。こんなこと無視してさっさと宿題を終わらせよう。そうすれば夕凪ちゃんとだって遊べるんだから。そんなこと私だって分かっている。

 でも――

 なにかが起きそう――そんな気配が夕凪ちゃんの周りに溢れていて、目を反らすことができずにいる。

 宿題を進めていた手は、とっくに止まっているほどだ。


「どるるるるるるるるる♪」


 大きく見開いた目で夕凪ちゃんが見つめるのは、二枚のカードの頂点。

 カードを持つ手が震えている。

 二枚が触れあおうとする先端に視線が集まる。


「どるるるるるるるるる」


 力強いその眼力は、まるで魔法のように普段立つことのない二枚のカードに力を注ぐかのよう。それくらい不思議なパワーがある。

 これは……もしや。

 もしやもしや!


「どるるるるるるるるっ!」


 本当に、達成できてしまうのでは――!?


「あ、目が痛い」

「辞めちゃうのかい!?」


 張り詰めていたリビングに、私の下手なツッコミが響く。

 あっ。

 しまった……。


「優奈……」

「………………ッ」


 あ……。

 あーあー……。

 ついに、ツッコんでしまった……。


「ニシシ」


 夕凪ちゃんが笑っていた。

 ひばりもやれやれ、と肩を上げていた。

 そして私は……恥ずかしそうに俯くしかなかった。

 

「ゆーなさん!」


 夕凪ちゃんが私の下へと飛び込んでくる。

 咄嗟に抱きしめた夕凪ちゃんの体は小さくて柔らかくて、暖かい。可愛らしい元気な笑顔を振りまかれたら……。


「……はあ、もう降参。私の負け」


 だめだこりゃ。勝てない。

 こんな子、放っておけるわけがない。


「もーワン子ったら! こんな気になること私達の傍でやりやがってー! トウ!」

「ムヒーヒャハハハハ」

「あ、コラ! そんなに騒がないの、もう」


 ひばりが、夕凪ちゃんを捕らえてくすぐり始め、二人がじゃれつく。

 宿題はまだ終わってないのに……でも、仕方ないか。


 その比は結局、私達三人の楽しげな声が止むことはなく、結局、宿題だって終わらぬまま。

 その翌日。

 私とひばりがいつもより早く登校し、眠い頭で宿題の残りをギリギリまで片付けることになったのは、また別な話である。

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