第13話 ワンコちゃんと再戦

 それからの夕凪ちゃんはと言うと……まあ、普通だった、かな?

 料理も美味しそうに食べて、お風呂にも入って、概ね普段の夕凪ちゃんに戻っていた。たまーに変な呪文を呟くことはあったけれど……。

 一体何だったんだろうアレは。夕凪ちゃんに尋ねても。


「んー……ん?」


 と、いつもの如く、首を傾げるよく分かりませーんの顔でとぼけられてしまった。

 そんなこんなの日々を過ごしていたら、再びサッカークラブの練習試合の日を迎えた。

 対戦相手には、この間夕凪ちゃんの目の前で言いたい放題言っていたあのチームもいる。そしてもちろん、夕凪ちゃんも試合に出ることに。

 今日こそ特訓の成果を出す時……といっても、あれからたいしたことも出来てはいない。チームメイトと練習をしたって話も聞かないし、やっぱり前回同様、あんまり活躍できるとは思えないかな。

 そこへピィッ! と甲高いホイッスルの音が、学校のグラウンドに響き渡る。 


「頑張れー、夕凪ちゃーん!」


 いつものように走り回って、ボール追いかけて、それで夕凪ちゃんが満足なら、それでいい。私も精一杯声を上げて応援しよう。






「ディフェンス、ディフェンスー!」


 夕凪ちゃんのチームは、試合が開始してからずっと攻められっぱなし。なかなかボールがハーフラインを越えることがない。となると当然、中盤のサイドで、駆け上がって攻めに関わることの多い夕凪ちゃんに、ボールが舞い込むこともほとんどなかった。

 このまま攻め続けられると、ちょっと辛いかな。でも相手チームのディフェンスラインも前気味だし、一度ボールを奪えればカウンターを狙っていけるはず。その時こそ夕凪ちゃんの足が役に――


「ははっ」


 私も夕凪ちゃんに付き合ってちょっとはサッカー詳しくなったな。

 なんて一人で呟いていたら。


「ナイスカット!」

「上げろ上げろ!」


 夕凪ちゃんのチームが上手いことボールをカット、そのまま攻めに転じるつもりのようだ。

 サイドバックからセンター、そして中盤のサイドへと僅かに浮いたボールが飛ぶ――つまり、夕凪ちゃんへとボールが渡る。

 これは――前回と同じ展開!


「あ、夕凪ちゃん! 後ろ」

 

 私が声をかけるやいなや、味方からボールを受け取ろうとする夕凪ちゃんに、相手選手が背後から迫っていた。

 やっぱり狙われている!?

 前回、あの子達に穴だなんて馬鹿にされていたくらいだ、今回だって迫ってくるのは当然のこと。

 狙われているのはトラップの瞬間、今回も取られちゃう!?

 

「!?」


 その時、それを見ていた誰もが驚愕した。

 味方からやってきたパスを夕凪ちゃんが足でトラップしようとしたその瞬間、夕凪ちゃんは――相手を置き去りにしていた。


「えっ……」


 迫っていた選手も驚きを隠せない。

 ただでさえ処理の難しい浮いたボール。それを押さえ込むように足でトラップしたかと思えば、その動きのまま反転、背後に迫る相手を追い抜いていってしまったのだから。


「い、いったぞー!」


 ドリブルで駆け抜ける夕凪ちゃんの前に、別の選手が迫る。必死に足を伸ばす相手ディフェンス、しかし夕凪ちゃんは足を止めるどころかドリブルの速度も緩めない。


「――っ!?」


 急接近の直後、足下で巧みにボールを横に動かし、そのまま二人目を抜き去る。


「やばっ」

「止めろ止めろ!?」


 ハーフラインを越えたころには相手チームは大混乱だった。

 サイドから鋭く切り込む夕凪ちゃんを止めようと、こぞって集まる相手選手。

 しかし夕凪ちゃんが足を止めることなはない。得意の俊足で突っ込むようにドリブルで……って、さすがに一人で持ちすぎ!?


「夕凪ちゃん、パスパス!」


 ドンドン集まってくる相手ディフェンス。

 しかし夕凪ちゃんは――それを、華麗に抜き去っていく。

 一人、また一人、すでにここまで四人も抜き去り、バイタルエリアからペナルティエリアへと切り込んでいく!

 こ、これって……。


「まさに神の子、マラドンナね」


 私の傍にいた、謎のおばさんが目を光らせている。


「え、貴方だれ……?」

「かつて、世界大会にて伝説の五人抜きを果たした神の子、マラドンナ……あの選手を彷彿とされる鋭いドリブルと巧みなボールコントロール。まさにあの子は神の申し子よ!」

「いやだから、貴方だれ……」


 でも、ようやく私も気づいた。

 この謎の解説おばさんが言っているマラドンナという選手は、私も知っている。伝説のサッカー選手というその名前はもちろんだけど、でもそれだけじゃない。

 この間夕凪ちゃんが見ていたサッカーのスーパープレイ動画。私も後ろから覗き見た時に、あの人のプレイがちょうど流れていたのだ。

 もしかしてだけど……夕凪ちゃん、動画で見ていたスパープレイを真似してるんじゃ?


「抜けたぞ!」


 夕凪ちゃんは最後のディフェンスを抜き去り、既にゴール前に入っていた。

 残すはもうゴールキーパーだけ。ここまできたらもう――

 

「いっ、いっちゃえ夕凪ちゃんッ!!」


 私もお腹の底から大きな声を張り上げる。 

 その瞬間――


「! ニシシ!」


 夕凪ちゃんと、目が合った。

 フィールドを駆け抜けていた夕凪ちゃんが私の声援に気づいて、満面の笑みを送ってくる。それは元気で変わらしい満面の笑みだけど……。

 そんな時じゃないでしょ、夕凪ちゃん今こっち見ないで!


「――っ!」


 案の定だ。

 夕凪ちゃんが私に気づいて笑いかけてきた瞬間、相手ゴールキーパーはその隙を見逃さなかった。

 咄嗟に飛び出して体ごとグラウンドの乾いた地面を滑る。狙うはもちろん夕凪ちゃんの足のボール!

 砂埃が舞い、二人が隠れる。

 僅かな間、なにも見えなくなった。

 ゴールキーパーの姿も夕凪ちゃんの笑顔も、ボールも。全ては砂埃の置くの出来事。

 しかしそれは、一瞬のことだった。


「よっ、と」


 砂埃の中から、飛び上がる小さな姿。

 夕凪ちゃんだ。その足下には――ここまで一緒に駆けてきたボールも一緒。

 まるでゴールキーパーが飛び込んできたのが見えていたかのように、夕凪ちゃんはボールを僅かに蹴り上げ、華麗にジャンプし回避していたのだ。

 そこからはなんてことはなかった。

 空中に浮かぶボールを、足で僅かに押し出すように蹴り、ボールはそのままゴールへ向かう。

 そして夕凪ちゃんの着地とほぼ同時、ゴールネットが、白黒の斑模様のボールを優しく受け止めた。


 ――ピイィィィッ!


 うるさいほどのホイッスルの音がグラウンドに鳴り響く。

 見事なまでの、夕凪ちゃんのゴールだ!


「やったー!」


 嬉しそうに飛び上がり、チームメイトの下へと駆け寄る夕凪ちゃん。

 すげー! やったぜぇ! そんな歓声を上げながら夕凪ちゃんを迎えるチームメイト。

 前回の敗北を払拭するような驚きと騒がしさだった。


「す、すご……」


 驚いたのは私もだった。

 夕凪ちゃんは感覚的な天才肌だとは思っていたけど、まさか動画を見ただけで、それを真似ちゃうなんて。

 ホント、夕凪ちゃんには――


「驚かされるわね、才能、って奴は」


 ……だから、おばさん誰なの?

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