第四章 お姉さんとワン子ちゃんとサッカー
第11話 ワン子ちゃんとサッカーボール
私も通っていた小学校。
たった数年前のことだっていうのに、見慣れた景色にも随分と懐かしさを感じてしまう。年季の入った校舎、使い古されている鉄棒達。そしてなによりグラウンド。子供の頃はとても広く感じていたグラウンドも、高校生となった今ではとても小さく見えてくる。
そんなグラウンドで、子供達が駆け回り、白黒のまだら模様のボールを追いかけまわっている
少年サッカークラブだ。学校のグラウンドを借りて今日は他の地域のクラブと練習試合。
そしてその中には、夕凪ちゃんの姿もある。
「ほらー行ったよ、夕凪ちゃーん!」
私もグラウンドの端から、応援の声を上げていた。
動き回ったり、運動することが好きな夕凪ちゃん。学校の体育の授業ではけっこう活躍している夕凪ちゃんだからか、男子に混ざってサッカークラブにも入っていて、他の男子に負けず劣らず、必死にボールを追いかけている。
「いけ!」
味方チームの男子から、パスが飛ぶ。
地を這うような鋭い勢いのボールがフィールドを駆け抜ける。ディフェンスからサイド、サイドから中央へ。綺麗に繋がったボールは、今度は逆サイドにフワッと飛んでいく。いわゆる、サイドチェンジ、というやつだろう。
「よっと」
そんなボールを夕凪ちゃんは難なく胸で受け止める。そしてそのままドリブルへ。
「わっ」
でもドリブルで進もうとした矢先、すぐさま相手チームの男の子にボールを取られてしまった。
さすがに運動が得意な夕凪ちゃんであっても、サッカークラブに入っているような子達が相手だと、そう簡単にはいかないようだ。
そんな夕凪ちゃんもさすがに悔しそうにしているかと思えば――
「わーい! アハハハッ」
とまあ、ボールを取られたというのに、なんとも楽しそうなこと。暢気というかなんというか。さすがに練習試合とはいえ、これが試合だって夕凪ちゃんも分かってるよね?
ん? 夕凪ちゃん、急に足を止めたぞ。それに、なんだかこっちを見てるような……もしかして……。
「ゆなさーん」
私に向かってブンブン手を振ってくる。
もう、試合中になにしてるんだか……。
「夕凪ちゃんまだ試合中、ほらボールボール!」
夕凪ちゃんが再びグラウンドに紛れ込んだ犬のように、楽しそうにボールを追いかけていく。といっても、ホントにボールを追いかけていくだけで、ほとんと試合展開に搦めてはいなかったけれど……。
まあ、夕凪ちゃんが楽しそうなら、それでいいよね。
「ゆ、な、さーん!」
「おわっ!?」
試合が終わり、私も帰りの準備をしようとしていた時だ。夕凪ちゃんが、私の下へ駆け寄り飛び込んできた。
「見てた見てた?」
「はいはい、見てたよ。夕凪ちゃんいっぱい走ってたね」
「えへへ!」
試合の結果はといえば、夕凪ちゃんのチームは残念ながら負けてしまった。
私もあんまりサッカーには詳しくはないけれど、見てた感じ夕凪ちゃんのチームはパスも繋がったり、シュートも打てていたと思う。でも、最終的にゴールを割ることはなく、むしろ攻めの途中でボールを奪われてそのまま攻め返されて、っていう展開が多かった印象だった。
そんな試合の中で夕凪ちゃんはというと、敵味方合わせて誰よりもフィールドを走り回り、最後まで元気いっぱいだ。
じゃあ試合でも活躍したかというと……うん、まあ、ね……。
試合に負けちゃった、っていうのもあるけど、それ以上に夕凪ちゃんはサッカーというより、ボールを追いかけてたって印象のが強い。
でもいいのよ、夕凪ちゃんが楽しければ。今だって、嬉しそうに私の下に駆け寄ってきて褒めて褒めてとすり寄ってきてるし。
「泥だらけじゃない。家に帰ったらお風呂はいろ」
「わーい!」
尻尾でも振りそうな勢いで喜ぶ夕凪ちゃん。
と、そこへ集団でやってくる一団があった。
「今日の対戦相手、けっこう強かったよなぁ」
列を成してゾロゾロ歩く彼らは、相手チームの選手達だ。
「右のディフェンス、めちゃくちゃしつこくて抜けないのなんのって」
「いやーフォワードもすごかったぜ。背が高くてクロス上げられたらどうしよーもないもん」
「でもやっぱり中盤だよ中盤。パスが鋭い鋭い」
どうやら、話題は夕凪ちゃんのチームのことのようだ。
夕凪ちゃんも、自分のことのようにふふん、と胸を張っている。
「そういえばさ、相手チームの女の子いたじゃん」
今度は、夕凪ちゃんの話題のようだ。
他の子達も、ああ、いたいたなどなど、忘れもしないといわんばかりに頷いている。
「たまに女の子がいるチームもいるけどさ……」
「分かる、分かるよ。俺も思った」
「俺も俺も」
どうやら相手チームにかなり印象を与えたみたいだぞ。
「あそこさ、完っっっっ全に穴だったよな」
「だよなー。めっちゃ隙だらけで」
「すんげー走ってたのはすげーけどさ、あんまプレイに関係ないんだよね」
「アイツがいたおかげで勝てたようなもんだよ」
え、えぇ……。
印象に残ったとは思っていたけれど、そういう方向性だったか。
まあ確かにサッカーに詳しくない私から見ても、そんなにプレイに貢献出来ていたとは思えなかったからなぁ。
しかしいくらなんでも、言い過ぎなんじゃないかな……。
ハッハッハ、と笑い声と共に彼らは送迎のバスへと乗り込んでいった。
「むー……っ」
「こら夕凪ちゃん!」
今にも駆け出そうとする夕凪ちゃんを慌てて引き留める。
このまま行かせちゃったら、それこそあの子達に噛み付きかねない勢いだ。
「あんなの気にしないの、ほら」
「もー悔しい悔しい悔しい悔しい!」
バタバタと暴れる夕凪ちゃんの気持ちはすごく分かる。私だって同じ気持ちだ。
夕凪ちゃんのことを馬鹿にするような子達なんて、私の方からゴツンと頭を殴ってやりたいくらいだ。
でも、こういう悪口みたいなのは、どうしたって仕方がないと思う。私達が直接耳にしてしまったことは運が悪かったこと。彼らだって、夕凪ちゃんに聞かせようとして言っていたわけではないはずだし。
「ほら行こ、次試合する時見返してあげよ、ね」
それに本当に悔しいと思うなら見返す方法は一つしかない。
サッカーだ。同じサッカーで相手をギャフンと言わせてやればいい。
すると、暴れていた夕凪ちゃんが急に大人しくなり、ピコン、となにかを思いついたような顔をした。
「そうだ! ゆなさんゆなさん」
「ん? なあに?」
「特訓しよう!」
翌日。
家の近くにある公園にサッカーボールを持ちだして、急遽特訓という名の練習を始める夕凪ちゃん。
でもその特訓相手は――私だった。
「いくよーゆなさーん」
夕凪ちゃんが勢いよく振りかぶり、ボールを蹴り出す。
晴天の下、公園の芝生の上を白と黒の斑模様のボールが勢いよく転がっていく。でもボールの行き先は私の足下ではなく、もう少し先だった。
「っ!」
私もなんとか足を伸ばして、ボールを止めようとするけれど……残念、私の足には届かず、ボールはそのまま遠くへ。
「もーゆなさん!」
「ごめんゴメン……」
転がっていってしまったボールを私も慌てて追いかける。
夕凪ちゃんが特訓したいと言い出したものの、どういうわけか他のチームメイトに声をかけることもなく、私にお願いをしてきたのだ。頼られることは悪い気はしないんだけれど…………正直、今回ばかりは役に立ててない。
私はそこまでサッカー詳しくない。というか運動そのものも並くらいで、夕凪ちゃんと遊ぶ程度なら付き合えても、上手くなるための練習や特訓となると……さすがにねぇ。
夕凪ちゃんも他のチームメイトに声をかければいいものを、なんでわざわざ私を選ぶかな。
「もう一度いくよ」
私がようやく返したボールを受け取った夕凪ちゃんがもう一度パスを送ってくる。勢いはさっきとほとんど変わらない。
高校での体育でも、ここまで強いボールを蹴る子はそういないだろう。
「わっ」
やっぱりというか当然というか……今回も取ることは出来なかった。
「ゆーなーさーん」
夕凪ちゃんが、呆れるような声を上げ、地団駄を踏んでいる。
「ごめん夕凪ちゃん……私じゃ無理だよ」
それくらい夕凪ちゃんも本気で上手になりたいと思っているんだろうな。
だからこそ、力になってあげられないのが心苦しい。
なにか私がやって上げられること、ないかなぁ。
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