第10話 ワン子ちゃんそっぽ向く

 その日も夕凪ちゃんは家にやってきていた。

 だけど……うーん。どうもいつもと様子が違う。


「夕凪ちゃん」


 と、私が夕凪ちゃんのことを呼ぶ。

 普段なら――


「なになにゆなさんゆなさん! ゆなさぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 と、それこそワンコみたいに私の傍に駆け寄っては周囲を駆け回り、騒がしいくら

いに嬉しそうな声を上げるんだけど。


「ん? なに?」


 と、すまし顔。

 リビングのソファに座ったまま、駆け寄ってくることも無い。

 そう、不思議なくらいに大人しいのだ。

 こういう態度をみせるのは、夕凪ちゃんにはすごく珍しい。

 でも珍しいってだけで、決して無いわけじゃ無いのよ。こういう日は、たまーにある。

 そして、そのたまーにの原因はだいたい一つだ。


(こ奴め、なにかやらかしたな?)


 夕凪ちゃんが普段よりも静かな時、それはきまってなにかしらの粗相を隠している証だ。

 ついさっき、ちょっとした買い物のために夕凪ちゃんを残して一人コンビニに行ってきたんだけど、その僅かな間になにかしてしまったのだろう。


「んーん。なんでもないよ、呼んでみただけ」


 はてさて、一体なにをやらかしてくれたのやら。

 どうせ聞いても素直には答えてくれはしないだろう。

 ま、だからって怒るつもりはないんだけど、せっかくだし、いつものお返しにちょっと意地悪しちゃおうか。


「そうだったそうだった」


 私は手を叩き、わざとらしくなにかを思い出したように声を上げる。


「洗濯物畳んだままで、しまうの忘れてたんだー!」


 夕凪ちゃん、以前洗濯物にダイブして、見事にめちゃくちゃにしてくれたことがある。

 今回もそれかな?


「………………」


 チラッと横目で見た夕凪ちゃんは黙ったままそっぽを向いている。

 これは……あるかもしれないな。

 リビングでポイッキュアを大人しく見ている夕凪ちゃんの横を抜け、隣の和室へ。

 襖に手をかけ勢いよく開き、驚きの声を上げた。


「あー! 洗濯物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………置いて、あるなぁ」


 洗濯物達はさっき取り込んでから畳んで重ねられたまま。その時のまま変わること無く、全くもって無事だった。

 あれぇ? これじゃないのか。

 私は、畳んで重ねられた衣服をタンスにしまいながら考える。

 てっきり、洗濯物を盛大に散らかしてしてくれたのかと思ってたんだけどな。これじゃ無いとしたら、他には……。


「そうそう! 今日はダーナ堂で買ってきたプリンがあるんだ~」


 チラリ。


「ッ!?」


 おっ。

 ビクリと反応を見せたな。ふっふっふ、私は見逃さなかったぞ。

 なるほど、なるほど。そういうことか。

 大方、冷蔵庫を開けたらプリンを見つけて、そのまま食べちゃった、と。


「学校でも話題になってたから楽しみにしてたんだよね~」


 洗濯物をしまい終え、大げさに喜びながらリビングへと戻り、夕凪ちゃんの横を抜けてキッチンへ。

 最新のでは無いけれど、決して古くはない、少し大きめの我が家の冷蔵庫。

 その扉を――開けた!


「あーッ! そんな、買ってきたプリンがぁぁぁぁぁぁぁ………………あるなぁ」


 冷蔵庫の中、私と夕凪ちゃんの分のプリンが横並びに置いてある。

 あれぇ……プリンを食べちゃったわけじゃないのか。


「ゆ、夕凪ちゃん……食べる?」

「うん、食べる」


 まあ普段からよく家に来ると言っても、さすがの夕凪ちゃんも人の家のものを勝手には食べたりするほどではないか。

 二つのプリンを取り出し、夕凪ちゃんと一緒にリビングのソファに並んで座る。

 テレビから流れるやたら凝って作られたポイッキュアの戦闘シーンを見ながら、私達は同時にプリンの蓋を開けた。


「いっただきまーす!」

「いただきます」


 小さなスプーンですくったプリンを口の中へ。


「んーっ!」


 プルップルの食感と同時、ひんやりとした冷たさに乗って卵の甘みが口の中に広がると、遅れてカラメルソースのほんのりとした苦みがやってくる。そのバランスがまあ絶妙なこと絶妙なこと、思わず声が上がってしまうくらい。

 コンビニで売ってるプリンも美味しい。けれど、それとはまた違う、プリンとは思えぬほどの丁寧で奥深い深みを感じさせる味だ。

 さすがはダーナ堂、学校の女子達も一目を置くだけはある。


「夕凪ちゃん美味しい?」

「うん! 美味しい」


 百点満点のまんまる笑顔。

 この笑顔、普段の夕凪ちゃんだ。

 なにかやらかしたって思ってたけど……もしかしたら気のせいだったのかも。

 まあ、なにも無いならそれに越したことは無いし、ね。

 小さなカップに入っていたプリンも、あっという間に食べ終えて夕凪ちゃんも満足そう。

 ポイッキュアもエンディングに入った頃、今度は本当に思い出したことがあった。


「あ、そうだ。昨日お父さんがね、海外のお友達からもらったってパズルをくれたの」

「ッ!?」

「ピースの数がすごく多くて、私一人じゃきっと作れないから一緒に作らない?」

「……………………」


 夕凪ちゃんは、返事を返してくれなかった。

 あんまり、興味を引かれなかったかな?

 夕凪ちゃんは家で大人しくするよりも外で動き回って遊ぶ方が好きだからな。


「ちょっと待ててね」

「あっ……」


 まあ、ポイッキュアを見ているついでに、パズルに興味を持ってくれればそれでいっか。

 私はソファから立ち上がり、短い廊下を進んで自室へ。


「待ってて、今持っていくか――」


 言いかけて、部屋の扉を開けた瞬間だ。

 驚愕、っていうのはきっとこんな感じなんだろう。


「え…………」


 思わずそんな声が漏れていた。

 開いた口がしまらない。

 体が一瞬で固まった。

 そうしてようやくのように――驚きの声が湧き上がってくる。


「な、なにこれー!?」


 そこに広がっていたのは大惨事も大惨事。

 床も、机も、ベッドの上も。

 私の部屋一面に、大量の小さなパズルのピースが散乱していたのだ。


「……ハッ!?」


 まさかと思い振り返る。


「…………」


 そこには、いつの間にか私の後ろにいた夕凪ちゃんが。

 すまし顔で遠くを見ている。

 それこそまるで『え、なにかありました? ご主人様』と粗相をした犬がシラをきるみたいに。


「夕凪ちゃん……」

「うにゅ」


 そんな夕凪ちゃんの顔を両手で挟む。

 夕凪ちゃんの柔らかいほっぺが潰れたおまんじゅうみたいに押し潰される。


「ゆ、夕凪知らないよ……」

「………………」

「ホントに知らないよ? 爆発でも、したんじゃない?」


 突き出された唇がなにかを言っているけれど、残念。私が見つめる夕凪ちゃんの目が犬かきして泳いでいる。

 これは犯人に間違いない。


「はあ……」


 私は大げさにため息を漏らしてみせる


「あのね、夕凪ちゃん。私は別に怒ってないよ」


 なんて言ってみたけれど、叱る前の人はだいたい同じ事を言う。きっと夕凪ちゃんも叱られると思っているのかもしれない

 でも私は本当に怒っていないし、まして叱るつもりだって無かった。


「私の家にくることも多いし、自由にしててくれて全然いいっていつも言ってるでしょ? むしろ隠していたことが散らかしちゃった程度のことでよかったくらい」


 そりゃあ、片付けは大変だけど、ね。


「夕凪ちゃんが怪我したり、火事になるようなことじゃなくてホントによかったよ」

「………………」

「でもね、私はすごいショックなの……部屋を散らかしちゃったことを黙ってたことよりも、夕凪ちゃん、私に嘘つこうとしてるんだもん」

「え、あ……」


 私がなにを言いたいのか、どうやら夕凪ちゃんも気づいたみたいだ。


「そっかぁ……夕凪ちゃん、私にウソついちゃうような子だったんだぁ……」

「う……」

「あーあー。ショックだぁ。もう立ち上がれないかも……」


 大げさなことを言いながら、私は部屋の中にパタリ。

 夕凪ちゃんに背中を向けてそのまま横になる。


「ゆ、ゆなさん……?」

「………………」


 背後で夕凪ちゃんが心配そうに声をかけるが、私は反応しない。

 夕凪ちゃんが、躊躇いながらも私の背に手を置いてくる。

 小さな手で私を揺するように動かすけど、それでも私は答えない。ここで私が反応してしまったら、何の意味も無いのだ。


「ゆ、夕凪……お部屋で、パズルの箱見つけて」


 すると夕凪ちゃん、辿々しい口調でなにかを話し始める。


「キレーだなって思ってね、箱開けてみてね……たくさんピースがあるから、これ作って見せたら、ゆなさん喜ぶかなって思ってね」

「……………………」

「そうしてピースの入ってる袋を開けようとしたら……その、バーンって……」


 なるほどな。

 おおむね予想通り、夕凪ちゃんならやっちゃいそうなことだと思う。


「ごめんなさい……」

「………………」

「怒ってる、よね。ゆなさん……?」 


 シュンとしている顔が、背中越しにも分かる。

 言って欲しいことは言ってくれた。これ以上はさすがに可哀想だ。

 散らばったピースの上で、私はゴロンと体を転がす。


「夕凪ちゃん」


 そしてじっと、夕凪ちゃんの目を見つめた。

 夕凪ちゃんのおっきなおめめが、僅かに潤みを帯びている。


「言ったでしょ、怒ってないって。だから気にしないで、ね?」


 そう、最初から分かりきっていたことだ。

 夕凪ちゃんに悪意なんてものがないなんてのは。

 後はそれを正直に話してくれるかどうかだけ。 


「それにしても……フフッ」

「?」

「ずいぶんとまぁ、フフッ、派手にやったわね」


 部屋中にピースがまき散らされるくらい派手にぶちまけられたら、さすがにもう笑うしかないよね。

 ションボリしていた夕凪ちゃんもいつの間にかつられて笑いだしてる。


「さ、この大惨事、片付けないと私がお母さんに怒られちゃいそう」


 私は立ち上がり、体に付いたパズルのピースを軽く払う。


「手伝ってくれる、夕凪ちゃん?」

「うん!」


 夕凪ちゃんも元気よく答えてくれた。

 そうして二人で散らばったパズルのピースをなんとか集めていったけれど……ピースが多いだけに本当に全部集められたのかどうか。

 それは、私達がパズルを作り終えるまで分からない。

 でも、それはそれで、新しい楽しみだ。

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