第5話 二人で晩御飯、二人で・・・

 あの後、他のクラスメイト達も物珍しそうに私の煮物を見物しにきて、なかには写真に撮ったりする子やSNSに上げようとする子も居たんだけど、さすがにそれは断った。

 みんなにお裾分けする量はないから、欲しいなんて言われたらどうしようかとも思ったけど、もともと自分達の班の料理の量も多かったし、みんなも眺めるだけに留まってくれたのは幸いだ。

 今時の高校生は、煮物っていう地味な料理を欲しがる人はそう多くはないのかも……美味しいんだけどな。

 結局、煮物は私達の班で頂いて家庭科の先生にも袖の下――もといお裾分けをしたら、残ったのはほんの僅か。精々二人分がいいところだろう。

 でもそれで十分。だって今晩の私と夕凪ちゃんの分なのだから。




 夕食時。

 私の家でテーブルを囲んで私と夕凪ちゃんの二人で一緒にご飯。

 私と夕凪ちゃんの両親はそれぞれ共に共働きで、帰りが遅いこともよくある。それもあって二人で晩御飯を食べることもよくあることだ。


「いただきます!」

「はい、いただきます」


 夕凪ちゃんが手を合わせて、元気よく声を上げると、私の作った料理へと手を伸ばしていく。

 今日の晩御飯は実習で作った残り物の煮物を初め、わかめのみそ汁に、小さな夕凪ちゃんでも食べやすいようにした、一口サイズの豚の生姜焼き。


「これ、ゆなさんが学校で作ってきたんでしょ?」


 これ、とはもちろん今日の調理実習で作ってきた煮物のことだ。


「そうだよ。どうかな、美味しい?」 

「うん!」


 満面の笑み。元気のいい返事だ。


「こんなお料理作れるなんて、ゆなさんすごいね」

「ふふ、ありがとね」


 そう言ってもらえるだけで、作った甲斐があるな。

 夕凪ちゃんは私が作ったものはあーん、と大きな口を開けてなんでも美味しそうに食べてくれる。その食べっぷりを見ているだけでもこっちも微笑ましくなるんだよな。

 そんな夕凪ちゃんが喜ぶ姿が見たくて、色んな料理を作ったり、美味しそうなレシピを探して挑戦していたりしたら、いつの間にか料理は慣れちゃった。

 やっぱり、作った料理を美味しいって言ってくれる人がいるのはいいよね。

 わたしも夕飯にありつきながら、ふと夕凪ちゃんの顔を眺める。

 美味しそうにもぐもぐ。よっぽどお腹がすいていたのかな、見ていて飽きないなぁ……ん?


「あ、夕凪ちゃんほっぺにご飯粒が――」


 椅子から立ち上がって、頬に手を伸ばそうとする。

 でも、その手が間に合うことはなかった。


「んっ」


 器用に舌を使って、頬に付いていたご飯粒をペロリ。

 犬がよくやる仕草に似ているかも、って……。


「コラ、夕凪ちゃん、行儀が悪いわよ」

「えへへ」


 夕凪ちゃんが八重歯を見せながらニシシと笑う。

 叱ったはずなのに、なんだかほっこりしてしまう。


「ねぇ、夕凪ちゃん」

「なあに?」

「ちょっと聞いてみたいことがあって……ね?」

「?」

「ほら、この間の公園のことなんだけどね、その……なんていうか」


 夕凪ちゃんが、不思議そうにこちらを眺めている。

 うぅっ……そのつぶらな瞳が純粋すぎて、今は見ていて辛い。


「ほら、ね? この間、公園に行った時に夕凪ちゃん私に飛び掛かってきたでしょ?」


 覚えてる? と尋ねると、首を僅かに傾げた。


「あれって、なんであんなことしたのかなぁ……って、思って」


 うーん、自分で聞いておいてなんだけど、こんなこと聞いて良かったのかなぁ。

なんだか昼ドラとかに出てくるめんどくさい女みたい。


「うーんとね」


 頭を左右にフリフリ、天井を見ながら考える素振りを見せる夕凪ちゃん。右に左にと揺れる頭を見ているだけで……うぅ、頭がどうにかなりそう。

 何を考えて、あんなことをしてきたのか。いや、当人にその自覚があったのかも分からない。そんなことを夕凪ちゃん、というか小学生相手に聞くことじゃなかったかも。

 なんて考えてたら……あ、揺れる頭の動きが止まった。

 目がこっちを向き、口も動き出そうとしている!

 答えが……くるっ!?


「わかんなーい!」


 なにも考えてないのかーい!


「そ、そっかぁ。ははは……」


 そりゃあそうよね。だって相手は小学生だもの、あの夕凪ちゃんだもの。深くなんてかんがえてないよね、アハハハハハハハ……。


 ………………。


 ……なんだろ、この虚無感。

 一人で悶々としていた私が馬鹿みたいに思えてきた……。


「どうしたの、ゆなさん?」


 ションボリした顔で心配そうにこちらを眺めてくる。

 ダメダメ。夕凪ちゃんに心配かけちゃダメよ。


「あ、ううんなんでもないよ、大丈夫。あ、そうだ!」


 話を切り替えるように、強引に別な話へ持っていく。


「今日夕凪ちゃんのお母さん達、帰り遅いんだよね」


 夕凪ちゃんの家はお父さんとお母さん二人とも働いているいわゆる共働き。二人の帰りが遅くなることはよくあることだ。


「実はね、今日はうちの両親も夜勤でね、私一人なの」


 もっとも、それは我が家も変わらない。両親二人が夜勤で重なることはたまにある。

 だからこれは、特別不思議なことでもなんでもない。

 こういう日に、私達がよくやること。


「そこで、提案なんだけど」

「? ああっ!」


 夕凪ちゃんが何かに気づき、ぱあっと表情が明るくなる。

 その顔を見るだけで、私が次に出す言葉も本当に自然に出てきた。


「今日、泊まっていかない?」






 夕飯を終えて、一緒に食器を洗って、一緒にリビングでポイッキュアを見て。

 そして、これから一緒に眠る。

 夕凪ちゃんがお風呂に入っている間に、私は自分の部屋に二人分の布団を敷いていく。二人のお泊まり会はよくあることでこれも手慣れたものだ。


「ゆなさーん!」


 どうやら夕凪ちゃんがお風呂から上がったみたい。

バタバタと騒がしい音を立てながら部屋へとやってくる。


「見て見てー!」


 部屋に来た夕凪ちゃんの頬は湯上がりで上気し、亜麻色の長い髪もしっとりしている。

 水に濡れた子犬のように、体を今にもブルブルと震わせそうな姿は、ホントワンコのようで可愛らしい。でもそれだけじゃない。


「パジャマ、新しく買ってもらったの!」


 体を大の字に広げて見せてきた淡い黄色のパジャマには、ワンコと呼ぶに相応しい子犬の顔が各所に散りばめられている。

 ちょっとだけ丈が長いところも含め、夕凪ちゃんによく似合う。


「わーすごい! よく似合ってるよ夕凪ちゃん!」


 なんて可愛らしいんだか。

 写真にとってSNSに上げて、全世界に向けてアピールしたい。


『そういうところだからね、優奈!』


 と、脳内でひばりがツッコミをしてくる。

 だから、そういう目で見てないから。純粋に、かわいいって思っただけなんだから!


「ゴ、ゴホン……ほ、ほらもう寝よ、ね?」


 などと誤魔化しつつ、電気を消そうとして。


「ゆなさん、ベッドじゃなくていいの?」


 普段の私は、部屋の端にあるベッドで寝ている。

 しかし、こういった日ぐらいは、ね?


「いいの。せっかくのお泊まり会だもん、一緒に寝よ」

「うん、そうだね」


 きっと夕凪ちゃんなりに私のことを気遣ってくれたのだろう。優しいな。


「じゃあ、消すよ」


 部屋の明かりを消し、私は布団の中へ。

 すると先に布団に入っていた夕凪ちゃんが顔をこちらに向けてきた。


「今日ね、休み時間のサッカーで夕凪シュート入れたんだよ」

「えl! すごい」

「えへへ。男子のみんなも『また小犬丸だよー』って言って、悔しがって。ふふっ」

「夕凪ちゃん、ホントサッカー上手いよね」

「うん! それからね、それからね」


 今日一日を振り返るように、布団の中でおしゃべりが始まる。

 学校での授業、休み時間の話、帰り道で散歩していた子犬を見つけたこと。

 どれもこれも、キラキラとした楽しそうな話題ばかり。

 夕凪ちゃんが話をして、私が相槌を打つ。そして夕凪ちゃんが楽しそうに笑う。

 眠ることも忘れてしまう、楽しそうな話題がしばらく続いたそんな時。


「ゆなさん」


 薄暗い部屋の中、唐突に夕凪ちゃんが私を呼んできた。

 私も、お返しのように彼女の顔を見つめ返事を返す。


「なあに、夕凪ちゃん?」


 小さく囁くように。

 すると、夕凪ちゃんも小さく笑って答えてくれた。


「ううん。呼んでみただけ」


 目をトロンとさせ、眠たげな顔だ。

 そんな顔を見つめながら、私の顔も自然と綻む。

 布団から手を伸ばし、夕凪ちゃんの頭の上へ。

 そして、小さな頭を優しく撫でながら、小さく囁いた。


「おやすみ、夕凪ちゃん」

「おやすみなさい…………ゆなさん……」 


 そうして彼女は、すぐに眠りに落ちた。

 スースと寝息を立て、とても幸せそうに。

 瞼を閉じ、呼吸と共にゆっくりと上下する小さな胸。いつもの元気さと相まって、穏やかな彼女の姿はいつまでも見ていたくなりそうだった。

 いつまでも夕凪ちゃんの寝顔を見つめているわけにもいかない。

 私も明かりの消えた天井へと顔を向けて、瞼を閉じながら今日一日を振り返ってみた。

 ひばりに夕凪ちゃんのことを相談してみたけれど、結局なんの解決にもならなかったな……むしろモヤモヤが増えた気がするし……。

 ま、いますぐ解決しなきゃならないことでもないか。

 そのうちに、なんとかなるでしょ。

 我ながら、なんとも……消極、的な……


「ふ、ふわぁ……」


 口から欠伸が漏れる。

 そろそろ眠くなってきた……。

 私も……もう寝よう……。

 おやすみ、夕凪ちゃん…………。


 ………………

 ……………………

 …………………………


 …………………………うん?

 なんか、ゴソゴソと聞こえてくる……。


「ん……?」


 夕凪ちゃんの布団、じゃないないな……?

 あれ? 私の布団の中?

 もしかして、夕凪ちゃんが布団に潜り込んできてるのかな。


「……ニシシ」


 ……布団の中から、なんだか悪戯そうな笑い声が……。

 これは、まさか――


「ちょっ!?」


 突然、私の腕の下を小さな手が触れた。

 続いてなぞるように、手は私の腋へ。


「ちょ、ちょっと、アハハハ!?」


 ゴソゴソと私の体が、弄られる!?

 布団の中でもぞもぞ動く、小さなワンコ。

 ついには、私の体を後ろから抱きしめてくる。


「ちょ、ちょっと待」

「くしし」

「ちょ、もう、やめてよ夕凪ちゃん」


 待って、待って!

 さすがに、布団の中では!?


「ゆ~な~さ~ん。ニシシシ」


 夕凪ちゃんのいじらしい声が布団の中から。

 まるで全身が彼女の手に弄られていくようで……。


「やめて……や、やめて夕凪ちゃん」


 これじゃあ、私……!


「やめて……やめてってば」


 本当に、もう!


「――やめてっ!」


 パッと目を見開き、起き上がる。

 って……あれ?

 部屋が、明るい……?

 電気の明かりじゃない、これは……日の光だ。

 さっきまで夜だったのに……もう朝!?


「え……?」


 ちょっと待って。

 待って待って待って待って!

 まさか、さっきのって……私の、夢!?


「いや……いやいやいやいやいや!!」


 きっと彼女はそこに無邪気な寝顔で、まだ眠っているはず。

 布団をガバっと開ける。

 そこには――


「…………い、いない」


 期待は外れた。

 布団の中には夕凪ちゃんはおろか、私以外誰もいない……。

 ということは、つまり……。


「夢、だった……?」


 せっかく起こした体が、一気に脱力。

 背中から布団へと倒れ込んだ。


「う、嘘でしょ……」


 まさか……あんな夢を見るなんて……。


「あっ…………あああああああああああああああああああああっ!?」


 布団の上をゴロゴロと転げ回る。

 なによアレ、あんな夢見るなんて。

 アレじゃ、アレじゃまるで欲求不ま……っ。

 いやいやいやいやいや! ないないないないないない!!

 違うから、違うからホント!

 これは夢よ、きっと夢なの。

 いや違う、きっと現実だったんだ、そうであって! お願いだから!!


「って、布団は……?」


 よく見れば、夕凪ちゃんの布団がない。

 昨日確か私が敷いたはず。それなのにない……。

 え……待って?

 ホントに、どこまでが現実だったの……!?

 一緒に食事をしたところ? 

 一緒に食器を洗ったところ?

 一緒にポイッキュアを見たところまで? 

 それに、あのパジャマ姿は!?

 ……ああ、嘘よ。どうしよう。

 どこからが現実で、どこからが夢なのか、まるで分からない……。 


「ゆ、な、さぁぁぁん!」


 そんな時、あの元気な弾む声が飛び込んできた……って、ちょっと待って!


「ぐほぉあ!?」 


 思わず出てしまった女子高生が出してはいけない声。

 飛び込んできたのは声だけじゃなかった。


「ゆ、夕なぎ、ちゃん……」


 布団の上に夕凪ちゃんが飛び掛かってきたのだ。

 昨日見た子犬のパジャマ……どうやらそれは夢じゃなかったらしい。

 と、いうことは、私より先に起きていたってこと? 布団も自分で片付けたのかな。


「おはよ、ゆなさん!」


 夕凪ちゃんが、布団の上から私に覆い被さり、私に朝の挨拶をしてくる。

 まるで子犬が尻尾を振るように、嬉しそうに。


「お、おはよ……」


 でも、夜見たあれは結局夢だったのかどうか。

 もし夢だとするのなら……私って、やっぱり百合そっちってこと!?

 私は一体、どっちなのーっ!?

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