第2話 ワン子ちゃんと公園で
同じマンションでお隣同士。
そして共に両親が共働きともなれば、自然と付き合いは増えるもの。
高校二年生の私と、小学二生年の夕凪ちゃん。
お互い歳は離れているけれど、私が小学生の頃から面倒を見ることも多かった。それもあって私達は昔から仲良しだ。休日の今日だって一緒に近くの公園に遊びに来ている。
衣替えを終えても、まだ半袖では肌寒いかなと思ったけど、燦々と降り注ぐ陽気は十分すぎるほどの暖かさだ。
私達の住む茨城県のつくば市は、テレビなんかでは地味だとか魅力がないとか、散々言われることも多い。まあなにもないっていうのは、概ね間違いじゃないけど……。
実際、市街を一歩抜け出せば田んぼの真ん中を大通りが突っ切るだけで、たまに目に付くと言えば、パチンコ屋の大きな駐車場くらい。
でも、私は人気の街みたいな輝かしさよりもこういう素朴なところが好きだな。だってなんにもない一面青々とした芝生の広場でも、駆け回るには十分で最高に気持ちがいいもの。
「夕凪ちゃん。いくよー」
私が手にしていたのは、丸いフリスビー。今日はこれを使って遊んでる。
でも投げようとする先には、誰もいなかった。
夕凪ちゃんは――私の隣でワクワクしながらフリスビーを見つめているのだ。
私は彼女によーくフリスビーを見せつける。そして――
「せえ、のっ!」
一気に投げた。
丸いフリスビーが勢いよく回転し、晴天の下を飛んでいく。
「アハハハッ!」
そんなフリスビーを追いかけるように彼女、夕凪ちゃんが無邪気に駆け出す。
「ふふっ」
お隣さんの彼女は妹のような存在、と言われればその通りだと私も思う。
でも……周りからはちょっと違うように見えているのかもしれないと感じる時もある。それがなにかと説明するには、夕凪ちゃんの同級生の話が必要だろう。
夕凪ちゃんの同級生の多く――特に男子の子達は、夕凪ちゃんを名前じゃなくて名字で呼んでいる。なにせ、名前以上に彼女らしさが現れているんだもの。
小犬丸夕凪。
毛皮のように綺麗な亜麻色の髪、ほんわか柔らかそうな見た目がどこぞのお嬢様かと見間違えるような容姿をしていながら、その中身はいつも元気に駆けてはしゃぎ回って、じゃれついてくる。まさにワンコである。
そんな彼女と小犬丸という名字は、夕凪っていう本人の名前以上にピッタリだ。
周りからはちょっと違うように見えているかも、というのはつまりはそういうことだ。
夕凪ちゃんがペットのワンコで、私がその主人、そんな風にも見えるらしい。
いやいや、そんなことない……と、一応否定はしておきたい。
そんな夕凪ちゃんは今もフリスビーを追いかけ元気に走ってる。
フリスビーの勢いが弱まり、地面に落ちようとする直前――
「とぉっ!」
飛び掛かってキャッチ。着地と同時、草むらの上を転げ回る。
すぐさま立ち上がると、嬉しそうに私の元へと駆け寄ってくる。
夕凪ちゃんの元気の良さは、学校の休み時間には男子達に混じってサッカーをしてるって話をよく聞かされるほど。男子に混じっても負けないどころか、大活躍していて休み時間には男子達に引っ張りだこになるそうだ。
「ゆなさん、ゆなさん!」
嬉しそうに駆け寄って来て、褒めて褒めてとせがむ姿は、ホントにワンコみたい。
容姿を初め、あり余る元気と人懐っこさはチワワやポメラニアンのような小型犬というよりもむしろ――ゴールデンレトリバーのような存在感なのかも。
「夕凪ちゃんナイスキャッチ」
見事にフリスビーをキャッチした夕凪ちゃんの頭を撫でてやる。
嬉しそうに喜ぶ姿が、また可愛らしい。
尻尾でも付いていたら、きっと右に左にと大きくブンブン振っているだろう。
「もう一回もう一回!」
「はいはい」
ピョンピョン跳ねて、もう一度とねだってくる。
フリスビー一つにここまで嬉しそうにするなんて、無邪気というか何というか。
「いくわよー、それっ!」
再び真っ青な空めがけ、フリスビーを飛ばす。
後を追いかけ元気よく走り出す夕凪ちゃんの小さな後ろ姿は、子犬そのものだ。
そして今度も難なく空中でキャッチ。
「優奈さーんもう一回!」
そう言いながら、すぐ私の元に駆け寄ってくる。
「いいよー!」
私も気持ちよく返事を返し、取ってきたフリスビーを受け取ろうとする。
だけど――
「うん?」
「んー! んー!」
もう一回とせがむのに、なぜか夕凪ちゃんはフリスビーを離してくれない。
「ちょ、ちょっと夕凪ちゃん」
「んー!」
まるでフリスビーを咥えて離さず『これは自分の!』と主張する犬のよう。
さ、さすがに夕凪ちゃんも口では咥えていないけど……。
「こ、これじゃあ投げられないから、ね?」
「んー!」
嫌がる素振りを見せているんだけど……。
そのわりには、なぜか楽しそうなんだよな。
「も、もう。ほら」
「んーんー!」
「離して、離して……って――キャッ!」
勢いよく引っ張ったら、勢い余って、そのまま後ろに!?
ドスン、と芝生の上に倒れる私と夕凪ちゃん。
「いたた……だ、大丈夫夕凪ちゃん……?」
幸い、夕凪ちゃんは私の上に倒れていた。
私の胸の中に顔を埋めていて、夕凪ちゃんの柔らかい体と体温がちょうど覆い被さる形だ。
でも、なぜか夕凪ちゃんが動かない。
「夕凪ちゃん……?」
え、嘘……。
まさか、どこかぶつけちゃった!?
「夕凪ちゃん、大丈夫!?」
心配して顔をのぞき込む。
「夕凪ちゃん、夕凪ちゃん! 大丈、夫……?」
すると、むくりと体を上げる夕凪ちゃん。覆い被さる形から、今度は馬乗りのような態勢に。
「あ、あの……夕凪、さん……?」
黙ったままだった彼女の顔が、突然ニチャアと意味深に笑う。
あ、これはマズい。
「ゆ、夕凪ちゃ待あははははっ!」
突然、馬乗りになった夕凪ちゃんが体中を弄ってきた。
「ゆなさーん、ニシシほらほら~」
「や、やめっやめて夕凪ちゃあははは!」
脇から、横腹。
服の上からでもこちょこちょとされて体中がこそばゆい。
「ひ、ひひひっちょちょっと!?」
く、くすぐったい。
ダメ。笑いが、止、止まら、ない!
「ちょ、こ、コラ!?」
待って、そこはダメ!
「変な、とこっ、触ら、ないでっ!?」
こんな外でそんなところ弄られたら、わ、私――
「ゆ~な~さん」
「ッ?」
突然、体を弄っていた手が止まった。
「ゆ、夕凪、ちゃん……?」
息を荒くしながら、不思議に思い彼女を見る。
「うひひひ、えいっ!」
すると馬乗りになっていた夕凪ちゃんが、今度は抱きついてきた。
柔らかい。幼いミルクのような白い肌と共に、ボディソープの香りが鼻に舞い込んでくる。
「も、もう……」
子犬のようにじゃれつき、無邪気な笑顔振りまく彼女を見ていると……やっぱり、怒る気にもなれない。
まあこういうことはいつものことだし、ね。
「夕凪ちゃん。変なこと、しないでよね……」
「へへっ」
天使のような悪魔の笑顔を振りまく夕凪ちゃん。
そんな彼女を見上げていると、ふと思ってしまった。
このままされるがままにされたいような、そうなんというか……。
えっ、なにこれ……。
なんでこんな、邪な感情が湧き上がってくるの?
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