Girl from Somewhere

中原恵一

故郷の音 Sounds of My Hometown (1)

 一月のある日、昼食を買おうとたまたま入った都内のコンビニで、僕は彼女に出会った。


 おにぎりとお茶を片手にレジに並んでいたとき、陳列棚の前でじっとしているウェーブがかった長い茶髪が目に入った。

 外国人と思しきその若い女性はカップスープやスナック菓子を持ち上げては裏返し、スマホをかざしていた。

 何をしているのだろう。

 少し気になって、僕はその場に立ったまま目をらした。

 彼女のスマホにはバーコードリーダーのように漢字を読み取るアプリが入っているようで、どうやらそれを使って成分表示を見ているらしい。

 日本語が読めなくて困っているのだろうか。

「May I help you?(どうしましたか?)」

 僕は列に並ぶのをやめて、片言の英語で彼女に話しかけてみた。彼女はびっくりしたように目を丸くしてこちらを振り向いた。

「……?」

 彼女は何語か分からない言語で返事をした。

 クレオパトラみたいに太い眉と、少し日に焼けた小麦色の肌――彼女は少なくともアメリカやヨーロッパの人ではなさそうだった。

「英語通じなかったか……。日本語はできる?」

 僕は日本語に切り替えて話しかけてみた。

 しかし。

「……すみません。分かりません」

 彼女はたどたどしい発音で、申し訳なさそうにそれだけ言った。

「困ったな……」

 英語も日本語も通じないのではお手上げだった。

 この時点で諦めればいいのだが、話しかけたのは僕の方だったので責任を持とうと思った。

「What are you looking for?(何を探してるの?)」

 僕は再び彼女に話しかけてみた。僕の発音が悪すぎたのか、彼女は怪訝な表情をした。

「What, do, you, want? なに、が、ほしい?」

 僕がもっと簡単なフレーズに言い換えると、彼女はやっと理解したように、

「No bork. I want no bork.」

 ウー、と言いながら彼女は唇に指をあてていたが、それ以上英語が出てこないようでそのまま黙ってしまった。

「『ルク』って、何だ?」

 彼女の英語には独特の訛りがあって、初め僕は聞き取るのに苦労した。

 すると混乱する僕を見て彼女は、

「Halal」

 と言い換えた。

「あー、ハラールか」

 この時になってようやく、僕は彼女が「豚肉はダメノー・ポーク」と言っていたのだと分かった。

 ヒジャーブを被っていなかったので気づかなかったが、彼女はイスラム教徒だったのだ。

「Okay, wait a moment.(オーケー、ちょっと待ってね)」

 僕は彼女が買おうとしていた商品を手に取って、代わりに漢字を読んであげた。

「No pork. Don’t worry.(豚肉はない。心配するな)」

 僕がブロークンな英語でそう言うと、彼女は微笑んだ。

「Thank you!(ありがとう)」

「You’re welcome.(どういたしまして)」

 どうも、とお辞儀をする僕を見て彼女は再び笑った。表情筋の動かし方からして日本人とはまるで違う彼女――それでも彼女の素朴な笑顔は妙な魅力を持っていた。


 思えば、ろくに英語もできないのによく話しかけようと思ったものだ。

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Girl from Somewhere 中原恵一 @nakaharakch2

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