第3話「秘めたる想い」

 昨今の潮海の経済状況は酷く落ち込んでいる。古くから漁業で成り立ってきたこの町であるが、最近は漁獲量の減少や競合の産品の勢いに押されて一辺倒のやり口では厳しくなってきたのだ。


 私が現在住まわせてもらっている、航平君の実家であるこの大衆酒場でもその気風は感じられる。

 階下のスペースでよく酒盛りをする漁師衆が頻りに愚痴っていたのを思い出す。思うように魚が取れないことや、町の役員共が使い物にならないこと。ひいては自分たちが先頭に立ってこの街を盛り上げてやるしかないということも。


 航平君が言っていた遠洋漁業というのもその一環だろう。遠くの海に出なくてはいけないため、中々踏ん切りがつかない様子を見せていたのだが。まさか彼までもそこに参加しようとしているとは。


「……私の気も知らないで」


 頭に浮かぶのは夕方の件。何の備えもなしにぶつけられたその言葉は私は酷く動揺させた。

 それがあまりの衝撃だったからか、その後のことに関しては記憶が曖昧だった。気付けば航平君と共に家に帰っていたし、気付けば航平君の両親も含めて晩ご飯を食べていたし、気付けばしっかりと入浴まで済ませ、こうして自分に宛がわれた部屋でベッドに寝転がっていた。


 それからずっと、解決の目途が立たない思考に捕らわれているというわけだ。


「少なくとも半年。私が都内に進学するとしたら、ちょうどすれ違いだなぁ」


 寝返りを打ち、枕に顔を埋める。


 これから半年以上、彼はこの町を離れることになる。私が都内に進学すれば、来年から四年はこの街を離れることになる。

 乱暴に言ってしまえば、航平君とこうして過ごせるのは残すところひと月になってしまったのだ。


 もちろん永遠の別れというわけではないが。だが少なくとも今に比べて会う機会というのは激減するだろう。


 会えなくなる日々が続くとどうなるか。

 時間による隔絶はとても残酷だ。溺れてしまうほどの深い悲しみを癒し、身を焦がすような熱情すらも乾かす。


 そんなひたすらに寂しい経験を、私は知っていた。


「私の初恋も、同じように消えてしまうのかな」


 無意識に出た言葉。その意味を今更に脳が理解し、沈んでいた私の心は急に熱を帯びた。


「いやいや、何を言ってるの! 別に好きとかじゃないし! ただちょっと寂しいなと思っただけだし、うん!」


 跳ねるように起き上がり、埋めていた枕を腕に抱きながら、誰に向けてかも分からない言い訳を早口で並び立てる。


 その甲斐あって幾らか気分は高揚したが、その行為も直に無駄なものに変わるのだと気付く。


 こうしている間にも時間は過ぎ行く。急なことではあるが、決断を強いられているのだ。


 即ち、私が抱えるこの想いの始末について。


 抱えたまま腐るのを待つのか。然るべき相手にぶつけるのか。


「とりあえず、航平君にさっきの事を謝らないと」


 千里の道も一歩から。夕べは私の態度で航平君たちに心配をかけてしまったかもしれない。

 まずは先の態度について謝罪しようと、彼がいるであろう階下へと向かった。

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