非リアのクリスマス

石動 朔

リア充にピッザを送るサンタクロース

 午後八時、駅前のイタリアンチェーン店で配達物を待つ俺は、邪魔にならないような暖房の当たる所にブルブルと震えながら居座っている。先ほどまで前に並んでいた同業者はすでに荷物を受け取り、この月冴ゆる空の下、白煙をふかしたバイクで颯爽と去っていってしまった。

 駅ビルと言えど、都心から私鉄で何駅が行かなければならない町にある、五階建てであまり華やかではないビルに来る客は珍しく、レストランにわざわざ赴いて食事をしている客はほとんどいなかった。待っていて数分経った俺が印象に残っているのは、冷めていてまずいと店員に文句を言っているおっさんと、子供が一ツ目の配膳ロボットにビビって泣いていたことぐらいであった。若いカップルは当然のようにおらず、目につく男女の二人組はソファア席に隣り合ってティラミスを分け合って食べている老夫婦だけだった。

 ブワッと風が入ってきて、俺の背中を下から上になぞるように巻き上げる。

 何故かわからないが、非常階段のドアを開けているこの階はその目の前にあるドアの開け閉めに一苦労しなければならなかった。駅前のロータリーで体を震わせながら待っている俺にとって注文を受けるということは救いを意味するものであると共に、周りにいた同類の人間を敵に回すものでもあった。その裏切りの報いかのようにこの店のドアは重く、体中がかじかんでいた俺はまさに試練の扉と化していた。



 一人の配達員が足早に店の中に入ってく。彼もまた、先ほどのロータリーにいた人の中の一人だろう。


「いやぁ、今年のクリスマスも寒いですね~」

 バックを下ろしながら店員に話しかける。

「そうですね、ご注文の番号をお願いします。」

 彼の投げかけを軽く一蹴し、代わりに配達員に向ける定型文を投げ返す。

「あーえっと~」

 と彼はスマホを取り出して確認しようとするが、手袋のせいで画面が反応せず、余計テンパっていた。

 こいつ、〇ber初心者なのか?と俺は思う。このクリスマスシーズンにこんなバイトする人たちはこの手の猛者しかいないと思ったが、こういう人もいるよなと、妙に腑に落ちてしまった。

 ある程度の手続きを終え、俺の後ろに立っている彼はスマホを少しいじっては俺の方を向いたりと、そんなことを繰り返している。バレてないだろうと思っているのか。向かいの鏡でバレバレだが、他人と話すのは面倒くさいので知らないフリをする。


「あの」

 やはり来たか。

「ひょっとして、、あなたもそうなんですか?」

 俺はその問いの真意に一瞬困惑するが、なんとなく言いたいことは伝わっていた。


 つまり、あなたも非リアなのか。という問いである。

 このシーズン、若者たちのカップルは都会に出てイルミネーションを見ながらその雰囲気を存分に分かち合い、少し背伸びしたディナーを不慣れながらも楽しんで、次にする選択肢がなくなってきたその後は、、まぁ色々とするのだろう。

 なのにそんなことをしないで一人、世の中に必要不可欠だがどうにも日の目を見ないような配達業をクリスマスの夜でさえしている人達はまさしく同類、つまり非リアであるという結論に至ったのだろう。


「クリスマスまでには彼女作ろうと思ってたんですよ。でも何もせず、ただずるずると過ごしていた俺には当然のごとく無理なことだったどころか、唯一女から来たメールは友達のIDを教えてほしいっていうものでした。」

 少し上を向きながら眼鏡を白く曇らせた彼に、さすがに俺も同情せざる負えなかった。

「あなたもこんな日にまで配達なんてお疲れ様ですよ、せめてもの救いであるチェーン店で暖房に当たっている行為も結局体の芯までは暖まらない。やはりすべてを暖めてくれるのは酒と女しかないんですよ。」

「そ、そうですね。酒、いいですよね。まぁ俺らは今飲めないですけど。」

 相手にしたくない人だな、、と思い、適当に返す。しかしこれがさらに面倒くさい方向に行ってしまった。

「だよな、女がいなけりゃ酒しかあたるとこねぇよな!」

 あ、まずいな。どうしようと俺は焦る。彼の押してはいけないスイッチを入れてしまったようだ。

「僕んとこの注文はピッザ二枚ですよ、二枚。どうせ男女混ざった大学のサークルがパーティとかやるんですよ。あ、どこのサークルかはわかりますよね?それでいざ配達したところで奴らは食いますかね?俺らがこの極寒の地で生死を彷徨う中、やっとのことで送ったピッザを食べないとか、まじやってらんないっすよねぇ!」

「は、はは、そうですね。俺が注文されたのはパスタですけどね~。」

 頭の中には『店よ、早く持ってきてくれ』という気持ちでいっぱいだった。俺はこれから彼が言うことを聞く前に立ち去りたいのだ。どんなに寒くても良い。俺にとってこの場がさらに凍ってしまう、そのことだけを避けたかったのだ。

 俺は先ほどとは違う意味でブルブルと震えている体に腕を丸め、覚悟を決める。何故、この先の言葉を聞きたくないのか、それは、、、


「どうです?今日も配達終わった後どっかで呑みましょうよ。ここらの酒場なんか空きに空きまくってますよ!そこでお互いこの時期の不満を語り合いましょ!!!」




 仕事が終わった俺が帰るアパートの部屋には、鍋パの準備をしている彼女がいるからだ。


 チリンと音がして中から入ってくる風は、先ほどよりも一層冷たく感じた。




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