飲み会を開けば高橋くんに会える
高橋はもう仕事に慣れただろうか。カウンターの中で、同じブランケットを何度も何度もコロコロしながら麻衣はぼんやりと考える。麻衣は勝手に日に日に憔悴していた。なにか困ってはいないだろうか。バイトを始めた頃の自分のように、わからないことをわからないと言えずにそのまま強行しようとして、ベテランの主婦にこっぴどく叱られたりしていないだろうか。ひたすら高橋が心配だった。一時間に一回のレジ点検や、持ち回りのシャワー室掃除を、何度もすっぽかしたのもきっとそのせいだ。いっそ誰かに様子を聞いてみたかったが、余計な動きをして高橋が好きだということを気取られたくなかった。ここの職場はパートも大学生もフリーターもみんな時間を持て余していて、いつも誰が誰を好きだとか嫌いだとかいう噂をしたがっていた。飢えたハイエナどもの暇つぶしの餌食になりたくない。
「清掃終わりました」
川野が颯爽とカウンターに戻ってくる。細くて艶やかな髪から仄かに香る石鹸の香り。既にレジやドリンクバー補充などの仕事もめきめきと覚えている川野だったが、率先して自分からブース清掃に行ってくれる。この春、看護大学の二年生になるらしい。麻衣が服を好きだというと、今大学生の間で流行っているというプチプラの通販サイトを教えてくれた。
すっかり吸着力のなくなったコロコロのシートをはがしながら、麻衣は鼻唄を歌っていた。川野さんおしゃれだし仕事もできるしいい子すぎ。麻衣は最近全員のシフトをくまなくチェックしていたので、川野のシフトがたまに高橋と被っているのも知っていた。川野に探りを入れてみるか。こんないい子は、きっとくだらない陰口大会に参加したりしないだろう。
「高橋くんって夜勤の子いるけど、一緒になったりするぅー?」
再びブランケットをコロコロしながら、あまりにも暇なので、という風を装って聞いてみた。
「ああ、あの人、結構かっこいいですよね!」
見透かされ核心をつかれた気がして、とっさに返す言葉が思いつかない。フリーズする麻衣をよそに、川野はレジに鍵をさしてボタンを手早く操作する。もうレジ点検ができるのか。
「なんか、色々覚えるの大変らしくて。佐々木さん、シフト一緒になったら仕事教えてあげてください」
そうなんだ。
「ここ、飲み会とかないから、夜勤の人のことあまりわからないですよね」
点検用のレシートにポケットから取り出した判を押して、川野は事務所へと入っていった。そうか。飲み会を開けば高橋くんに会える。飲み会を開けば高橋くんに会えるんだ。麻衣は突如閃いた名案で頭がいっぱいになっていた。入店処理待ちのカップルが、一点を凝視して微動だにしない麻衣を訝しげに見ている。
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