川野さんと服の話がしてみたいかも

 スマホのアラームが鳴り、麻衣は目を覚ました。ベッドから飛び出し、真っ先に姿見の前で、昨日かき揚げに買ってもらった―と言えるのかはわからないが―ワンピースに袖を通す。やっぱ似合う。そのまま着て出勤してもいいが、しかし、今日は高橋と時間が被っていない。手帳にボールペンで丸バツを書き込んでチェックしていたから間違いない。麻衣はワンピースをそっと脱いで丁寧に折り畳むと、いつもの出勤コーデをベッドサイドの服の山から探した。


 事務所に掲示されているシフト表を見て愕然とした。紙が新しくなっており、全ての高橋の時間帯が麻衣と絶妙にずらされていたのだ。パイプ椅子に店長のタバコ臭い上着がかかっていた。ということは店長は夜勤明けで、次の勤務のために何処かのブースをとって仮眠しているはず。どういうことだ、と今すぐ詰め寄りたかったが、決定的な答えを聞いて致命傷を負いたくない気もする。麻衣は一旦冷静になろうとカーテンをひいた。ロッカーの蝶番が固くて開けにくい。高橋くんが私を避けているのだろうか。膨らんでいく疑念を打ち消したくて、麻衣はロッカーを蹴り上げた。どん。


「キャッ!」


 凹んだロッカーが鳴いたのかと思った。カーテンの隙間から覗いておそるおそる確認すると、いつの間にか部屋に見知らぬ女が侵入していた。眉根を寄せて大げさに心配そうに話しかけてくる。


「大丈夫ですか? どこか打ったんじゃ……」


「誰?」


「お着換え中すみませんっ、今日から働かせていただく川野です」


 なんだ、また新人か。主婦か大学生か。それともフリーターか。小さめの身長で、オーバーサイズのコートをこなれた感じで着こなしている。自然な笑顔を作ってはきはきと話す様子はいかにも仕事ができそうで、すごく年上にも見える。だが、こういう場合は最初から相手が年下だと思って接しておく方が、後々のダメージが少ないことを麻衣は学習していた。喋り方を仕事モードに切り替える。


「店長がすぐ戻ってくると思うのでお待ちくださいー」


 再びカーテンを閉めた麻衣の頭は、川野のオーバーサイズコートでいっぱいになっていた。背が低くて着こなしが難しそうだけど、色形がとても似合っているから頑張っている感がないように見える。自分を知り尽くしているチョイス。きっとぴったりのものを見つけるまで何着も試着したんだろう。きっと服が好きなんだろう。どこで買ったのかな。川野さんと服の話がしてみたいかも。一緒に買い物に行ったりしてみたいかも。放っておくとどんどん妄想が膨らむ悪い癖に気が付き、慌てて制服のエプロンをして、努めて無表情にカーテンを開けた。川野の姿は既になかった。キッチンから広田と既に打ち解けているような軽やかな笑い声が聞こえてくる。

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