婚活市場で高望みできる立場ではない
婚活コーデを脱ぎ捨てて、高校の真っ青なジャージに着替える。引きこもり期間の十年ずっと着ていたジャージは糸がところどころほつれて傷んでいるけれど、肩にかかるずっしりとした重さが気に入っているので買い替えるつもりはなかった。リビングのこたつでまずはツイッターを開く。美容についてあれやこれや話している女の子のアカウント、通称「美容垢」を巡回するのがルーティーンになっている。過度な整形や極端なダイエットに走る子たちを怖いもの見たさで回ることもあったが、主な目的は情報収集だ。美容垢たちが話題にしている最新のトレンドや格安通販サイトで買ってみたお試しレポを把握し、写真があれば画像収集サイトに登録しておいて、次回の買い物や今後のコーデに活かす。続いていつも見ているお気に入りのブランドの通販サイトを巡回する。買い物かごには既に大量に商品が入っているが、今月は給料を使ってしまったので今すぐ買うことはできない。かごの中の服を吟味して消去したり新しく入れたりして、ひととき儚いエアショッピングを楽しむだけだ。そしていよいよ本題のマッチングアプリのチェック。下心を隠すための配慮を感じる洗練されたデザインのアイコンをタップしてアプリを起動する。最初の画面で、本日のオススメとしてAIが抽出した男性の写真を、人差し指でアリかナシかにより分けていく。ポロシャツ。上品じゃん。アリ。ローゲージのケーブルニット。なんかチャラそう。ナシ。アニメTシャツ。TPOをわきまえてない。ナシ。終わったら次はメッセージのチェック。「F」「かき揚げ」「K.S」から返信が来ていたから、上から順番に当たり障りないこと返しておく。言葉の内容はたいして重要じゃない。なるべくラリーを続けて実際に会うというフェーズまで持っていくのがコツ。などと婚活アドバイザーがツイッターで言っていたのを、麻衣は思い出した。
かき揚げ:「よかったら土曜にお茶でもしませんか?」
きたきたきた。おっけーです。と打ちかけて、さすがにさっぱりしすぎかなと思って消してやりなおし。
m:「わぁい嬉しいです! ぜひぜひ!」
送信ボタンをタップしたその指でかき揚げのプロフィールを再確認する。正直毎日色々な男性とやりとりしすぎて、誰がどんな人かわからなくなっている。三十八歳、システムエンジニア、長男、眼鏡、一人暮らし、趣味は旅行。茶色いタートルネックと明らかに袖が短いコートが、自撮りに慣れていないぎこちなさによく似合っていた。年が離れ過ぎているような気もするが、そんなにおじさんにも見えないしまぁいいか。麻衣は自分が婚活市場で高望みできる立場ではないことを薄々理解していた。
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