社会は間違った服を着ている人間を排除する

 十八歳のときだった。大学の講義に着ていくのに適切な服がわからなかった。周りは全員しれっと「若者らしい普段着」を着こなしている。学校ではファッションの授業なんてなかった。みんな同じ制服を着て同じ姿をしていたのに、いつのまにこんなことになってしまったんだ。中学生のとき母親に買ってもらったトレーナーとズボンをはいて、家庭科の課題で作った鞄を下げていた麻衣は、教室までたどり着くことができずに一目散に逃げ出した。貯めたお年玉を全部下ろして握りしめて駆け込んだ服屋で「わからない……わからない……」とさめざめ泣いた。「好きなの選んでいいんすよ」そう年も違わないだろう店員が遠巻きに慰めてくれるので、余計に惨めになる。着ていく服がわからない、というクソくだらない理由で大学を辞め、そこから二十八歳まで十年引きこもった。母親には、最初のうちは怒られたり泣かれたりしていたが、そのうち放っておかれるようになった。十年経ったらヒマになったので近所のネットカフェでバイトを始めた。バイト代が手に入ったのでもう一度服を買ってみることにした。


 十年前と違い、時代はスマホの動画やSNSで情報が溢れかえっている。まず骨格や色の勉強をした。スタイリストに金を払って相談もした。街の駅ビルに入っている服屋で片っ端から試着し、そのあとGUやしまむらといったファストファッションの店で似たものを探す。人並みの金がなく、だが時間だけはあり余っている麻衣が行き着いた方法だった。人の体形にはタイプがありそれぞれ似合う色形が決まっていること、レースや凝ったデザインを選ぶときはベーシックな色にすること、ボトムスをジーンズにすると甘いトップスはなんでも合わせやすいこと。ルールをひとつ、またひとつと覚えるたび、麻衣の服はマシになり、親戚の集まりでいろいろ言われたり、バイト先の同僚に無視されたりニヤニヤされることがなくなっていった。なんだ、こういうシステムだったのか。他人は、社会は違和感のある間違った服を着ている人間を排除する。その代わり正しい服を着ている人間には正しい反応がなされるのだ。


 ところが、別の問題が起きた。今度は未婚のフリーターであることが職場でいじられるようになった。「まぁ、そういうのは今どき人それぞれですよね」と口先では言いながら、大学生たちで「ああはなりたくない」と陰口を言っているのをたまたま聞いてしまったのだ。言われるまで自分が結婚するなど一切意識したことがなかった。麻衣は歯軋りしながら婚活を始めた。最初に、デートに相応しい服のコーディネートを調べた。人は見た目だ。どれだけ中身が良くても、見た目がみにくければ手にとって見てもらえることはない。女として良い悪いとか好き嫌いを判断してもらえるフィールドにあがることすらもできないだろう。

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