第2話

 ――三時間前。


「スタンプラリー?」

「うん。GOZゴズのね」


 江の島の玄関口、仲見世通りの狭い坂道。人込みを掻きわけ歩きながら、愛奈あいなは本日の任務を語り始めた。その手には、五人の美男子が印刷されたチラシが握られている。裏面は江の島の地図になっているようだ。


「期間限定イベントなの。五か所回ってスタンプを貰ったらね、抽選でGOZの限定グッズが貰えるんだって!」


 うっとりとチラシを眺める愛奈。彼女は幼少期から、いわゆる面食いであり、イケメンに目がない。数えきれないほどのアイドルを追いかけてきた愛奈に巻き込まれ、まさるおのずと芸能情報に詳しくなった。だが、そのGOZという五人組は、見たことも聞いたこともない。


「なあ、GOZって?」


 愛奈は弾かれたように顔を上げ、信じられないものを見るかのような眼差しで、将を非難した。


「知らないの⁉ 神奈川県民なのにっ!」

「GOZって神奈川出身なの?」


 愛奈の視線がいっそう冷たくなる。


「GOZは、今を時めく江の島のご当地アイドルだよ! 見て。皆カッコいいの」


 眼前にチラシを押し付けられた。将はやや辟易しつつ、チラシを受け取る。


 青緑色を背景に、五人の若い男性が流し目でこちらを見つめている。アイドルだけあって、皆端正な顔立ちをしているのだが、中央でポーズを取るリーダー格の男が最も目を引いた。


 切れ長の目に、小さな唇、通った鼻梁。ついでに、街ですれ違えば誰もが振り向くような、ものすごい青髪だ。あれはきっと脱色している。髪色はともかくとして、愛奈が好きなのは中性的で綺麗な顔立ちの男だから、きっと推しは彼だろう。


「こいつが好きなのか?」

水上みずかみ竜助りゅうすけ君! うんうん、さすが将、見る目があるねえ」

「いや、それほどでも」

「ああ、カッコいいなあ。竜助君はね、危なげでちょっと強引なところがあるタイプなの。ああ、攫って欲しい~」

「縁起でもないこと言うなよ。てか愛奈は優男が好きだと思ってたけど」

「竜助君は別」

「何で?」

「イケメンだから」


 その理論で言えば、どんな性悪男でも顔が良ければ良いということにならないだろうか。


「俺もよく、強引系って言われる」

「将は強引って言うか、がさつ。それに、竜助君は顔と性格のギャップが良いの。ほら、将は一致してるでしょ? だからちょっと違う」

「……おまえ、俺を貶すために今日呼んだのか」

「まさか!」

「じゃあなんで」

「それは」


 愛奈は無邪気な顔で言った。


「ほら、他の皆は受験勉強忙しそうだから。将はスポーツ推薦でしょ?」


 かくいう愛奈は意外と勉強が出来るので、県内の公立大学の指定校推薦を取っていたはず。つまり、江の島へのお誘いはデートではなく、消去法の人選で推し活の道連れにされただけらしい。


「……」

「将?」


 愛奈は相変らずきらきらとした目でこちらを見上げて来るのだが、もうちっとも可愛く見えなくなった。将はチラシを愛奈に押し付けてから、吐き捨てた。


「五人とも同じ顔に見える」

「ひ、ひどい! 全然違うのにっ」


 なぜかむしゃくしゃして、将は歩幅を広げて早足に坂を上る。小柄で脚が短い愛奈はぴいぴい文句を垂れながら、小走りで追って来た。


「待ってよ。はぐれちゃう」


 人の波に押しやられ、不安になったのだろう。二人を押し退けるように前進して来た中年男性の脇腹辺りから愛奈の腕が伸び、将のダウンジャケットの袖を掴んだ。


 確かに尋常ない人混みだ。周囲を見回せば、どの男女も手を繋ぐか腕を組むかしているのだが、将と愛奈はただの道連れである。子供の頃ならまだしも、十八歳にもなって、さすがに手など繋げない。これは、デートですらないのだし。


 将は拒絶の印に、さり気なく身体を傾ける。前を歩いていたカップルのショルダーバッグに阻まれて、愛奈の手はするりと離れた。少しだけ残念な気もしたが、そう感じてしまったことが気に障り、いっそう悶々とした気分になった。

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