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 警察沙汰になった。四宮茜は逃げた。摂津邸から発見されたいびつな人形のような存在に、駆け付けた者は皆震撼した。だが人形を解体し、間宮たちには良く分からない検査を行った結果、獣の骨と皮の中には隈なく桧原ハジメの骨を砕いたものが塗り込められていたと発覚した。


 摂津宣隆は死んだ。自死だった。ヒサシと四宮茜が大立ち回りをしているあいだに、組事務所で首を括った。


 遠藤卓也も警察による事情聴取を受けた。引きこもっていた部屋の引き出しから無数の指が出てきたのだから、無理もない。しかもすべて保存状態が大変良く、DNA鑑定はスムーズに行われた。被害者の半分以上は今も生きている、らしい。彼らの証言を引き出すことができれば、いったい誰が何のために生きている人間を捕まえ暴行を加え指を切り取るなんて真似をしたのか、明かされる日もそう遠くはない。

 市岡ヒサシと間宮最も一瞬警察に身柄を拘束されたが、市岡稟市が手配したQ県周りで仕事をしている弁護士の尽力ですぐに自由の身になった。ヒサシはバールで摂津邸の窓を割ったことを、間宮はピッキングで玄関ドアを開けたことを厳重注意された。

「完全になるっていうのは、自分が自分であると思い出すって意味だったんですね」

 いちばん初めに顔を合わせた喫茶店で、間宮、ヒサシ、小野、それにスナオは再び向き合っていた。

「新ママを止めてくれたんは……ハジメ兄さんじゃったんか」

 小野の言葉を受けて、スナオが呟く。声が少しだけ震えていた。桧原ハジメが四宮茜を止めていなかったら、間宮は彼女四宮茜の宣言通り首の骨を折られていた。彼女は単純に強い能力を持つ人間だった。

 四宮茜がその場を去った後、桧原ハジメだったモノはスナオの私室の中で崩れ落ちて二度と立ち上がらなかった。それで、事件は終わりを迎えた。


 摂津スナオはQ県を離れることになった。


「マリアママが連絡をくれたんです。ニュースで騒ぎを知ったみたいで」

「お母さんと一緒に暮らすの?」

 ヒサシが尋ねる。

「それはまだ分からんけど……でも、その、マリアママに聞くまで知らんかったんですけど、今マリアママ、晶子おばさんと一緒に暮らしてるって」

 間宮とヒサシは思わず顔を見合わせた。ひとりの男の本妻だった女性と愛人だった女性が男の側を離れて今現在を一緒に──まあ、有り得ない話ではないか。

「ハジメ兄さんの遺骨は全部あの変な人形に使われてしもうたけど、この指だけでも渡したいなって思って」

 スナオは膝の上に小さなポーチを抱えている。中には骨壷が、入っている。

「小野さんはどうされるんですか?」

 間宮が尋ねた。スナオとは違い膝の上に大きなバックパックを抱えた小野が、マスク越しにへにゃりと笑った。

「スナオちゃんに同行します」

「へー! 一緒に?」

 両手をギプスで固められ包帯でぐるぐる巻きにされたヒサシが嬉しげに声を上げる。

「もう、この町にもうんざりじゃし……」

「小野さんじゃったらマリアママも晶子おばさんも喜ぶと思うんよ ! もし、うちがマリアママたちと暮らさんことになっても、小野さんとならどこか別の場所を探すことも、できるし」

 喫茶店を出、新幹線に乗るために改札を抜ける小野美佳子と摂津スナオの姿が見えなくなるまで見送った。間宮への依頼料は後日振り込みということになった。小野美佳子に支払いを踏み倒されることは、まずないだろう。

「帰りはあんたに運転してもらうつもりだったんだけどな」

「でへへ、ごめんね〜。両手の指全部粉々にされちった」

「いいけど。それより、稟市先生はなんて言ってるの、今回の件」

 ホテルをチェックアウトし、クルマに乗り込みながら間宮は尋ねた。ヒサシは顔を傾けて、どうもね、と歯切れの悪い口調で言った。

「ふたつ起きてたわけよ、結局」

「事件が?」

「指狩り事件と死人蘇り事件と」

 アクセルを踏み込む。ここ数日ですっかり馴染んだQ県の街並みだが、当分再訪したいとは思わない。Q県内は今もまだ恐慌状態にある。事情聴取を受けていた遠藤卓也が、北都西男に命じられて、何人かの同級生と共謀して北都が厭う人間の指を切り取ったと証言したのだ。北都の父親であり現在この町の市長を勤めている男はもちろん反論している。息子は今東京で意識不明の重体だというのに罪を押し付けるなんてなんたる侮辱──というわけだ。

「北都西男は目を覚ますかな」

「稟ちゃんはそれも分からんって。そもそも中学生の時から呪いを使い始めて、呪いじゃない人力でも他人を傷付けて、それで溜まった澱みたいなものを四宮に利用されたわけじゃん。呪いの対価はただでさえ大きいのに、そこにボーナスで負の感情が降り積もっちゃねえ……命ひとつで払い切れるかどうか」

 高速道路に乗る。ヒサシが煙草をくれというので紙巻きを咥えさせ、火を点けてやる。

「しかし、四宮にあんなに狙われるスナオさんのことはちょっと心配だな」

 ヒサシが呟き、いや、大丈夫でしょ、と間宮はぽつりと応じる。

「小野さんもいるし」

「小野さんは普通の人じゃん」

「ううん。小野さんは」

 小野美佳子は、償いたいと言った。此枝花見への加害から目を逸らしていたことを。桧原ハジメが金銭を要求されていることを知っていたのに、関わらないようにしていたことを。わたしも加害者だったから、せめて桧原くんが桧原くんに戻るのを手伝いたい、そう言って摂津邸に飛び込んだのだ。

「結構強いよ」

「そうなの?」

「強い」

「俺には強いとこ見せてくれなかった」

「あんたには分からない強さがあんのよ」

 帰ってきた兄が本物ではないと即座に見抜いたスナオと、意志の強さだけで呪いを突破した小野美佳子と。きっととても良いコンビだ。あのふたりなら、これからも、きっと。

「そういえばDJナイにはどう報告するの?」

 窓の外を青い空と青い海がびゅんびゅんと飛び去って行く。ヒサシのくちびるから煙草を取り上げて灰皿に捨て、

「ま、次に会うことが会ったら雑談程度で」

「あんなに戦ったのに?」

「私は講談師じゃないからね。臨場感たっぷりになんて語れない」

 間宮は笑って、そういえば次のサービスエリアはパンとコーヒーが美味しいことで有名だったなと思い出す。寄るか。


 おしまい

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