18

 乗り込んだ摂津邸、間宮最は市岡ヒサシの援護をするために庭へと向かった。小野美佳子は間宮がピッキングで開けた正面玄関から室内に入り、ひと気のない廊下を進みながら目に付く扉ひとつひとつを開けた。どこにもいない。誰もいない。こんなに大きな家なのに。摂津家はヤクザの一族。いつも強面の若い衆や物腰は柔らかいが目付きの鋭い男性、それに東京弁を喋る男なんかがうろうろしていて、怖くて、この町で生まれ育った子どもは誰も摂津家に近付こうとはしなかった。もちろん小野も。


 桧原ハジメの父親は確かに摂津宣隆だが、ハジメは母親とふたりで町の片隅の小さなアパートで暮らしていた。ハジメの母親は繁華街の、摂津が属する関東玄國会が取り仕切るクラブで働いていて、それを悪く言う者も小野の親の世代に特に多かったと記憶している。


 理不尽。理不尽だ。桧原ハジメの水彩画が賞を取るまで、誰もそれに気付かなかった。父親と息子は違う生き物なのに。夫と妻の生き方が同じなはずないのに。そんな簡単なことに、どうして、愚かだ。


 小野には霊感はない。この世のものではないものを見ることはできない。けれどその小野にも分かるほどに禍々しい気配を放つドアの前にようやく辿り着いた。ここに立つのは二回目だ。一回目は傍らにスナオがいた。見てほしいと頼まれた。アレが本当に桧原ハジメなのか。

 ほとんど体当たりをするぐらいの勢いで押し開けたドアは、小野が思っていたよりも簡単に開いた。広い和室。その中央に置かれた座卓と座椅子。散らばる座布団。その座椅子の上に、彼は座らされていた。

 獣の骨や皮で組み立てられた肉体。どこかの死体から頭皮ごと引き剥がしてきたのであろう黒髪を頭に乗せ、ガラス玉の目で虚空を見据える──桧原ハジメ。


「桧原くん」


 遠藤の家から奪取した小瓶。その蓋を開け、骨になることも許されずに萎んで乾き切った、かつて桧原ハジメの指だったものを取り出す。


「見えんふりしてごめん。うちのこと、恨んでええけえね」


 正座の膝の上で組まれていた手を掴み、表にひっくり返し、指を握らせた。あ────と声が聞こえた、ような気がした。


 僕の、指じゃ。

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