突破



 ………………どうしてやれば良かったのだろう。


 母親との確執で距離をとる理由はないと思ってきた。たったひとりの弟で、少し弱いところはあるが心根の優しい立派な男だと認めていた。

 ユルスンのほうこそ慕ってくれていたのは確かだった。嬉しかった。だが、その想いはいつしか何かが壊れてしまっていた。

 どう接してやれば道を踏み外さずに済んだのか…………。


 兄弟ではないが同然の幼馴染がよく言っていた。気をつけろ、と。


『お前にはしとやかに猫かぶっていやがるが、なんかちょいちょい危なっかしいぜ。よく見ててやれよ』


 見ていたつもりだった。しかし軽く流していた分、もっと真剣に取り合うべきだったのかもしれない。

 戦時中も王城を任せ、守りきったユルスンにかぎって、大それた事件など起こすわけはないと信じきっていた。

 それが……何を見てきたのだろう。


 俺は本当にダメな奴だ。


 ユルスンのせいで国も自分も終わろうとしているのに、いまだに国賊の弟に情がく己に自嘲した。あながち彼が感じていた哀れみの視線は間違いではなかったのだ。自覚など、毛ほども無かったが。


 ――――ああ、でも。


 なぜか囚われてからいちばん明るい気がして頭をもたげた。外がどうなっているかは分からない。感じるのはもはや光と闇だけ。

 白い度合いが多くなり、そちらへと顔を向けた。


 ――――惜しいが俺にはもう、ユルスンを見てやれない。


 それよりも、大切な仲間たちは無事だろうか。兵は、民は、ンガワンは、――――あの赤く輝く、俺の愛しい特別は。





「――――センゲ‼‼」


 怒鳴ればわずかに頭が動いた。

「おい!死んでねえな⁉」

 ンガワンは破壊した檻の上部から中へ降り立った。一瞬、動きを止める。幼馴染の王は首と両手を一枚の板に拘束され座り込んでいた。白銀のはずの髪も健康な小麦色の肌も、血と泥と糞尿にまみれて黒ずみ、顔が判然としなかった。

「ちくしょう!」

 揺すると何かを呟いたつもりのようだったが、聞こえたのはかすれた呼気のみ。いましめも壊し、肩の下から腕を回した。

「脚に力入れろ‼」

 配下たちが檻の側面を蹴破った。センゲはふらつき、がくりと膝を折る。

「しっかりしろバカ!死にてえのか‼」

「…………ンガ、ワン…………」

「ああ、そうだぜ。遅くなっちまったがな、ここでお前に死なれちゃ困んだ」

「…………俺、の、」「あ?」

「俺の、縞瑪瑙ジー、は…………」

 言わんとすることが分かったンガワンはもう一度罵倒する。

「へっ。他人の心配してる場合かよ。とにかく今は逃げるぞ」

 馬に引き上げ支えながら群がってくる敵の包囲をかわす。


「オラァ、どけどけッ‼アニロン王のお通りだ‼」


 打ち下ろす斬撃の音、槍で突き刺した飛沫、喧噪けんそうはいまや頭が割れるくらい、男たちの血混じりの熱気が傷ついてひりつく肌に悪寒となってみる。握力の入らない手が痙攣した。戦わなければ、死ぬ。

「……剣を」

「いいからしがみついてろ、――――ッッ‼」

 背を取られた。呻きを噛み殺して速度を上げる。斬りつけてくる無数の刃にしたたかに削がれながら、突如、落雷のようなとどろき渡る吼声ほうせいを聞いた。


 たけり狂う野獣が出現したのかと思った。敵を掴みあげ文字通りちぎっては投げ、両手に持った二槍でぎ払う。人が塵芥ごみのごとく宙を舞った先に道がひらけた。


「ゆけえッ‼ンガワン‼‼」

「ジンミーチャ!」


 鎖を鳴らしながら叫んだ怪傑は馬をも持ち上げた。

ゲーポ!我らのアニロンをお頼み申す!きなされよ‼」

 アニロン兵が次々に雄叫おたけびをあげた。


「民を!」

「子供らを!」

「希望を!」


 肉弾戦の渦に飛び込み盾となり、潰走する王に全てを託す。

「ジンミッ……‼」

「キキ・ソソ・ラギャーロ!神に栄光あれ、アニロンに勝利あれ!」

 唱和の追い風に押され、前だけを向いてはしった。




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