決裂



 荒々しい足音が二人の世界を破った。なだれ込んできたのは見慣れない甲冑よろいの兵たち。

ゲーポ‼」

 外で待っていた臣下たちが次々に血潮を噴いて倒れた。

「ドーレン……‼」

 八方から剣を突きつけられる。

「異国の兵が我がアニロンに何用だ。ユルスン、この大馬鹿者。敵と癒着するとは、城砦司令ゾンプンとしてあるまじき恥ずべき行いだぞ!」

「――兄さんは、国とは何だと思います?」


 ユルスンはもう兄の叱責など聞いていなかった。立ち上がり、窓のとばりをめくり透かし窓の向こうに目を細める。しかしすぐに光を避けて向き直った。


「父祖の時代から続く度重なる戦、疲弊する民、減る人口。ヒュンノールを討滅した今、目下のところは差し迫った危機は無いと皆は言います。けれど本当にそうでしょうか。谷と湖に隔てられたこの土地は個々の色が強すぎてまとまりがない。兄さんのような圧倒的に力を持つ王がいても国内のほとんどは各首長によって支配されいまだ自治権が強く、都でうち出した国政は行き渡っておりません。こんなことでは早いうちにアニロンは瓦解する」

 まとめあげなくてはならない。縄を手に取ったユルスンは強度を確かめるように引っ張った。

「あの北の覇者ヒュンノールを撃破しても、自国を統一しないでいればそのうちどこかが破綻しアニロンは自滅します」

「アニロンの統一にドーレンの介入は全く必要ない」

「国とは民です。民とは人です。しかしアニロンには肝心の人が少なすぎる。小狗こいぬが大虎をたおしてしまったがゆえに富国強兵はますます急務になりました。ところが、兄さんは領主たちの我儘な与太話に興じて首振り人形になっているだけ、これではいつまで経ってもアニロンは弱いまま破滅します。……ですから、強い後ろ盾があれば良いと考えました」

「誰もが思いつき当然に唾棄だきするいっとうくだらない考えをお前は実行したのか。それはドーレンの属国になるということと変わりない。お前は自国民を奴隷として差し出すと言うのか‼」

「ではどうですか、今のこのまま、勝手気ままにバラバラに暮らしていたとして、以前よりもっと敵対視され警戒されているアニロンが次なる攻撃に耐えうるのですか。北の重石が除かれ巨人族の注意を刺激した。南は毎夜アニロンにくか刃向かうか議論している。世界の均衡を崩した我々はより多くの問題を抱える羽目になっているのです」

「その解決法がドーレンへ媚びを売ることだと?」

「ドーレンはこのなかくに一、人の多い国です。僕は言いました、国とは人です。国力を上げるには人をやすのが手っ取り早い。アニロンが奴隷になるわけではありません。もちろんドーレンは対価を求めますが、代わりにアニロンを豊かにしてくれるのです」

 同じだ、と吐き捨てた。「最初は耳障りの良いように何とでもつくろうだろう。しかし踏み出したが最後、俺たちは一生這い上がれない落とし穴の中だ。ドーレンはムカデやサソリのようにアニロンを毒で弱らせむさぼり尽くす。甘言に惑わされるな、待っているのは果てのない搾取さくしゅ族滅ぞくめつだぞ!ヒュンノールに虐げられた者たちの二の舞になりたいのか!」

「なりません。朝廷は僕にアニロンの統治権を委任したから」

「見返りに何を差し出した。銅、鉄、塩か、材木?むしろ、すべてか」

「それらよりもずっと価値があります」

 はっ、としてドーレン兵を睨んだ。

「俺の首か」

「いいえ、皇上ファンシャンは西の白い獅子を『飼ってみたい』とおおせです」


 膝裏を蹴りつけられ、倒れ伏した背に数人の足が乗る。近づいてきたユルスンはすぐ前で屈んだ。

「僕のセンゲ兄さん。離れ離れになるのは悲しい。僕が兄さんの替わりなんてとてもできそうにない。けれど堂々とあなたの前に立てるよう必ずアニロンを強くしてみせますから。巨人も南人も荒野の人ドクパも蹴散らして、最後の総仕上げにセンゲ兄さんをお迎えにあがります。アニロン帝国の正当なる帝王として」

 そうすれば今度こそずっと一緒にいられます。晴れやかに笑った弟に同じものを返せるわけがない。

「お前は間違っている。民は力で押さえつけてはならず、力で包んでやるものだ。それを分からない王は王になるべきじゃない」

「僕は綺麗事を言う兄さんさえ愛おしいので反論はしません」

 ユルスンは手を叩いた。合図にこたえドーレン兵らは腕や首を乱暴に掴んでくる。抵抗するも引きずられつつ叫んだ。

「綺麗事じゃない!民を守り愛するのが為政者の務めだろう!」

 いくら名を呼び訴えても、弟はそれ以上目を合わせなかった。




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