光明
明日は早く起こすからね、とチティに言われ、パティにまだ眠くもないのに灯火を消された。昼に寝てしまったツケが来たか、とごろごろと広い寝床をあちらこちらへ転がり、ようやくうとうとと寝入りかけた時分、妙な浅夢が訪れた。
「…………?」
自分を自分で見ている。布団を蹴りあげたままの乱れた格好で寝息を立てている。わずかに持ち上がった
びっくりして叫んだつもりだったが声は聞こえず、靄はするすると頬をつたい、首に降りて腕に巻きつき腕輪へ辿り着いた。さらに雲のように固まり、やがてぼんやりとかすれ、跡形もなく消えていった。
一部始終を見届け、周囲を見回す。窓から差し込む月光が青白く部屋を包む。さっ、と影が横切り何かがひらりと舞い落ちる。
「あっ……‼」
夢は消失した。
飛び起き寝床から降りて立ち上がり、しばらくうろうろと歩き回る。こんな部屋だったのか。黒と白の陰影、
歓喜と興奮で叫び出したいのを必死でこらえ、そして握りしめた手の中にある羽を感動して抱いた。
「――――ラクパシンパ」
囁きに――ひょこ、と窓から覗いたオオタカの頭。
「ラクパシンパ‼」
くるる、とわずかに鳴き、光る目をぱちぱちと瞬かせる。羽を畳んでぐりぐりと前進してきた。ラクパシンパでも通るのにぎりぎりの大きさだ。受け止めようと腕を構えたが利口なタカはすぽん、と抜けると器用に壁に掴まり、難なく着地した。
「おまえ無事だったのか……‼」
駆け寄って再会の喜びに抱擁しようとしたが迷惑そうに避けられる。とはいえ指を甘噛みしてきた。
「もしかして、わたしがここに来てからずっといたのか?」
分からない。鳥のラクパシンパは犬のセルラーパほど感情が読めない。それでも会いに来てくれたということは味方だ。
「頼みがある。おまえを貸して。
とっとっ、と
「……そうか!」
急いで外し、仕方あるまいとでも言いそうに差し出してきた片方へ結びつける。頭を撫でた。
「ごめん……ありがとう」
再び窓から出し、床に座って大きく深呼吸した。
「……できる。大丈夫」
やるしか、ない。
するりと『溶けた』。次には青い星月夜を滑空していた。片眼で行先を見定める。
(なるべく速く、遠く)
獣に入れる時間は短い。急がなければ。大きく羽ばたいた。深夜ではあるがタカは鳥目にはならないから眼下は冴え渡ってよく見えた。ンガワンたちは当然ながらいない。そしてセンゲもまた。
丘を数個越え、林を突っ切ってひたすら東へ向かう。ラクパシンパも体調が万全ではないと分かった。羽はささくれて飛びにくく、神経が尖っていて疲れている。消耗を感じつつもうひと山を下りきったとき、夜明けを迎えた。
朝陽を臨み、平野を見渡す。他の鳥たちが起き出してすれ違う。険しい斜面に立っているのは岩羊、人ではない。
やはり追いつくのは無理だ、分かっていたけれど。感覚が鈍くなってきたから限界が近いようだ。と、目の端に黒い塊がよぎり、慌てて旋回した。
(なんだ、あれ……)
小山が連なる森の中を何かが並んで西へと進んでいる。人だと分かり、自分がいま鳥であることも忘れて木陰に隠れた。
見慣れない軍隊だった。珍しい編み方の
(アニロンの兵士じゃない……)
いったいどこの。考えて、……悟った。チティはセンゲを『送った』と言った。あのときは訊けずじまいだったが、東へひたすら、まっすぐ……東。
(ドーレン!ユルスンはドーレンと手を組んでるのか‼)
ではンガワンたちが追っているのはアニロンの反乱軍ではない。だとしたら、どれほど数がいるかも分からない。
しかも目の前の軍はアニロンのもっと中へ向かっている。応援にちがいない。ユルスンとメフタスは彼らで王都にいる国軍の残党を狩り尽くすつもりなのだろうか。
(ンガワンに知らせないと!)
飛び立とうとして
(うう、もうちょっと……!)
願いは通らず、問答無用で引き
(ラクパシンパ!おまえはンガワンのところへ行って!わたしはなんとかあいつらから逃げて、すぐ追いつくから!)
何も伝えられはしないが、札を見ればとにかく無事だと分かるはずだ。戻る道に吸い込まれながら腹を括った。そうだ。逃げる。絶対逃げてやる。
思い通りになんか、なってやるものか。
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