応酬



 ひどいですね、と言ったのは分かった。腕を後ろ手に縛られくつわめられた小さな少女はンガワンを背越しに非難した。

「黙ってろ」

 さらに何事かを言う。

「舌を噛み切られちゃ困んだよ」

 しない、という意思か首を振った。

「てめえがチビを殺すっつったからこうなってんだろうが」

「うう、んー」

「だいたいチビの力でてめえの首が締められるわけねえんだよバーカ」


 ツェタル――もといユルスンは肩を竦めて分かっていますよ、というふうに溜息をついた。こましゃくれた態度が外面と相まってさらにンガワンを逆撫でする。

「いいか、少しでも変なことしようとしたら気絶させるからな」

 轡を取る。ユルスンは軽く咳をし「乱暴なひとだ」と溜まった唾を吐いた。

「それで、あなたたちはセンゲ兄さんの居場所が分かっていると?」

「ああ」

「ふぅん……」

 何かを考えて唸った。


「……お前、なんで裏切った」

 今のところ敵影は無い。快調に馬を進めながら何度目かの質問をした。「なんででしょうね」ユルスンも同じく答えようとしない。

「いい加減にしやがれ。ガキの遊びじゃねえんだぞ!」

「では逆に訊きますが、ンガワン兄さんはなぜセンゲ兄さんに従うのですか?」

 虚を突かれ、旋毛つむじを見下ろす。

「センゲ兄さんが王太子で昔から世話を焼いた幼馴染だから?でもあの方は、今でこそ頑強で風邪ひとつひきませんけれど昔は三日に一回は熱で倒れていたほど病弱で、とてもではないが王にはなれないとみなされていました。あなたはそう思いませんでした?」

「昔がどうだろうと今ではこのアニロンの王だ」

「それはただ父上が身罷みまかられたからです。あの方は自分が王になってやる、なんてついぞ言わないまま、皆にし上げられるまま即位したのです」

「センゲは王太子だったんだから当たり前だろ。それにそうじゃなくても百人中百人は王にふさわしいと言うぜ」

「そう思わない者がいたからこそこんな状態になっているのですけれど?」

「じゃあお前は自分が王にふさわしいってか?」

「そういうわけではありません。ただ…………」

 口をつぐんだユルスンにンガワンは怒りを通り越して脱力した。

「お前さ、何が不満だったんだよ。あったとして、ちゃんと言ったか?あいつは聞く耳持たねえような頭でっかちでもないだろ。お前を城砦司令ゾンプンに任命したのもお前が強請ねだったからだ。センゲは弟にいつでも優しいじゃねえか」

「そのいつでも与えてくださる優しさが、僕にとって必ずしもそうだったわけじゃない……!」

 初めて傷ついたように声を荒らげ、すぐ我に返り、落ち着くために震える息を吐き出した。

「…………とにかく、もう戻れません。後悔だってありません。センゲ兄さんを助けに行きたいならそうすればいい。けれど代わりにこの子はもらいます」

「死んだって構わねえと言ってたくせに」

「もちろん生きているほうがいいに決まっています」

「けっ。こいつを操り人形にできると思ってんのか」

「できますよ。だってこの子は人一倍死に敏感で生に貪欲ですもの。なんとしても生き延びようとする。それに、呪われているんです。自らの力によって」

 ンガワンは否定できなかった。

「善悪を知るより先に殺戮さつりく隷従れいじゅうを調教されてきた。あの猛悪な北の覇者の足の下で。見た目は無垢な子どもですが、本質は兵器です。もうその運命さだめから逃れるなんて無理ですよ。本人もいまさら眼の力を使わずに生きるなんてできないでしょう?現に、こうしてを通すためにいとも簡単に他者を好き勝手する、そのことに全くためらいがない。だからいっそのこともっと役に立ってもらおうというわけです」

 あなただって、と振り向いた。「この子を気に入ったセンゲ兄さんの手前、強く出ずにいましたけれど、脅威に感じていたでしょう?アニロンを掻き乱す良くないものだと思っているでしょう?」

「……まあな」「なら」

「だがこいつは〝センゲ特別ツェタル〟なんだよ。つーことはアニロンのツェタルでもある。ツェタルに害をなす奴は誰も許されねえ」

 ユルスンは片耳にぶらさがる札にめた一瞥を投げた。

「……バカみたいです。〝人の放生ツェタル〟なんて。人は生きている限り解放なんて無い。だって、生きることそのものが魂の束縛ですもの」

「まあそれには同意見だ。だが、そうしたことでこいつは人並みに穏和おとなしくなってた。やっとふつうのガキと同じように生きはじめた。それをまためちゃくちゃにしたのはお前らだ。責任、取れよな」

 ンガワンのなじりにユルスンは目を閉じ、無言のまま深い嘆息を聞かせるだけだった。




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