看破



 いつの間にか微睡まどろんでいた。入口のとばりをめくる軽い音で覚醒した。

「ユルスン!具合どう?」「どう?」

 来たか、とひそかに息を吸い込む。「だいぶんいいよ」

 よかった、とチティが言い、パティが遠くでことり、ことり、となにかを置く音がした。

「そうそう!朝から何も食べてないんじゃいつまでも治らないでしょ?ユルスンのだーいすきなもの持ってきたのよ」

「だいすきなもの?」

「ほら、あれよあれ」

 分からない。眉を寄せて唸った。「ちょっといま、頭がぼうっとしてて」

 なんだか不思議なにおいがする。灯明ろうそく

 二人は寝台をきしませて登ってきた。

「ゆでたまごよ!」「たまご!」

「ほんとうに?食べたいな」

 なんだ、そんなものか。内心ほっとして起き上がろうとした。――すると、ひやりとしたものが首筋に当たった。


「――――ユルスンはたまごがだいっきらいなの。死んだって食べないわよ」


 ぞっ、と血が下がった。刃物かと錯覚する鋭利な爪が引っ掻いてきて思わず悲鳴をあげ、逃げようとした。が、動けない。仰向けになったままあえいでいればチティが体を跨いで乗りかかる。髪が垂れかかる。顔が、すぐ近くにある。

「あんた、だれ?あたしたちのユルスンをどこにやったの?」

「ユルスン、どこ!」

 ギギ、と爪がさらに食い込み、熱い水が皮膚をつたう。鈍い痛みに呻いた。

「これは、おまえらの主人の身体からだなんだぞ」

「でも中身は違うんでしょ。ならユルスンじゃないじゃない。いまここで殺したげる」

「待って!この身体が壊れれば、ユルスン自体だって死ぬんだぞ!戻れなくなって、ずっとさまよって……悪霊になるんだ、きっと!」

「………………」


 二人は黙る。やがてすっと手を引いた。ほーっと息をついたが、いまだ自由は利かない。


「……おまえらは、巫師ハワ、か?」

「あんたごときがユルスンの声を使うんじゃないわよ」

 問いに答えはなく、憎々しげに指で突かれた。「ぜったい出ていかせてやる」

「出ていかない。ゲーポを助けるまで」

 そうね、とチティはせせら笑った。「今はまだしない、逃がさない。ユルスンがあたしたちを迎えに来るまでわよ」

「え?」

「ださない!」パティが噛みついてきて呆然とし、部屋じゅうを満たすせかえる甘い匂いに頭がくらくらした。

「あんたのそれはたぶん借屍還魂たまがえしの出来損ないみたいな術でしょ。ふつうは生きてる人間にやれるようなもんじゃないわ。なら、中身はだんだん限界を迎えるはず。でも中と外が分離したくても無理なようにあたしたちが縛った。逃げるのは許さないわ。ユルスンがあんたをお仕置きするまでこのままよ、いい?」

「な……おまえら、何者」

「あたしたちはリシ。気脈を読み風穴ふうけつを利用してあたしたちの愛するユルスンを助け、彼の敵を殺し彼を守る剣と盾よ。アニロン人やあんたみたいに見えざる神々に当てずっぽうにすがったりしない」

 せいぜい苦しむといいわ。甲高く笑った。「自分の身体に戻りたくても戻れず迷子になるさまを眺めててあげる」

「や…やめろ」

「ユルスンで言われるとゾクゾクするわね。でもだーめ。あんただってこれまでそうやってたくさん殺してきたんでしょ。おイタはここまでよ、小さな魔女さん」




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