互譲



 付いてきたセルラーパを従えて馬を駆り、家からほど近い林の中へ入った。古びた井戸から水を取り、ツェタルに眼を洗わせた。

「この水、なに?」

「水神っつってもいろいろいてな。ここはラマナの守護神じゃなく龍神の縄張りのひとつだ。城の裏にある神泉ラチュミと繋がる地下水で、王太子の頃、遠乗りでセンゲもよく使った」

「ふぅん。……見えるようになるかな?」

「それは分からん」

「これじゃ、ユルスンに『入れ』ても……」

「入らなくていい。無駄に刺激すればセンゲが死ぬ」

 そっか、と顔を拭った。「はやく、助けに行かないと」

「当たり前だ。だがお前はここにいろ。まさかそんなんで付いてくるとか言わねえだろうな?」

「でも行かないとゲーポが」

「バカか。自分から生贄になろうってのか」

 だって、とむせび泣いた。「わたしが行けばゲーポは助かるんだろ⁉ならいいよ。見えなくなったことは黙っておいて、まだわたしが使えると思わせとけばあっちも油断する。それに、ラ、ラマナといたくない……」

「…………何を見た」

「黒い、どろどろのきたない何かが、ぐんぐんこっちへきて全部飲み込む。なのにゲーポはそっちに向かってどんどん行っちゃう。だめなのに」

 思い出すと呼吸の仕方が分からなくなる。

「あれが来たら、アニロンはめちゃくちゃになっちゃうんだ、きっと」

 絶望が迫ってくる。次から次へと溢れる涙を受け止めきれないまま、ンガワンがいるであろうほうを向いた。

「ゲーポを助けて……おねがい」

「言われなくてもそうする」

 再びひょいと抱え上げ馬に乗せた。「本当にセンゲの居場所が分かるんだな?見えなくても?」

「わかる」

「……なら、しょうがねえ。案内はさせるが、危険になったらすぐ戻す」

「わかった」

「すぐ兵を集める。それまではラマナの家だ」

「それはイヤ」

 あいつは、とツェタルの後ろにまたがり馬を進めた。「お前に悪気があってしてるんじゃねえ。それがタチが悪いっつってんだけどな。生まれた時から人じゃねえものを見て声を聞いてるとああなるんだ。だから、その……すまなかった。後の面倒は俺がみる」

 初めて聞いた殊勝な言葉にけ反った。

「ほんとうにンガワン?」

「落とすぞコラ」

「本物だ」

 ツェタルはなんだか可笑おかしくなり、じゃあさ、と見えない眼を回した。

「剣や弓を教えて。力が使えないなら、今のわたしはただの弱っちい下女だろ?それは我慢できないから、稽古をつけてよ」

盲人めしいを教えたことはねえが、詫びだ。いくらでもしごいてやる」

「見えないからごはんの用意もできない。くそ拾いも無理だ」

「泣いたかと思えばすぐ調子に乗りやがって」

 ンガワンはいつものように毒づいたが、態度に反して今までで一番丁寧な仕草でツェタルを支えた。




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