八章

簒奪



 将軍ヤソー、と押し殺した囁きに頷いた。

「城の中の味方と連絡を取るのは難しいかと」

「だろうな。首長ゴパ城砦司令ゾンプンで確実に俺たち側とみなせる奴に協力を要請するしかねえ」

「すぐに馬を走らせます」

「くれぐれも気をつけろ」

 影が散るのを見送り、ンガワンは頭の中で指を折った。正月に会った地方の領主たちや彼らの兵数を思い出し、今後の算段を組み立てながら遠目に城門を窺おうと路地を横切った。


 ドン、ドン、と地鳴りのような太鼓の音が響いた。

 何事かと集まる人々、兵らに守られた壇上にうなだれた白い服の大祭主シェンラプが複数の男たちに囲まれて登場した。ンガワンは目を細める。――足に鎖。


「我らがゲーポくやしむべきことに不慮の事故で身罷みまかられた!」

 開口一番叫んだのは裏切り者メフタス。ざわめく群衆に呼びかけた。

「ヒュンノールを打ち破った勇敢なる戦神ダラはもういない!皆の嘆きは深かろう。しかし、アニロンは立ち止まっている場合ではない。苦難の時こそ皆で力を合わせ前に進むのだ!シェンラプ、民に御霊神クラの御言葉を」

 膝を落としたシェンラプは一度顔を覆い、それから両手を天に持ち上げた。

「全ては神々の大いなる導きのもとにされしこと、水が涸れ地が荒れようと我々は信じて進むべきです。――しかし、偽りの舌でもって神託をかたれば罰がくだります!哀れな仔羊こひつじたちよ、仲間の皮を被ったおおかみを受け入れてはなりません!彼らは――――」

 白い男は引き摺られて姿を消し、メフタスは次に鳥籠を持ってこさせた。鉄の檻に詰め込まれたオオタカは暴れたが掴み出され、ささくれて傷んだ羽でよめきながらなんとか逃げ去る。


 その鉤爪かぎづめから取り上げたものをメフタスは掲げた。

 ひとつの白いふさだった。編みこみは断ち切れほどけかかっている。


「センゲ・オーカル様は崩御され、すぐに葬儀が執り行われる。しかし皆の悲しみはすぐに癒されよう。幸運なことに我々は新たなき羊飼いを迎える喜びにあずかるのだ!」

 ンガワンは瞬きを忘れてメフタスの言葉を聴いていた。

「名はクンナク・トトリ・ユルスン様!新生アニロンの御柱みはしらとなる、神に選ばれた正しきゲーポだ!」






 灯明とうみょうの少ない暗い部屋で、楽しそうな女の声が鈴を転がすように歌う。



 咆哮ほうこうしずまり悪人凋落ちょうらくす。


 国父たる主おいでましまして、靴の先をつまずかせし鳥のむくろと兎の骸は風に消ゆ。


 転がるしかばねついぞ見当たらず、牧地まさに清澄復古せいちょうふっこす。


 地父、いま火炉を下に据え、銅鉱石をいただく。

 二本足で立てるもの、えるたてがみあるものの養い主となれり。



サンより青石がいい」

 別の声が小さく言った。

「あたしは金剛パラム真珠ムティがいいな」

 向かい合う二人の女は椅子の肘掛けに座り、中心で腰を下ろした主にしなだれかかって腕を絡めた。

「あたしたち、わがまま?」

「……いいや、あげるよ。好きなものを好きなだけ。セルグュ翡翠ツーも、チティとパティが望むならいくらでも」

 上の空で答えた青年はぼんやりと闇を見つめた。

 チティが笑う。

「そうよねえ、ユルスンが欲しいのはこのなかにないもの」

「ないもの」パティが眠たげに目を擦った。

「そうだね。でも手に入るかな」

 チティとパティは人差し指であるじの胸を押した。

「あんたはなんでも手に入れてきた」

「いれてきた」

「だからきっと向こうからやってくる」

「くる」

 わずかに射し込む光を見上げ、いとわしげに顔を背けた。

「ああ……今か今かと待っているよ。待ちきれないよ」

「だいじょうぶ。すぐよ」

「すぐ」

「何にする?かんむり?首飾り?指環ゆびわ?」

腕環うでわ耳環みみわ鼻環はなわ?」

 そうだなぁ、と頬杖をついた。

「――――足環あしわ縞瑪瑙ジーの足環かな」

 すてき、とチティは手を打ち叩き、パティは楽しみ、と大欠伸おおあくびした。




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