霊媒
生き残って敗走に成功した配下や仲間を探すため、ンガワンは内密に王都まで戻った。彼が帰るまでツェタルはラマナの家で留守番だ。
ラマナは家をいくつか持っていた。ここはそのうちのひとつで神降ろしのための家だという。近隣の住民は
家の仕事はラマナの四人の夫たちが入れ替わり立ち替わりすべてこなしたのでツェタルは何もしなくていいと言われた。そしてラマナ自身も何もしない。荒れさせたことのない白い手を上向けて座り、朝から晩までじっと動かず祈っている。居間で、寝室で、そして今日は屋上で。屋上でそうするのは必ず
「ンガワンが言ってた、あんたは半分人じゃない、って、どうゆう意味?」
話しかけるのはいいが触れてはならないと言われたのでおとなしく少し距離を置き、髪を流した背に問う。ラマナは火の中に
「そのままの意味じゃ。体は間違いなく肉の器じゃが、中身は異なる」
「なかみ?」
「そちの亡国でも儂のように見えざるものと意思を通わす男や女はおったろう?」
「いたけど、アニロンはなんかちがう。
ラマナは向き直った。目は閉じたまま。
「そうか。なるほど。――シェンとは厳しい
「ゲーポはシェンラプの神託でゲーポになったってこと?」
「そうじゃ。一方、ハワは鍛錬なく神霊を
「あんたは?」
「
ラマナは小さな湯呑みを三つ置いた。
「これらが別々に分けられている最たる理由は犠牲の捧げ方による。シェンは神託を授かるときには羊を
「ハワは何を殺すの?」
「ハワは自らの血で
そして儂は、と真ん中のものを逆さにした。
「自らの守護神霊と
「あんたがささげる犠牲は?」
ラマナは賢いツェタルに微笑んだ。
「レウルンは贖いの血を流さぬ代わり、魂で契りを保つ」
「たましい……」
「儂から言わせれば生き血で強制的に神を呼びつけるなど下品で
「あんたはずうっと黙ってそのリンモと話してるってわけ?」
「普通ならば人が魂を神と結ぶなど不可能なのじゃ。しかし儂はなんの
「たいへんだなぁ」
「無条件で神々に愛されることはない。神が人に降りるのは対等な関係だからではないのじゃ。せめて
ラマナはようやく
「犠牲も捧げず血も流さず術を思う通りに、即座に使える。そんな霊媒を儂は知らぬ。魂を何かと繋げているようでもない。そちの父母きょうだいも同じ力が使えたならば、そなたたち一族は遥か昔に何かから何らかの恵み、あるいは呪いを受けたと考える」
つまりは、と指を立てた。「そちは間違いなく人じゃが、血も魂も中身はまるごと神か悪霊かに喰われておるのかもしれない」
「ええ?」
「犠牲を必要としないということはすでに払われておると思えば納得する。人以外に取り憑くならば返報はないと言うたな?では人を乗っ取るとどうなる?」
真っ向から訊かれてツェタルはまごついた。言っていいものか、と迷ったがラマナの静かな佇みに
「……犬や鹿の中には、見えない壁みたいなのがあって長くはいれないんだ。人には無いけど、
「乗っ取った者の体調や感覚はそちにも影響するか?」
「たぶん……少しは」
「今までどれほど長く憑依したことがある?」
「えっと……十と、三くらい……?」
「しすぎるとどうなる?」
ツェタルは言葉を探した。
「たくさんのやつに『入り』すぎると、戻ったときに眼が見えなくなるんだ。ひとりだけに入ってるときもそうなんだけど、自分の体を長く離れると、戻る……道?が分からなくなりそうになる」
憑依する過程の形容はしがたい。頭をひねりつつ説明するとラマナもまた、そうか…、と思案する顔をした。
「なんにせよやってみるしかないのう。ツェタル、やはりンガワンが帰って来ぬうちに心眼の術を行おうと思う。儂に協力してくれるかえ?」
「わたしは何をするの?」
「神を降ろした儂に入るのじゃ」
ツェタルはごくりと唾を飲み込んだ。「ラマナに……入るの?」
「出来ぬか?」「いや……たぶん、できるけど……」
破顔し立ち上がった。「良かった。ではさっそく準備しよう。そうそう、もうひとつ。そちは乗っ取りたい者を自由に選べるのか?つまりは、この全地の人間を操れるのか?」
無意識に後ろめたさを感じてセルラーパに口を
「入れるのは、知ってるやつ。わたしが、あいつか、ってわかるやつ。入りやすいやつと入りにくいやつ、バラバラだ」
「ふむ。儂には入りやすいといいのだがのう」
「入れるよ、たぶん」
ラマナは硬い表情で俯いた少女を促して屋上から降りた。
ツェタルは用心深い。これまでの学びか、もともとの本能でか、自らの弱みをあけすけには言わない。
そうか。そう。ならば、…………知っていても『入れない』者もいるのか。
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