提案



「自分でできるかえ、ツェタル」

「うん」

「湯冷めするなよ」

 言い置いて弟のもとへ戻ると炉端の火を見つめたまま頬杖をついていた。

「…………助かったぜ、ラマナ」

「やれやれ、そちはいつもいきなりじゃ」

 ラマナはンガワンの蟀谷こめかみから垂れてすでに固まっていた血を拭った。

 薬を塗られながら大欠伸おおあくびする。「知ってたくせに。じゃなきゃ湯を沸かしてねえ」

「何が来るかは分からなかった。しかし霊たちが騒がしかったからの。……城は、落ちたか」

「ジンミーチャも他も出払ってんだ。振り分けを間違えたな。……あのチビのこと、任せていいか」

「そなた、今から出て行くつもりか」

「センゲが心配だ」

 ならぬ、と傷口を押されて呻いた。

「てめぇ……」

「配下は城に残してきたのであろう?今ごろ敵の手は都じゅうに伸びておる。そち一人で東まで行って勝算があるかの?」

「とにかく無事を確かめなきゃなんねえだろうが」

「せめて朝を待て。それに儂が良い時を占う。ともかく飯を食って体を休めよ」

 手を叩くと厨房くりやから彼女の夫たちが出てきて料理の皿を並べた。ンガワンは座ったまま頭を下げ合う。

「恩に着る」

「心配無用じゃ。儂の夫君らは口が固いゆえ」

 してねえよ、と乳茶オジャあおった。「きっと敵が嗅ぎつけるほうが早い」


 ヤクの肉にかぶりついたラマナはしばらく無言で咀嚼し、その顔色を読み取ったンガワンはあごをしゃくって促した。

「…………東は良くないぞ。とても、良くない」

「センゲは?」

 分からぬ。首を振った。「正直行かせとうないのう。いやな気が満ちておって、黒雲が儂の心眼しんがんを邪魔する」

「なおさらヤバいじゃねえか」

「いくら〝王の鳥キュン〟とて羽もがれれば飛べぬ。メフタスが裏切りジンミーチャが裏切っておらぬ確証などないぞ?味方がどれほどかも分からぬ。もしゲーポがただならぬ目にうておるとして、そちに助けられるか?考えなしに突っ込めば二人とも死の国へ旅立ってしまうぞ」

「だからってこのまま息をひそめてろってのかよ」

 ラマナは腕を組みまぶたを閉じた。再び無言の間が満ちて夫たちが気まずげに見交わす。と、ツェタルが走って通りかかった。

「ツェタルや、どうした。ちゃんと服を着ろ」


 言う間に入口の垂れ幕を突き破り黒い塊が侵入した。

「‼」「ンガワン、よせ」

 剣を取ったが、それが狂喜乱舞してツェタルにのしかかり顔を舐めまくったので、ふぅ、と座り直した。

「デカ犬か。……おい、また乗り移ったんだな?これ以上へばられちゃ困るからやめろ」

「人以外ならへいきだ」

 毛の下の嬉しそうな赤い眼が細まった。

「ふぅん、面白いのう」

 セルラーパをわしゃわしゃと撫でてラマナはにんまりと笑う。

「――――ンガワン。ツェタルを共に連れてゆけ」

「なんだと?」


 ツェタルを引っ張りあげて隣に座らせ、肉を食べさせ頭を撫でる。その隙に首の石に触れようとしたがあえなく察知された。

「さわるな!」

「すまぬすまぬ。ツェタル、そちはどうじゃ?ンガワンと共に東へ行ってゲーポの安否を確かめたいじゃろ?」

「城みたいになってるのか?」

「分からぬ。じゃが、とても良くないことが起きているのもたしか。アニロン王がそちのあるじならば危機を救いたいとは思わぬか」

「おい待てよ、ガキのこいつに何が出来る」

「そちよりよほど役に立つじゃろ。なにせ神のまなざしを持つのだから」

 ツェタルは骨付き肉を抱えたままンガワンを盾に威嚇した。

「おまえもメフタスとおんなじか⁉」

「考えてみよ。ゲーポが今にも殺されそうになっておれば、助けられるのはそなたしかおらぬ。そうではないか?」

「それは……」油断したとみるやセルラーパが肉をかっぱらう。引っ張り合いながらやはりラマナを睨んだ。

「あいつは強いじゃんか。大君主デルグを殺せたくらいなんだから」

「いくら獅子と見紛みまごう英雄とて背を預けた臣に刃を向けられれば傷を負う」


 結局肉を奪われたツェタルはあぶらまみれの手で衣を握りしめ、ンガワンとラマナに迷いの視線を送った。

「ゲーポはそんなに危ないのか?」

「ラマナ。あんたの術でも分からないのにただの憶測でチビを巻き込むな」

「巻き込む?最初から事の中心におるではないか。よし、ではツェタルの眼を借りてもう一度試してみよう」

「わたしの眼?」

「そちの万物眼ばんぶつがんは天地をみそなわす。ルンに乗り蔓延はびこツェおかす。それは本来ならば、何にも阻まれることなくこの中つ国ザムリンチを治める天上神デラ・グンゲルの天眼。人の身体からだゆえに限界を越えられぬようなら、人外のたすくでもって力を引き出せるはずじゃ」

 胸に手を当てた。「我が愛しき大龍女リンモはアニロンの国土神くにつかみ。その王が苦難を強いられておるならば喜んで手を貸してくれようぞ」

「…………」

 ンガワンはいぶかしげに姉を睨んだがそちらは依然として微笑みをたたえツェタルを誘った。

「……あんたの力で、ゲーポが無事かどうかわかるってこと?」

「儂の力ではない。そちと神の力を借りる」

「危険だ」

 ンガワンはツェタルの襟首を引っ張った。

報魂師レウルンの言うことを鵜呑みにするな。ラマナは役に立つが半分は人じゃねえ。だから完全に信じちゃなんねえ」

「随分な言いようではないか弟よ。ツェタルが荒野の人ドクパさらわれたときは頭を下げて神託を授かりに来たのに」

「あんたが自分で術をやるのはいい。だが今回は違うだろ」

「ツェタルは己を知らぬ。知らねば強くはなれず、誰かを助けることも守ることも出来はせぬ。その力を持て余したままでおればいつか必ず、先にうつわが壊れるぞ」

 よく考えよ、と締めくくり、ラマナは背を向けた。




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