変節



 メフタスが何食わぬ顔で城門を出ると杖をついた老人が頭を揺らしながら近づいてきた。

「魔物のは始末できたかのう?」

「役立たずめ。ゲーポはお前の脅しなど毛ほども気に留めなかった。おかげで城内でこんな荒事をせねばならなくなったろう。取り分は三分の一だ」

 穏便にツェタルを城から追い出せていたのならもっとより早く行動に移れたというのに。

 低くなじると、何を言うか、と杖を突きつけた。

「儂のおかげでゲーポのいぬどもを引きがせたくせに」


 センゲの息のかかった他の将帥しょうすいや衛兵を減らすため、偽りの占いやでっち上げの顔相がんそうを当人たちに言いふらしたのはこの巫師ハワドゥクモだ。

 王や大臣が不在であれば必然、どうしても気は緩む。王軍の要もおらずただでさえ人の少ない城、その上さらに、不吉の凶相がある、すぐに祈り潔斎したほうが良い、と行きがけにその道の者にわめかれれば不安にならざるを得ない。そこで城の守護を担う将軍のメフタスに快く許されたのなら、彼らはともかく厄をはらわねばと一時でも職務を中断する。その隙を大いに利用した。


「馬鹿げた場所だ。生ぬるく緊張の欠片もない」


 祝祭は終わったが、年中寒く規律の厳しい異国にいたメフタスにとってはアニロンの日常とはいつもがそんなようなものだ。吐き気をもよおすほど暢気のんきでつまらない。北の大地に重石のように君臨してきたヒュンノール、それを打ち壊したアニロンはいまや諸外国にとっては無視できない歴史上に名を刻む存在となった。

 しかし、さていかほど強いものかとそれなりに期待して蓋を開けてみれば、弱冠二十二の王からしてどこかふわふわと浮つき抜けていて世間知らず。軍規はゆるく人々は良く言えば温和で柔和、悪く言えば適当で締まりがない。であるのに禁忌を異常におそれ犯罪への罰は厳格で、おまけに見えない存在との交信を重視する不可思議な風習を持つ。

 メフタスからするとアニロン人とは矛盾だらけで掴みどころのない半開人だ。なぜこんな奴らにヒュンノールが負けたのか疑問に思うほど、外から見た彼らといざ接してみた印象の落差は激しかった。


「行き当たりばったりで国は治まらぬ」


 そう、メフタスは自身で思ったよりもすぐ失望してしまったのだ。ヒュンノールに見切りを付け寝返ったものの、アニロンの気風は比べようないほど優柔不断で拍子抜けした。何ら一貫性のない方針やその場しのぎの施策に幼稚さを感じたし、個々の良心に頼りきっただけの結束など脆弱と言うにも余りある。この湖の谷は強国と呼ぶには名前負けしすぎていた。まるで経験も覚悟も足りない尻の青い新兵がたまたま幸運が重なって凶悪な怪物を殺してしまい成り上がった、たとえるならそんな状況に似ていた。

 実力が無いのにいつまでもふんぞり返れはしない。




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