六章
預言
ひと月に及ぶ新年の祝祭が終わった。正月の旗や飾りは取り外され無礼講は収まったが、街はまだ浮ついた熱気と余韻冷めやらず、城もまたそうだった。それでも、女官たちの装いは日を追うごとに華美が控えられ、衛兵たちの世話ばなしは小さくなり、日常のさやけさに戻っていった。
年初めの誘拐事件が大騒ぎになってこのかた、ツェタルにはますます好奇その他の注目が集まった。とはいえ、本人はそんなことはお構いなしにわりと自由にふるまうものだから下女仲間は慣れて眼の力のことなど忘れているようだったし、一部の衛兵はなんら恐るるに足らずとして声をかけてくるようになった。
今日もそのうちの気安い何人かが廊下を歩く彼女を茶化す。
「おチビ、靴紐はひとりで結べるようになったかい」
「あたりまえだろ」
「じゃあ服は?相変わらずイシグのお下がりか。裾を踏まねえよう気をつけろよ」
「うるさいなあ」
「それで、どこへ行く?」
ツェタルは手に持ったものを掲げてみせた。
「
「へえぇ、よく出来てるじゃないか」
「でしょ」
小さな薄い板にこれまた小さな穴を九つ空け、色帯に縫い留めた。アニロンの人々は他にも種々様々なお守りや魔除けを肌身離さず着けている。
城内を移動しながら同じような会話を繰り返していい加減飽きてきたとき、目の前をひらひらとした影が横切った。白い服に黒い帽子の
「あ、ねえちょっと。シェンラプはどこ?」
しかし男はチラリと視線を投げたまま足早に通り過ぎてしまう。
「なんだよ、無視しなくたっていいのに」
何はともあれシェンたちが行き来する区画に到着したのだ。他にいないだろうかと歩いていると願いが通じたか真正面からシェンの集団がやってきた。
「ねえ、あのさ、」
足音を立てないよう気をつけつつも男たちは皆焦って落ち着きなく、ツェタルのことなど眼中に無い。何人かは真新しい
こうなれば後を
男たちはひときわ大きな広間に入っていく。しっかりと覆われた羊皮の垂れ幕の隙間に滑り込んだ。
中は
「――――なんということ」
「シェンラプ。もう一度、もう一度だけやってみましょう」
「しかし、もう何度目ですか」
足許に広げた、ツェタルにはがらくたに見える何かについて男たちがひそやかに取り乱す。
「このようなこと、今まで一度たりともない」
シェンラプはいつも白い顔色をさらに
思うと同時に口に出ていた。
「シェンラプ!これっていつ終わる?夜までかかるなら先にわたしのをやってよ!」
ざあ、と一斉に振り返る。シェンラプは眉根を寄せた。
「誰がこの者を連れてきたのです?追い出しなさい」
「何やってんの?」
狼狽する人波をぬって覗き込む。
「占い?」
「出なさい。
「でも街の
場の空気が一瞬で凍った。
「……え、図星?」
シェンラプは額を押さえて座り込んだ。「……ええ、その通りですとも。何度仕切り直しても『カンパル』の場に『チャプル』の
「それって?」
「………………」
色の悪い唇を閉ざした。ふと、ツェタルとは目を合わせず、その首あたりに視線を投げる。
「……この者に、最後の
立ち上がって
「わたしが?」
「シェンラプ!何をなさっておいでです?」
「この者は特別な力を持つ〝
促されておずおずと周囲を見回す。雰囲気に飲まれて緊張しつつも、えいや、と敷布の上に投げた。
「チャプル」
沈黙のなかシェンラプは新たな占木をツェタルに渡した。
「ここからです」
今度はそっと下から放った。
「『ウィンクク』……ウィンククが出た」
「これっていい感じ?」
シェンラプはやはり答えず、ウィンククの卦を真ん中で割り左右に避け、さらに別のものを差し出す。転がすように投げてみた。ああ…、と嘆きが洩れる。
「やはりチャプル……」
「最後です」
どうやら良くないようだ。流れを変えようと極めつけに勢いよく叩きつけたが、すべての占いを終えてシェンラプは顔を覆った。
「なあ、いい加減教えてよ。これってどういう意味なの?」
「…………チャプルの次にウィンククが出るならば好転の
え、とグミを握りしめた。
「それって、わたしに起こる?」
「いいえ。これらはすべてこの国と支配者の行く末についてのムメンの答えです」
シェンラプは
「王のツェタルよ。あなたは自分自身で
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