過去



 ジンミーチャ隊は捕まえた荒野の人ドクパたちを連れて一足先に撤収し、ンガワンらはツェタルの体調を考慮しての帰還となった。イシグの馬に乗せて運んでいるが寝たり起きたりを繰り返す。


「この数日しこたま眠り薬を飲まされたみてえだな。かないっこねえのに暴れまくったんだろ」

「大丈夫なのでしょうか」

 少し目覚めても急に意識を失うのでイシグは自分とツェタルを縄で結んでいる。

「まあそれだけじゃなさそうだが……」


 ンガワンはあるじの横から離れないセルラーパを見下ろした。あの廃墟に着いてから急に走りはじめ捜しものの場所を特定した。それにツェタルが囁いていた言葉からするに、間違いなく忠犬を乗っ取ったに違いない。


「おいイシグ、このクソガキの力ってのはよ、めちゃくちゃ疲れるもんなのか?」

「ンガワンさま」

 声が大きい。周囲を窺うイシグに鼻を鳴らした。

「いまさら隠したって何になんだよ。どうせセンゲが〝ツェタル〟にしてから悪口なんてごまんと言われてるだろ」

「それでも……!俺は正直、もうこいつに力を使わせたくありません。またドクパみたいな奴らが出てきたら」

「出てくるに決まってる。こいつがいるかぎりアニロンは最強になると同時に警戒される。力は使うっきゃなくなるぜ、たぶんな」

「そ、そんな」

「お前はなんでそこまでこいつを庇うんだ?たしか四つ目野郎を殺したあとも命乞いしてたな?」

 イシグはツェタルの旋毛つむじを見つめた。

「……俺とこいつは同じ時期に別々のところからヒュンノールへ来ましたが、そのときからこいつには不思議な力があるという触れ込みで大君主デルグオグトログイに献上されました」



 ツェタルの村をはじめに襲った小隊がいつまで経っても戻らないのを不審に思った中央が別軍を差し向けると、かろうじて逃げ出してきた生き残りと行き合った。話によれば、突然仲間同士で殺し合いをしはじめ、自分以外は全員死んだという。まさかと辿り着くとすでに凍りついた兵たちの死体、それに倒れて呻く村人たち。赤い眼をした人々に気味悪くなった応援の兵士らは抹殺を始めたが、村で唯一の子どもだったツェタルだけは捕らえて帰ったという。



「つまりは、その村の奴らはみんなクソガキと同じ力を持ってた?」

「おそらく……かなり山奥の辺境で村とも呼べない小さな集落だったと」

「そんなとこまでまあ、仕事に真面目なこって。で、こいつはそれを覚えてねえのか?」

「訊いても分からないとしか言わないのでおそらく」

「ふぅん」

 俺は、とイシグは最初の質問に答えた。

「小間使いとして召し上げられましたが、奴隷の子どもなんてていのいい憂さ晴らしですから毎日しごかれてたんです。ある日つまらない粗相をしてわりと長く痛めつけられ、真冬の牢に閉じ込められました。もう死ぬと思っていたときに、こいつが俺の中へ『入って』きた」


 あの奇妙な感覚は忘れがたい。


「頭の中にもうひとりいて、声が響く。一晩だけへ入っておけと言うんです。そんなこと、いったいどうやって、と思った瞬間には、もう知らない部屋の暖かい寝床に横たわっていました」

 ンガワンはツェタルを凝視した。

「入れ替われる?」

「みたいです。けれど、こいつが俺のとき以外に身体からだを交換したのは見たことはないですね」

「便利だな。大の大人が寄ってたかってこんなクソガキを欲しがるわけだ。効果はヒュンノールで証明されてるし」

「……それでも、欠点や難点はあります。でなければデルグはあんな死に方しなかった」

 イシグは眉間を寄せてずり落ちるツェタルを抱き直した。「でもある意味、あの方はアニロンに勝ったんです」

「――――は?」

万物眼かみのまなざしを今も支配しているなら、俺たちには手の出しようがない。でしょう?」





 だだっ広い草原にヤクの黒い点がぽつぽつと。ヤク飼いと羊飼いたちが騎馬の群れに手を振り、それに適当に返してンガワンは山腹に立つ城を眺めた。


「…………ん?」

「どうかなさいましたか」


 イシグが馬を寄せた。後ろではすっかり元気になったツェタルが麦麭パレむさぼっている。

「もっと近づかねえと分からねえな。走るぞ」


 すぐ王都に入り、帰還を労う人々に迎えられた。街はまだ正月飾りが埃を被らないまま祝賀が続けられている。


 ンガワンは警邏けいら兵のひとりに尋ねた。

「ドーレンの使節は?」

「ドーレン?ああ、それでしたら来ておりません」

「どういうこった?」

「私どもにはお下知ありませんが、変更があったようです」


 なにやら胸騒ぎを感じて城へ急ぐ。そんなンガワンなどお構いなしでツェタルは店々に並ぶごちそうや催しに目を輝かせた。

「イシグ、わたしは後で行くから下ろせ」

「ばか。だめに決まってるだろ」

「あれはなんだ?うまそう!あ!ハリボテの虎がいるぞ!動いてる」

「あまりよそ見するなよ、首がもげるぞ」

 無邪気な声に苦笑しつつ、あわれんだ。しかし彼女の運命を変えてやることなどイシグには到底不可能だ。


(戦が終わってせっかく助かったんだ、なんとか…………)


 とりとめもない考えにふけりそうになったが、城門の前に少女の命を助けた張本人の白い頭を見つけ、思考は途切れた。


「――――ツェタル‼」




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