救出



 あれは………………。

 意識が眠りに落ちる直前、最後の力で『溶けた』。



「…………」

 ペジレットは気を失ったツェタルを覗き込み、わずかに眉をひそめて立ち上がる。

「ペジ、どうした」

「……いいえ。早く行きましょう。追手がかかっているはずよ」


 言葉を話せるカラスを殺すところを見習いの下女に見られた。咄嗟とっさに嘘をついて脅したが実はアニロンに潜伏する仲間はもういない。リメドに報告されたら捜され、いないことがばれる。

 それにツェタルは王と街を散策していたのだ。これはかなり予想外で計画が大幅に遅れた。今頃ならとっくに山を越えていたのに。


 カーカがツェタルを抱えて笑う。「羽みたいに軽いから楽チンだ」

「ええ、毎日働かされてろくに食べていないのよ、可哀想に。ジナ、ツェタルをカーカに任せていいわね?」

「ああ、こんなかじゃいちばん速いし。カーカ、落とすなよ」


 崩れかけの家屋を出てうまやに向かう。

 しっかし、とジナスタは笑った。

「アニロン王ってのはマヌケだねェ。万物眼ばんぶつがんだと気づいていながら、まさか小間使いにしてるなんてサ。さっさと閉じ込めときゃアタシらに奪われずに済んだのに」

 ペジレットは足を速めつつ、小声で呟いた。

「……アニロンの人たちは優しいわ。それがあだになる」

「長くいすぎてほだされたのかい、ペジ。アニロンだってドクパをけむたがって大高原チャンタンに追いやってることには変わりない。ま、アタシらが本気を出せばどうってことはない。まず山に居座って野ヤクでも狩り尽くして目にものを見せてやるけどね」


「――――けっ。姑息なやり方」


 バクッ、とジナスタが黒い何かに覆われて消えた。


「な……」

 次にはペジレットも腹に一撃を食らい吹き飛ぶ。


「戦を知らないド素人のただの嫌がらせじゃねえか」

 はじめ、黒い大きすぎるその犬が話しているのだと錯覚した。しかしペジレットを蹴ったのは人の足。

「ははん、見つけた。大龍女リンモに感謝を」

 もんどりうったペジレットは呻きながら涙目で男を睨んだ。


「ンガワン・エ・キュンガイ‼」

「おい誘拐犯ども。そのガキを返しな。〝ゲーポ特別ツェタル〟に手を出してタダで済むと思ってんのか?」

「あの子は一緒に来たいと言ったわ‼だからほっといてよ‼」

「うっせぇわ」

 べしゃ、とよだれまみれになったジナスタが犬の口から吐き出された。すでに気を失っている。


「わ、わわ、わわ」

「そこのカラス野郎」

「わぁっ‼」


 どこに隠していたか、ぶわりとめがけて襲ってくる黒い群れをンガワンは一羽残らず斬り伏せる。「マジでカラス野郎じゃねえか」

 カーカはツェタルを抱えたままあたふたと走り馬に飛び乗った。しかし同じほど大きな犬が襲う。

「ぎゃああ、あ‼」

 衣をびりびりに破かれて転げ落ち、脚を噛まれて放り投げられた。巨犬はあるじくわえてンガワンの前まで戻る。本人は目を覚ました。


「セル、ラ、……‼」


 呂律は回らないが怪我なく無事だ。セルラーパにべろりと舐められ抱きついた。

「また、借り、た……。ありがとう」

「クソガキ、俺にも礼を言え」

 配下にドクパたちを拘束させてンガワンは居丈高に胸を反らす。が、ツェタルはとろんと眼を細め再び寝てしまった。

「かーっ!助け甲斐のねえ奴。おいデカ犬、てめえが乗せて帰るんだからな?」

「ンガワンさま!残兵がいないか探します」

「おう。とりあえず目的は果たしたぞ」

 イシグらが散っていき、頭上で旋回していたオオタカも廃墟の村の入口へと向かう。ジンミーチャの兵に制圧を知らせるのだ。


「たとえ私たちがいなくなっても、ドクパは諦めたりしない…………!」

 引き立てられたペジレットは唾を吐く。「絶対に幸せになってやる。花と緑に囲まれた私たちの故郷ふるさとを絶対に取り返してやるんだから!」

 空に向かって叫んだ。

「我らの女神エズライル様‼どうか、どうかご武運を‼」

 漆黒のオオガラスが一羽、どこからか飛び立ちあっという間に山の向こうへ消える。見送ったンガワンは舌打ちしたが、後を追うすべもない。わめき続けるペジレットに手を挙げた。

「アニロンにひそんでるてめえらの仲間の居場所を吐け」

「……っふ……いない、わよ。アニロンなんて、探る価値もないから」

 鼻血を垂らして笑う。「北を打ち破ったとて、所詮はまわりの強国の踏み台。いまに喰い荒らされるわ、私の先祖たちと同じように。それでも自分たちだけは大丈夫だとおごるの。せいぜい今のうちに歌って踊ってはしゃいでなさい、お馬鹿さんたち」

「クソ女。丸剃まるぞりにして大通りに晒してやる」

 ンガワンはそれ以上の会話を切り上げ剣を収めた。

「帰るぞ」

 セルラーパが眠る主を乗せてバウ、と吠えた。




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