特定



 俺は反対だ、とンガワンは卓を叩いた。

「やっぱりあいつが例の変なやまいの原因だったんだろ?大人数で騒いで捜すような奴でも事件ことでもない。小間使いの生活に耐えられなくなって逃げ出しただけだ」

「ンガワン」

「ちょっと眼色が変わってるだけのガキをなんでそこまで?めかけにでもするつもりかよ。たいした趣味だぜ」

 友の侮辱にセンゲは睨み返す。そちらも頬をひくつかせた。

「なんだよ」

「あれには他に行く場所がない」

「しがらみないなら逆になんとでもなる」

「独りで飛び出しても野垂れ死にだ」

「だとしてもお前が動く必要はない」

「あれは〝おれ特別ツェタル〟だ。守る義務がある」

「お前なあ」

 言い合う二人をメフタスが手を叩いて止める。

「王よ、実は私もンガワンどのの意見に賛成です。ここまで捜して言うのもあれだが、あの娘を連れ戻してどうなさる。過去の病の原因がそうならば、巫師ハワの言うようにアニロンには災いですぞ」

「お前はヒュンノールの頃のあの子には?」

「大会議の折には遠目から。大君主デルグは常にはべらせておられた」

「そんで自分がいけ好かない奴をあのクソガキにたたらせてた?」

「それは……分かりかねるが、噂はたまに」

 ほらな、と手を振った。「気持ちわりい魔術を使う小鬼テウランだ。関わらねえほうがいい。センゲ――センゲ、いい加減目を覚ませよ!お前だってめられて殺されそうになったんだぞ⁉危険すぎる。知らねえうちに死んでくれりゃあそれで落着だ」

「――――いいや、そうはいかぬ」

 野太い声が響き、ジンミーチャがのしのしと部屋に入ってきた。

「とんでもない話だが、まことなら我らの手の内におらぬほうが逆に我らの危険が増す」

「どういうことだジンミ」

「さきほど申したろう、危険きわまりないと。あの娘は諸刃の剣です。今の話を聞いておればたしかに人心を惑わしかねんが、ゲーポの庇護から離れれば離れるほど他の奴らに悪用される可能性が高まるのも確実。であろう?」


 センゲは得心した。だから――オグトログイはそうしていたのか。人を操る術を持つ少女はつまり北の覇者の最大にして唯一の弱点だったということだ。



(神のまなざし………………)



「己で脱走したのでないならやはりほぼ間違いなく誘拐だ。噂になるほどなのだから狙われて当然、ゲーポやイシグのように『たたり』を体験した者もおるだろう」

「たいそう恨みを買ってたんだ。殺されてるほうが確率高いっての」

「殺すならわざわざさらわないのでは?」

「あの、それで、捜すにしてもどうすれば。たんに西といっても広すぎます」

 イシグのもっともな意見にジンミーチャは笑ってみせた。「それが、有益な手がかりを得た」

 横にずれた彼の背後、巨躯に隠れてまったく気づかなかったが、下女が二人立っていた。面々を見て恐々とひれ伏す。

「見たことをもう一度話してくれるか」

 はい、と蚊の鳴くような声でひとりが顔を上げた。

「数日前に城から文を括りつけたカラスが飛んでおりました」

「カラス?」

「その時は伝書にカラスを使うなんて珍しいこともあるのだと、それだけ思っていたのですが」

 もう一人が唇を震わせて隣に抱きついた。

「あたし、見ちゃったんです。大晦日きのう、鳥小屋のカラスがくびり殺されるのを見ちゃったんです!」

「犯人は?」

「ペジレットさまです。脅されました。話したら親や兄弟がただではすまない、って」

「ペジレット……ああ、あの。すぐ呼んでこい」

「それが、昼の舞踊レパを終えてから姿がみえません」

 どう思うか、とジンミーチャが一同に問う。

「伝書ガラスを殺したのはもし我らに使われて受け手の居場所がバレるとまずいからだ。つまり放つ余裕が無かったのか……」

「そもそも城内で個人の鳥を持つのは許可がるぞ」

「無許可に決まっている。新年で皆が夜中に起き出したゆえ目立つのを避けねばならなかったのだ」

「ということはそのペジレットとやらがツェタルに財布を渡して城下へ行かせた?」

「だろう。何者だ?」

 女官長のリメドが呼ばれた。くまを濃く浮かせ憔悴しきった顔で答える。

「ペジレットはもとは大高原チャンタンを越えた西の一族の出で、ヒュンノールに統合された後アニロンに落ち延びてきた者たちの末裔です」

「……なるほど、目星がついた」

「ですな」

「――――荒野の人ドクパ



 かつて、オグトログイより三代前から行われたヒュンノール西征の魔の手により初期の頃に陥落した土地のひとつに住んでいた人々だ。征服戦争のさきがけとして凄惨に蹴散らされ見せしめとなった非業の一族として知られる。生き残りは他の諸氏族とひとからげに捕囚となった後、奴隷民として虐げられ辛酸をめた。八十年前に内紛の隙を突き五万人がアニロンへ脱出している。

 それから徐々にアニロン以外の各地へも離散融合し、現在どこの国の所有地でもないチャンタンを根城にする、国とも呼べない小集団を総じてドクパと呼びならわしていた。



「ツェタルを欲しがっているのはドクパか」

「けどよ、帰化人のその女が今になって奴らの肩を持つのはなんでだ?というか、ドクパがあのクソガキを手に入れたところで何ができるってんだ?」

「とにかく、山を越えてチャンタンに入る前に追いつく」

 センゲは息を吐き出し、ぐっと目力を込めた。

「――――ツェタルは絶対に取り返す」

「いかにも。しかし王よ、あなたには城にいていただく」

 思わずけそうになった。

「は?」

 メフタスは平然と繰り返した。「ゲーポは捜索へは行けません」

「今までのことを聞いていたか?」

「もちろん。しかし」

 懐から金紫の紐が付いた牌儿ふだを取り出した。

「不在の合間に届きました。ドーレンから使節が来る。ですので我がアニロンの王センゲさまは城を留守にすることは不可能です」




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