失踪



 新年昼になり城の中庭は大賑わいで喇叭らっぱが吹き鳴らされ銅鑼どらが打ち叩かれ、今まさに激しく軽快な踊りが披露されていた。壇上に座りっぱなしのセンゲは正直眠い。

「しっかりしろ」

 そういう下座のンガワンも欠伸あくびを噛み殺している。

「ほら、本番の別嬪べっぴんたちが出てきたぞ」

 くるくると舞う天女たちをちらりと見たがほとんど心動かされないセンゲは手持ち無沙汰に酒盃さかずきを弾いた。

「なんだよノリ悪いな。お前、その歳でめかけのひとりもいないのはヤバいぜ。俺にだってもう六つになる息子がいるのに」

「今日は来ていないのか?」

生憎あいにく怖がられてるもんでな」

 自慢にならない。

「特にこだわりないなら、ほら、ああいう異人の女だっていじゃねえか」

 衆目を魅了しているのは中央の踊り子レザマだ。透けるように白い肌がほのかな紅色に染まっていてなんとも蠱惑的、編んで垂らしたつややかな髪が動きに合わせて波のように跳ねている。

「もちろん美人のほうが王妃ツンモとして映えるのは確かだが、大臣カルンたちは見た目より家柄や家格のほうを重視するだろう」


 知らせもなく押しかけてきた南域の首長らだって、他を出し抜いて王のおぼえめでたくなれば一族の息子娘を要職へ宛てがう機会が増えると見込んではるばる貢物を携えて来たのだ。直截ちょくさいな下心が分かっているからこそ無下にも出来ない。


「この際、気にするのは体裁だけでいい。最悪、ガキの母親は妃本人じゃなくても問題ない」

「お前は本当に身も蓋もない」

戦神ダラの跡継ぎを望む声は大戦おおいくさが終わってますます高まってんだ。民の声にこたえてやるのが王の務めだ」

「ままならない……」

 さも悩ましげに気難しく言ってみせたが、もうすでにンガワンの注進など聞いていなかった。そういえば、ツェタルは昼の宴席で酒を配って回るのだと話していたことを思い出したのだ。

 追加の酒はまだ来ない。粗相しないようきちんと見ていてやろう、と内心ほくそ笑んで今か今かと待っていた。


 しかし、いくら経っても来ない。

「ンガワン、酒を催促してくれ」

「ん?ああ」

 ンガワンが慌ただしく行き来する召使いのひとりを捕まえて伝えたがそれでも来なかった。

「ったく、何やってんだ?」

 痺れを切らし、くりやに怒鳴り込んでやると立ち上がったンガワンだったが、ひどく狼狽したリメドが屈みながら早足で現れたので二人は眉をひそめた。

「なんだ」

 間髪入れずぼそりと問う。

「我が王とヤソー・ンガワンに……お詫びのしようも」

 リメドは今にも泣きそうにひざまずいた。センゲは周囲を騒がせないよう立ち上がるのを我慢した。

 しかし辛抱きかず、次の言葉にはもう階段を降りていた。


「ツェタルが……」

「どうした」


 リメドは口を両手で押さえ目を泳がせる。

「門衛によれば、夜に市場へ出たようなのですが、……まだ帰っていないのです!わたくしはてっきり他の女官ヨモといるものだとばかり」

「市場へは確かに行っていた。俺も鉢合わせた」

「でも朝にも見ませんでした。先ほど用事を頼もうとして、初めて気づいて」

 お許しください、とひれ伏すリメドを見下ろしンガワンはあごさすった。

「あの悪ガキのことだから、サボってどこかで居眠りでもしてるんだろう」

「それはない」

 城の仕事を覚えなければ狩りにいけない。連れて行く確約をしたのに、取り消しになる危険を冒して務めをおこたるわけがない。眠くて限界ならリメドや他にきちんと言うはずだ。

「すぐ捜させよう」

 リメドは頷いたが、でも、とそそけ立って頬を包む。

「いったい誰があの子を城下へ。わたくしはまだ独りで行ってよいと許可を出したことはございませんのに」

 センゲは息を飲んだ。「では誰が?財布を持っていたぞ」

「分かりません……ヨモたちも皆知らないと言うのです。申し訳ございません」

「どういうこった?財布を拾ってネコババしてたのか?」

「ンガワン、ツェタルを疑うのはいい加減にしてくれ。とにかく、皆を集めて……」


 とそこへ、人波を縫うようにしてイシグが現れた。困惑した様子で腰を折る。

「我が王にご報告が」

「こんなときにどうした」

 稀有けういらついた声音に少々驚き、口を早める。

「は。先ほど民の幾人かから苦情がまいりまして、水飲み場で犬が暴れているからどうにかしてほしいと」

 その犬、とイシグも確信を込める。

「大きな獅子犬ドーキーで金の鎖をしており、首輪に『ツェタルの五色札』があったので、よもや王の御物ぎょぶつではなかろうか、と」

 王のものを傷つけてはならないが今にも鎖を引きちぎって攻撃してきそうで怖い、といった具合の報告に居てもたってもいられず、ついにセンゲは走りだしていた。

「イシグ!馬をもて!」

「ただいま!」

「ンガワン、お前は衛兵と城の中を捜せ。どうであれ状況を把握次第、ラクパシンパを飛ばせ」

 ンガワンは背に叫んだ。

「センゲ!何かの罠かもしれんぞ、気をつけろ‼」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る