放生



 城門の前にはあのンガワンという男が腕を組んで立っていた。横にはリメドもいる。王と手を繋ぐ子どもが誰なのか分かってまなじりを吊り上げた。

「センゲ。そいつはリメドを殴って馬を盗んだ不届き者だ。罰がる。引き渡せ」

 恐ろしい顔で睨まれ、思わず腕にすがった。

「こいつが都に帰り着く前に熱を出したから、わざわざリメドに世話を頼んで置いてきたんだ。なのに脱走して独りでここまで来るなんて」

 ガチャガチャと剣を鳴らした。「よほど痛い目見ないと分からねえらしい」

「落ち着け、ンガワン。無駄に怖がらせるな」

「お前を刺した張本人だぞ?まだ治ってもねえ」

「かすり傷だ」

「かすり傷でも何でも落とし前はつけねえと。ガキ、こっち来い」

「イヤだ!」

 センゲの背後に隠れて叫んだせいでンガワンのいらつきを上塗りした。額に青筋を立てて指を突きつける。

「センゲ、謝らせろ!」

「それはもっともだ」

 押し出そうとしたが踏ん張った。

「謝ったあとでどうせ殺すんだろ!ウソつきウソつき!死にたくないから来たのに!」

「殺さない。それに悪いことをしたのだから謝れ。十二歳ならもう分かるだろう?」

「……ほんとうに、殺さない……?」

 ンガワンを見上げるがそちらは口を歪めるのみだ。センゲは双方に呆れ、片膝をついた。

「約束する。お前は殺さない」

「口約束で信じられるわけないだろ!」

 半泣きですぐにでも逃げようとしているこぶしをとらえ、センゲは何事かを考えて、やがてひとつ頷いた。


「――――ツェタルだ」

「…………?」

「今からお前の名はツェタル。言ってみろ」

「ツェ、タル……」


 復唱に微笑んだ。

「お前がこの名でいるかぎり、誰もお前を殺せない」

「どうゆう意味?」

「『解放された生命』。俺もンガワンも、他の誰でも〝ツェタル〟に危害を加えることは許されない。至高ツク御霊神クラがお前をまもる」

 ンガワンはというと、いかにも不服げにセンゲを睨んだ。

「どういうつもりだ我が王。こんな異人のガキに聖なる名を与えるな。こいつは四つ目野郎の〝足置き〟だったんだぜ。オルヌドのほうがよほど似合いだ。名の通り気持ちわりい赤い眼をしてやがる。呪いの邪眼じゃがんだ」

 隣で真に受けたリメドが息を飲んだ。「わたくし……なんてこと。おはらいをお願いしてきます」

「いいやリメド、必要ない。ツェタルは害などない。城の小間使いとして召し上げるから、いろいろ教えてやってくれ。そしてンガワン。俺のことを心配して言っているのは分かっている。だがこの子はまだ無知で愚かなだけだ。お前が本気で怒る価値は無い。それに、弱い小娘を痛めつけるのはいくらお前とて気が引けるだろう?」

「は?娘?」

 目を皿のようにしてツェタルを見下ろしたンガワンは今の今まで気づかなかった事実に茫然自失した。

「嘘だろ……」

「そういうわけだ。殴られたリメドと盗んだ馬の主にはきちんと謝らせる。俺から詫びも入れよう。だからこの件はもうしまいにしたいんだが?」

 ンガワンはかなりのあいだ唸っていたが、いつまでも柔和な笑みを崩さない王にとうとう折れた。




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