兄弟



 ユルスンが子どもを送り届け城へ帰り階段を上っていると、頭に乗せたオオタカが飛び立った。前方に目的の人物をみとめ、踊り場で腰を落とす。タカは相手の肩に着地し、その者もまた近づいてきて止まった。


「ユルスン」

「兄さん」


 互いにひたいを合わせて挨拶したがすぐに上着を掛けられユルスンは苦笑した。

「どうした、そんな薄着で」

「ちょうど脱走中の小兎を捕まえて」

「お前は鳥狩りに出たのじゃなかったか」

「ええ。ラクパシンパをお貸しいただきありがとうございました」

「いや、近頃構ってやれなかったから俺のほうが助かった」

 タカは誇らしげに胸を張り、羽をつくろいはじめる。

「ラクパシンパは本当に有能で。前々からもし許されるのであればと恋い焦がれているのです」

「お前がどうしても欲しいならしょうがないが、離してもこちらへ帰ってきてしまうだろうな。育ての親に似て頑固なのだ」

「でしょうね。残念です」


 ひとしきり笑い合い、それで、と話を戻した。

「逃げ出すほど元気になったのか、あの子ども」

「兄さんが助けて連れてきたのに、丸投げなんて」

「俺はこれでも忙しい。なにせゲーポだからな」

 くわぁ、と欠伸あくびして白銀の頭を掻いた。

「酒豪の首長ゴパたちには付き合いきれない」

「下手な嘘を。アニロンのゲーポは湖をすべて酒に変えても酔い知らずと有名ですよ」

 センゲは白い歯を見せて笑った。

「酔いたいときに酔えないのはつらい」

「そうですか。まさか今夜も宴を?凱旋したのはもう四日も前なのに。ゴパたちは兄さんに媚びへつらって一族の女を王妃ツンモにしたいだけだ。分かっているでしょう」


 もちろんだ、と弟の肩に手を置いた。北征が完了した現在、アニロンの名声は各地各国へとどろいている。これを機に取り入り少しでも利を得たいという者は後を絶たない。


「だがな、ユルスン。一見戦勝の祝いの宴席でもれっきとした外交の場だ。彼らも、何もただ酒を酌み交わし娘を俺に宛てがわんと躍起になっているだけじゃない。北は平和になったが東はそうもいかないのだから」

「……ドーレン」

「あちらがどう出てくるのかは分からない。このまま無視を決め込んでくれるならそれはそれでありがたい。が、そうもいかないだろうな」

「……ですね。ヒュンノールが滅亡して黙っていられるほどの余裕はないはずだし」

「そういうわけだ。情報交換は大事だ」

「お体も大事ですよ」

 ユルスンは上着をセンゲに返した。「僕はこれから仮眠するから大丈夫。兄さんこそ風邪ひいたりしないでくださいね」

「俺が倒れたほうが喜ぶ奴もきっといるがな」

「そういえば」

 ユルスンは吹き出すのをこらえた。

「あのオルヌドとかいう子、あなたを殺したくてたまらないようでした」

「ああ、現に刺された」

「あんな子に刺されるなんて、よほどお疲れだったのですね」

 それかオグトログイとやり合った直後で油断していたのだろう。センゲは視線を宙にさまよわせた。

「……そうだったかもしれない。なんにせよ一度様子を見に行こうと思う。訊きたいこともあるしな」

「訊きたいこと?」

 しかし兄はそれ以上答えず、手を振って階段を下りていった。




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