穿撃の騎士〜氷に恋した少年は、大騎士への道を駆け上がる〜
八木 漸
1.ヒューゴ、騎士団入団試験へ。
「受験者はそのまま進め!」
僕は小さな頃から騎士になることを夢見てきた。
騎士は市民や都市を守って戦う強き者の象徴。
僕が小さい頃に昔いた都市から今いる“武装都市”ドントベレイに家族で移り住んで来た。昔いた都市が戦争で壊滅的な被害を受け、父親の伝手でこちらに移住してきたいわゆる難民だ。
長旅の最後、この都市に入る検問を列に並んで待っていた時に昔いた都市を攻めていた騎士団の追撃を受けた。敵の顔が僕からもはっきりと見えるほどに迫られた時、その人は現れたのだ。その一瞬で今にも僕に斬りかからんとしていた騎士が凍り、そして砕かれた。
僕はその人の姿を今も脳裏に思い出すことができる。
栗色の髪に青白い剣、『大丈夫?』と声をかけてきたときのその美しさ。
『鋭氷の騎士』と名高い、森刃之騎士団・第三席のルーラ・クレイス魔導騎士だ。
僕はその人に憧れて騎士になる決意をした。目指すは魔導を持たない一般騎士の最高峰、大騎士の位。今日はその第一歩だ。
僕は長蛇の列をゆっくりと進む。前の方で緑の服を着た騎士が受付を行っていた。
「名前は。」
「ヒューゴ・マルセルです。」
その騎士は手元の紙の束を素早く捲っていく。
「ヒューゴ・マルセル、ヴァレリアン・マルセルの息子。十六。家は東門の六の二十八番地。間違いないか。」
「はい、間違いありません。」
「よし、進んでいいぞ。次。」
僕はその騎士が指し示す方向に歩いていった。壁の中を抜けるような感覚の短いトンネルを歩く。その先はこの都市が誇る闘技場のステージだ。壁には森刃之騎士団の団章である銀の菱と円が描かれた大旗が下げられている。
トンネルを抜けて陽の光を浴びたところで、また騎士に呼ばれる。
「受験者はここに来い!」
その呼びかけに集まっていく今回の騎士団入団試験は様々な者が参加している。僕よりも小さな男の子もいれば、老齢になろうかと言う白髪の老人まで。ざっと見回したところ、女性の割合は三分の一程度。これは騎士団の中では最も多い割合だ。
「これから諸君には模造剣を持ち、この闘技場に並んでもらう。その後は審査する騎士の指示に従って動いてもらうことになる。その内容はその場での対応力も測る他に伏せられている。いいな。
ではここから自分の体格や流派に合う剣を持っていくこと。」
僕は無造作に置かれている大量の剣から、今まで訓練で使っていた剣に似たものを探し出して手に取った。模造刀と言っても金属でできていて、刃が潰してあることを除けば真剣と変わらない。そんな剣を何度か握って手に馴染ませる。
騎士になると決意した時、僕は父親に頼み込んで剣の道場に入れてもらった。それ以降道場に通わなかった日はないだろう。僕はそこで剣を振り続け、とうとう道場で一番の腕になった。この“武装都市”にあるそこそこ大きな道場で一番なのだから結構いい方だろう。その鍛錬の成果もあって、その剣はかなり軽く感じられた。
僕はそのまま審査席がよく見える位置まで移動する。左隣には幅広の大剣を持った男、右隣には短剣を両手に持った同じくらいの歳の女の子がいた。
「そこの若いの、オメェ強えな。」
声をかけてきたのはその左隣の男だ。
「分かるのか?」
「ああ、身のこなしとその手でな、なんとなくは分かる。」
確かに僕の動きは瞬時に相手の動きに合わせることができる『ずらし』と言う歩き方をしている。ぱっと見はわからないが、体の動きを一拍遅らせると言う技術だ。
これを初見で見抜いた時点でこのおっさんの力量もかなりのものだと推測できた。
「あとそこのお嬢ちゃんは『忍び』か?」
そのおっさんは俺の右隣にいた女の子にも話しかける。
「だから何?」
「おお、怖いねぇ。そんなにピリピリしなさんな。」
「これから試験が始まるのよ?こんなふうに喋ってていいのかしら。」
そう言いながら女の子は両手の短剣をクルクルと回す。その感触を確かめているようだ。
「まあ、合格したらよろしく頼むぜ。
俺はこの通り若い連中にはついていけないからな。」
「だったら受けなければいいじゃない。」
「剣の腕は別さ。この中の誰も俺に勝てねぇ。」
僕を挟んで早速二人が火花を散らし始めた。
「へぇ、言うじゃない。なら確かめてあげる。貴方が本当に強いのかどうか。」
その女の子がそう言い放った瞬間に審査席に人影が現れる。彼女だ。
今回用意された席は三つ。そこに座るは第三席『鋭氷の騎士』ルーラ・クレイス、第四席『奪の拳』アイガス・グウェンデン、第十二席『凛音』リンシャ・カロイア。この都市の住民なら顔を見ただけでその名前をフルネームで答えることができる。言わずと知れた森剣之騎士団の魔導騎士だ。
序列的に中央に座るのが『鋭氷の騎士』。僕は思わずその姿に見入ってしまう。
「これより森刃之騎士団入団試験を実施する。」
試験を取り仕切るのは『奪の拳』アイガス魔導騎士。
「各人、剣を構えろ。」
その指示に従い、一斉に剣を構える僕ら。だが一向にその次の指示が出る事はない。
僕にとっては素振りをするよりも簡単なので何の苦にもならないが、周囲の何人かがその剣の重さに耐えきれずに腕を下げ始めた。まだ審査の騎士達に見られているので慌てて剣を構え直すが、やはり疲労が目に見えて現れている。
優に一時間は構え続けただろうか。流石の僕にも暑さや疲労による汗が流れ始めた。
左隣を見れば…。おお、あのおっさんは未だにあの大剣を取り落とさずに構え続けている。
これだけの時間その構えを続けることができるのは本当にすごい。僕も負けじと少し肩を揺すって体制を整え直した。
「そこまで。構えを解け。」
やっとその声がかかる。剣を落としそうになって、僕は慌てて強く掴み直した。逆手に持って腰の方に持っていく。これが剣を扱う休めの姿勢だ。
そしてそれは正解だった。
「今途中で剣を取り落とした者、最後の『構えを解け』と言う合図で剣を落とした者は失格とする。速やかに試験会場から退出せよ。」
その指示で巻き起こるのは怒号の嵐。
「どう言う事だ!説明しろ!」
「まだ戦いもしていないじゃないか!」
そんな抗議する者達を『奪の拳』は冷ややかに見下ろす。
「では君たちは今の時間よりも長い戦いでも剣を振り続けることができると?
そして私は『構えを解け』と言ったんだ。剣を離せとは言っていない。
今の時間は『長期間の戦闘に耐え得る体力』、そして『命令を正確に聞き取り実行する能力』を測った。その試験結果が以上だ。
さあ、早く出て行きたまえ。」
突きつけられたのは試験の内容とその結果。試験会場の声が一瞬にして鎮まった。
何人かは粘った者もいたが、最終的に騎士に連れて行かれていた。抗えるわけもなくそのまま引き摺られていく。その場に残ったのは両隣の二人を含めて数えるほどしかいなかった。
「続いては実戦形式だ。一列に並べ。」
その合図に僕たちは互いに近寄って、審査席の前に横一列に並んだ。
「外側から一人づつ進み出て試合をしろ。勝敗は直接の審査対象にならない。その過程を見させてもらう。」
見回してその数を数えてみれば、全員で二十一いる。僕は左から八番目だった。つまり右から八番目の相手と当たる。
最初に進み出たのは長髪で少し長めの剣を持っている若い男と、長剣を二本手にしている大男だった。
「俺の剣は特別製だ。しっかりと持ち込みの許可ももらっている。
怪我をさせてしまうかもしれないが問題ないか?」
「おうよ、兄ちゃんどこからでもかかってこい。」
長髪の男が鞘を外す。そう、その剣は鞘に入ったままだった。その剣はガチャリと地面に落ちる。その瞬間、ヒュンと音を立てて男の周りを旋回した。
鞭剣、蛇腹剣と呼ばれる特殊武器。確かにこの剣は鞘に入れなくては持ち運べない。
「いくぞ。」
その圧倒的なリーチの長さで蛇が大男に襲いかかる。
「くそ!」
その鞭剣は攻撃に特化した武器。相手に軌道を読ませず、高威力の連撃で相手を圧倒するのが定石と言われている。
にも関わらず、その男の扱いは一味も二味も違った。
スキあり!と大男が振り下ろした反撃の長剣を、的確にその位置に刃を扱うことで弾いて見せたのだ。
「「おおっ!」」
周囲からもその対応に関心の声が上がる。その声に動揺した大男の剣にその蛇を絡ませてて叩き落とす。そのまま刃の回転力を利用してもう一つの剣まで弾き飛ばしてしまった。
ガックリと膝をついて負けを認める大男。
「俺の攻撃をあそこまで防いだのはあんたが初めてだ。」
「褒め言葉として受け取っておくぜ、兄ちゃん。ありがとよ。」
そこから数人分はこれといって特筆すべき点のない試合が続いていく。見ている限り道場で行われるような試合と変わらなかった。言い換えればそこまで強さをアピールすることなく終わったと言うことだ。
次に進み出たのは隣のおっさん。相手はいかにもヤンチャな格好をしている若い男。
「おっさん、そんな重い剣で大丈夫か?俺の速さについてこれる?
今なら降参っていう手もあるぜ?」
煽りにかかる相手だったが、おっさんはその場で腰を落としてしっかりと構える。
「御託はいい。来い。」
おっさんは構えた剣の位置をずらすことなく片手を離し、指先でクイッと合図をした。
その時点で大剣はおっさんの完全な制御下にあるということが見て取れるのだが、相手はそれに気づかない。
「ははっ!楽しませてくれよぉ!?」
突っ込んでいく相手。
一閃。
見ただけで分かる圧倒的な質量が、可笑しな速さで振り抜かれた。
それを受けたらどうなるのか。それはその相手が示していた。咄嗟に受けた剣は根元からポッキリと折れ、チェストプレートもしっかりと大剣の刃の形にひしゃげている。男は壁に向かって一直線に飛び、激突。沈黙。慌てて何人かの騎士が近寄って傷を手当てする。
「ふん、随分と軽かったな。」
その捨て台詞を残しておっさんが僕の横に帰ってきた。
次は僕の番だ。相手はかなり高価であろう服を着た男性。獲物はレイピア。
対面すると相手は綺麗に腰を折ってお辞儀をした。僕もそれに倣って道場で教わった礼を返す。
「では。」
「ええ。」
お互いに相手の強さが今までの相手と比較にならない事はわかっている。
僕の分析では最初の鞭剣の男やおっさんに匹敵する猛者だろう。下手をすれば僕の師匠ほど強いかもしれない。
的確に喉元を狙う突き。その速さは身体と同時に動いているというのにおっさんの大剣の切っ先と同じぐらいの速度がある。僕は剣を斜めを振ってそれを受け流し、それと同時に相手の手首を狙う。レイピアはコントロールの剣だ。手首か、その速さの元となる足首を潰すのが最適解。僕の剣の速さも悪くはないと思うのだが、相手は瞬時に剣を引いて僕の攻撃をいなす。少しの間をとって再び二人は睨み合う。
速度、操作共に互角。ならば、と僕は構えを変える。剣を持つ腕を絞って胸のところまで引き上げ、先を相手に向ける。もう片方の手は鞘に触れずに添えるだけ。この構えは相手の目から剣が点に見える。その長さを誤認させる効果もある。そして何よりこの構えは僕の奥の手の一つの技に直接つなげることができる構えなのだ。
「穿点流とお見受けする。師はディグラス翁ですかな?」
「はい。ご存じでしたか。」
「もちろん。私が君と同じくらいの歳で傭兵をしていた時にお世話になりました。」
なるほど、前職は傭兵だったのか。師匠と同じような圧を感じると思ったら、そういった理由があったらしい。
「これより先は死地。
私の剣が果たしてディグラス翁の後継に通用するのか試させていただく。」
彼はこの構えに相対する場合の全てを熟知しているのだろう。そして自分の剣との相性を見て、正面から挑むこと以外にないと演算を弾き出したに違いない。
刹那、彼の姿が消えるように動く。その細い剣は再び僕の喉元を狙う。
捉えた。僕は自分の剣を相手のある一点に向けて突き出す。腕を回転させてその剣に回転をかける。その切っ先は僕の思い通りにある一点を穿つ。
そこには剣一本の間を開けて相対する二人の人物。お互いが腕を突き出して相手に獲物を向ける姿勢。だが僕の剣は相手の模造のレイピアの刃を縦に引き裂いていた。
僕は狙って自分の剣の先を相手の剣の先に当てた。そして僕の方は回転によって破壊力が増し、相手の刃を破壊していた。
「お見事。貴方はディグラス翁よりも強いのでは?」
「確かに、このところ私が勝ち越すことが多い気がします。」
「では、私の勝ち目はかなり細いものであったのですな。」
道場に通う弟子の中で一番になった僕は、もう戦っても一方的に勝つだけということで師匠から個人教授を受けていた。『騎士になりたい』と言うと、師匠は自身の身を明かし、その剣の全てを教えてくれたのだ。元・森刃之騎士団・大騎士は僕に全ての技術を託してくれた。
僕はまた一礼を交わして列に戻る。レイピアを引き裂き、相手の剣に挟まって抜けなくなった剣は騎士が近寄ってきて回収してくれた。今回は双方が模造剣だったが、これが真剣かつ名のある剣ならばこうはならなかっただろう。どちらがが弾け飛ぶか、切っ先で拮抗するか。
思わず試合に熱中してしまったが、これが試験であったことを思い出す。これなら自分の力を存分に示すことができたのではないか。僕はかなりの自信があった。審査席の『鋭氷の騎士』はと言うと、笑顔でこちらを見ている。その心情までは理解できなかったが、悪いようには思われていない。
次は僕の隣に立っていた受験者、つまりおっさんに『忍び』と言われた女の子だ。
「頑張れ!」
僕は小声でそんなことを言ってみた。
「ありがとう、頑張ってくるわ。」
何か言い返してくるかと思っていたら、意外と素直に受け取ったようだ。
相手は…。なんと
女の子の突撃で始まった試合、薙刀使いは大きくそれを振り回して迎え撃つ。何度も何度も薙刀の刃が迫るが、女の子は縦横無尽に駆け回ってそれを避けていく。
一度距離をとって、一直線に懐に。薙刀は大きく振りかぶって唐竹割りの動き。
当たる!そう思った時、今いた位置から女の子が消えた。薙刀は空を切り裂き、地面に激突。女の子はどこへ行ったのかと言うと、何とその薙刀の柄に立っているではないか。
薙刀使いも予想外のその動きに目を見開いて固まる。
その隙に女の子はその柄の上を走って相手に肉薄。そのまま喉元に短剣を突きつけて決着を迎えた。
横に帰ってきたその娘に向かって
「すごいな。」
と称賛の声を送る。
あの動きは僕にも目で追えなかった。実際に戦ってみると違うだろうか。
「ありがと。」
俯いて答えるその女の子の顔は真っ赤だった。果たしてそれは今の試合による昂揚と言えるのか。
残りの受験者の試合も終え、『奪の拳』アイガス魔導騎士が総括を行う。
「それぞれの試合、見事だった。我々の方でも合否を既に決めてある。
それでは右から順に一人づつあの道に向かえ。その先で結果を知ることになるだろう。」
彼が指し示したのは闘技場の右に小さく開いた道。その先は暗くなっていてここからはその先を知ることができなかった。
順に受験者が向かっていく。しっかりと間隔が空くように騎士がその進む時間を指示している。
「次!」
既に女の子は道の向こうに消え、僕の番がやってきた。
ゆっくりと歩いていく。ここで不合格であれば今後五年間はこの入団試験を受けることは許されない。他の騎士団の入団試験は別だが…。不安と期待が頭の中を渦巻く。もし落ちていたら、師匠に何と報告をすればいいと言うのか。
暗い道に足を踏み入れる。その先にいるのは緑の服を纏った騎士。
「ヒューゴ・マルセル。」
「はい。」
「合格だ。おめでとう。」
その騎士に差し出された手を取り、握手を交わす。
「この先の左手に扉がある。そこに入ってくれたまえ。」
「はい!」
合格だ!
これで晴れて騎士への道を踏み出すことができる。その扉の向こうにはどんな景色が待っているのだろうか。僕は自分の心臓が今までで最も強い鼓動を打っているのが分かった。
穿撃の騎士〜氷に恋した少年は、大騎士への道を駆け上がる〜 八木 漸 @Yagi_Zen
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