エピローグ:村の伝承
────白い服を着てはいけないよ。
────白は神様の色だからね。
────白い糸は、切ってはいけないよ。
────その糸は、命綱だからね。
かつて、そんな風習のある村が存在した。
養蚕業が盛んだった村だ。
村民は、絹糸を紡ぐ蚕を神と崇め、神もまた、村民を求めた。
村の生活を支える絹糸は、彼らにとって文字通り命綱だった。そして、その信仰を軸に存在する神にとっても、需要とは命綱だった。
糸を切ってはいけないとは、そういうことなのである。
神は少女の姿を借り、人前に現れては、こう言うのだ。
「目に見えなくても、人と人は、縁によって繋がっている」
糸が切れても、焦ってはいけない
たとえ切れてしまっても、また結べる
認識さえしてくれれば、いつか、きっと、必ず……
☆☆☆
「────あらすじは、こんなところですかね?」
始業式明けの高校。理科室奥の実験準備室でナルミ先生はキーボードをカタカタと打ってモニターを私とモチヅキ先生に見せた。私はパイプ椅子から立ち上がると、彼の隣に移動した。
“御白様の怪”と書かれたタイトルと、その内容をまとめたホームページが目に映った。
「まさか、怪談話をホームページにするなんて……」
モチヅキ先生は、呆れた顔で私とナルミ先生を見た。
「集めるだけじゃなくて、自作するなんて……」
「いいじゃないですか? 体験者本人の感じたままに、怪談話を掲載するなんて面白いと思いませんか? インターネットとは、現代っ子ですね、アキさん」
ナルミ先生の目線は、目から鱗とばかりに本棚の古い書物とパソコン画面を行ったり来たりする。
「それに、頑張りましたね……まさか、自分で解決するとは思いませんでした」
ナルミ先生に褒められて、私は両手で顔を覆った。
あれが夢じゃないのだと、左手の小指に巻かれた包帯が、真実として私に実感させる。
「ナルミ先生のお陰ですよ……理解したから、本質を見抜けたんです」
「教員として冥利に尽きますね」
「でも理屈の外側じゃない……科学者としてどうなのよ」
「今の私は教員ですよ」
モニターから目線を移動させず、モチヅキ先生をあしらうと、彼女は「そうですかー」と気だるげに窓際へ行き、窓を開けてタバコを吸い始めた。
「あれからは、もう何も?」
「あ、はい……お婆ちゃんも見えませんし、おしらさまの感情も流れてきません」
「じゃあなんで、”また繋がれる”なんて書いたのよ?」
私に対し、モチヅキ先生が質問した。
「彼女を……救いたいから」
私は未知の存在に触れた。でも、冷静になって見た彼女は、私たち人間に近い悩みを抱えていた。神格化されている存在だけど、それでも、とても近い存在として私は彼女を認識した。
「だったら、救いがあってもいいじゃないですか。直接、糸で繋がるんじゃなくて、彼女を知っている人が増えるって繋がり方もあるんじゃないでしょうか」
分からないものとして拒絶することもある。でも、理解し受け入れることも大事なんじゃないかとも思う。
彼女は、ただ存在したかった。私たちと同じだ。他人に必要とされ、生きていきたい。それだけなんだ。
「そうですね……あの村には神様が住んでいて、みんなを見守っている……それで彼女が安定して存在できれば、未だに繋がっている人々も解放されるかもしれません」
「ひぃいいいい! 想像しただけで怖いわよ!?」
おしらさまから解放され、ワラワラと飛んでいく浮遊霊を想像してモチヅキ先生は身震いした。それをナルミ先生は笑う。
「怖いのは、理解していないからですよ……アキさんを見習ってください」
「そんなこと言っても……」
そんな時、準備室の入り口がノックされた。三人は視線を向けると、恐る恐る中を覗く男子生徒が見えた。同じクラスの男子生徒だと、私とモチヅキ先生は気がついた。
「あの……怪談に詳しい先生がいるって聞いたんですけど」
男子生徒は、震える声でそう言った。
「詳しいというより、好きなだけですよ」
フフッと笑ったナルミ先生が「どうぞ」と男子生徒に手招きする。
彼も、ナルミ先生に相談事があるみたいだった。私は席を譲った。
「まーたそうやって簡単に聞いちゃうんだから……次は一緒に行かないわよ」
「いいじゃないですか、モチヅキ先生……頼ってもらえるのは嬉しいものですよ」
ナルミ先生は「それに……」と、男子生徒を見ながら言った。
────ここはヘイヴン……生徒達の避難所なのだから。
私とモチヅキ先生は顔を合わせて、同時にナルミ先生を見た。椅子に座る男子生徒は、まるで二週間前の自分を見ているようだった。
完
おしらさま RIDDLE @RIDDLE_san
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