第29話 穴の底

 佐川刑事の乗るジープはようやく湖を横断して岸に上がり、道を通ってロープウェイの山麓駅まで来た。そこには高島署の警官が立っていた。佐川刑事は警察手帳を見せて、その警官に尋ねた。


「湖上署の佐川です。連絡は行っているとは思いますが、山形警部補の身柄を押さえることができたのですか?」

「いえ、そのような連絡は来ておりません」


 その警官は答えた。スマホのGPS電波をたどれば簡単なことだと思ったのだが、いまだにできていないようだ。佐川刑事は横にいる梅原に尋ねた。


「梅原。どうだ? スマホのGPS電波はどこから出ている?」

「やはり山頂です。いえ、降りてきています。こっちに向かってきています。」


 するとゴンドラが駅に着いて、観光客が続々と降りてきた。その中には山形警部補はいない。代わりに一人の警官が混じっていた。山頂を調べていた警官で、右手に小さな袋をもってパトカーの方に向かおうとしていた。佐川刑事はその警官をつかまえて聞いてみた。


「湖上署の佐川です。山形警部補は見つかったのですか?」


 するとその警官は首を振りながら言った。


「いえ、見つかっておりません。追っているスマホは全く関係のない観光客の方が持っていました。その人はそのスマホに気付かなかったと言っていました」


 警官は持っている袋からスマホを取り出して見せた。それは湖上署が山形警部補に貸与したスマホだった。山形警部補が途中でそのスマホを他人の荷物に紛れ込ませたに違いない。


「しまった!」


 佐川刑事は思わず声が出た。スマホのGPSのことを山形警部補は気付いていたのだ。それで他に目を向けさせようとこんな狡猾なことをしたのだ。


(これは困った。 そうだとすると山形警部補はどこに? 足取りをどうやって追っていくか・・・)


 佐川刑事は考えた。


(他の桜の咲く場所にいるのか? いや違う。ここにいるはずだ。確か、11年前に軽音楽部の部員たちはここの桜で花見をしたのだ。だとするとここを選ぶはず・・・)


 佐川刑事は周囲を見渡した。


(桜なら山麓駅付近の方がいい。この場所には千本以上の桜が植えられている。だとしたら彼女がいるのは山頂ではなくここだ。この近くの桜を調べて行けば、彼女に行きつけるかもしれない)


 そばにいる梅原刑事はスマホのGPSが役に立たなかったことにしょげていた。


「おい! 梅原! 山形警部補を探しに行くぞ!」

「えっ! でもいったいどうやって? スマホのGPSは使えないのですよ。」

「この目と耳と足を使って探すんだ。山形警部補はきっとこの近辺にいる。桜を追っていけば必ず行き当たる。行くぞ!」


 佐川刑事と梅原刑事は山麓駅付近の桜の木の周囲を調べ始めた。人が踏み入れた形跡がないかどうか・・・。千本以上桜が植えられた広い場所を2人で捜索するのは到底無理だと思われたが、それでも2人は必死に探した。


「佐川さん。やっぱり無理ですよ。応援が来ないと・・・」

「高島署や湖上署の捜査員が来るまでまだ時間がかかる。少しでも早く見つけないとまた人が殺されるのかもしれないんだ!」


 無茶なことをしているのは佐川にもわかっていた。しかしこうでもしなければ焦る気持ちを落ち着かせられないのだ。


「そんなあ・・・」


 梅原刑事はまた泣き言を言おうとしたが。その時、足元の地面に4,5人の足跡が見えた。それは木をかけ分けて奥に進んでいた。


「佐川さん! ここです! 足跡がありました!」


 その声に佐川刑事はすぐに走って来た。


「確かにそうだ。でかした!」

「では応援を待って突入しましょう。湖上署に連絡を取ります。そろそろこの付近に到着していると思いますから」

「頼む。でも待ってはいられない。梅原はここで荒木警部たちを待っていてくれ。俺は中を見てくる」


 佐川刑事の言葉に梅原刑事は驚いた。


「いくら何でも一人では無茶です。相手は拳銃を持っているのですよ。僕も行きます」

「いや、梅原はここにいて荒木警部たちを誘導してくれ。この場所はわかりにくいからな。俺なら大丈夫だ。じゃあ、頼むぞ」


 佐川刑事は止める梅原刑事を振り切って奥に入って行った。さすがに一人では危険だということは佐川刑事にはわかっていたが、早くしなければあの4人の命が危ない気がしたのだ。

 足跡はずっと奥に進んでいた。ところどころ通るときにかき分けた後の小枝が折られており、その折れ口からついさっき折られたようだった。この先に山形警部補たちがいるのには間違いはない。


「間に合ってくれ・・・」


 木の間をかき分けて進む佐川刑事は祈るような気持だった。


 ◇


 山の奥で、「ザッ! ザッ! ザッ!」と土を掘る音が響いていた。大きな桜の木の下にすでにもう大きな穴が掘られていた。清彦と和也と正樹、そして若菜がスコップを使って穴を掘り続けていた。響子はあの時と同じようにただそれをじっと見ているだけだった。

 やがて、「カタン!」と正樹のスコップが硬いものに当たった。


「あっ! 何か当たった!」

「出たのね! そこなのね!」


 響子がのぞきこんだ。正樹がさらに掘っていくとカバンが出て来た。


「ここのようね。 どいて!」


 4人は穴の上に上がった。替わって響子が穴に下りた。彼女はその周囲をスコップで掘り始めた。我を忘れて夢中になっている響子に4人はあっけに取られて見ていた。しばらくすると響子は何か手ごたえを感じたようだ。後は手で土をかきだした。


「あった。あったわ」


 響子は土に中から何かを持ち上げた。それは白骨化した頭蓋骨だった。


「きゃあ!」


 若菜が悲鳴を上げた。清彦と和也と正樹は声も出せずに固まっていた。響子はそれに構わず穴から出ると、その頭蓋骨の土を懸命に払いのけていた。不気味な笑顔を浮かべながら・・・。その姿は尋常なものではなかった。その姿を見て4人は、


(響子先輩は普通じゃない、多分、おかしくなっている・・・)


 と感じていた。そして同時に思った。


(この場所にいたらこっちまでおかしくなる。それに・・・)


 このままではどんな目に合わされるかわかったものではない。今なら響子先輩が頭蓋骨に夢中になっている。その間にと・・・。


「逃げよう・・・」


 正樹がこっそりと小さな声で3人に言った。3人も小さくうなずいた。4人は響子に気付かれないように静かに元来た道を戻ろうとした。


「どこに行くの!」


 響子の声が響いた。気づかれてしまったのだ。4人は振り返った。すると響子は右手で拳銃を構えていた。


「逃がさないわよ」

「撃たないで」「助けて」「言うことを聞くから」


 驚いた4人は両手を上げた。現役の警察官とはいえ、まさか響子が拳銃を向けてくるとは思わなかったのだ。


「じゃあ、こっちに来なさい!」


 4人は恐怖を感じながら穴の近くに戻った。


「さあ、ちゃんと掘ってすべての骨を拾うのよ!」


 響子は右手の拳銃の筒先で合図した。彼女の左腕には頭蓋骨がしっかりと抱えられている。


(もう逃げられない・・・)


 4人はあきらめてまた掘り始めた。響子はそれに安心したのか、拳銃を下げた。掘っているとあちこちから骨が出てきた。それを恐る恐る手で拾って穴のそばに置いた。穴の周囲に骨が積みあがっていた。


「さあ、若菜は穴から出て、骨を袋に詰めていきなさい」


 響子の命令に逆らうこともできず、若菜は気味悪そうにして袋に骨を入れて行った。4人は恐ろしいことをしていると認識していたが、過去に犯した犯罪を隠ぺいするにはこうでもしなければならないとも思い始めていた。響子は相変わらず、微笑を浮かべて彼らを眺めていた。

 しばらくしてようやく骨をすべて回収できたようだった。もう辺りを掘っても骨は出てこなかった。


「もう何も出てきません。これですべてのようです」


 清彦が言った。しかし響子は首を横に振った。


「いえ、まだまだよ。もっと大きく深く掘りなさい。私がいいと言うまで・・・」


 響子は作業を止めさせなかった。4人はため息をつきながらも掘り続けた。彼らには響子の考えがわからなかった。骨を回収して早く別の場所に隠したらいいのに、なぜもっと掘らねばならないのかと・・・。

 それからしばらく掘ってから和也が聞いた。穴はかなり大きくなっている。


「響子先輩。もういいでしょう。これだけ掘ったら。もう何も出てきませんよ」

「いいえ、もっともっと。大きく掘るの。しっかり頑張ってね」


 響子は微笑を浮かべて優しくそう言った。その不気味さに嫌とは言えず、4人はまた掘り始めた。もう何も考えられず、ただひたすら大きく深く・・・。

 そうしているうちにそれはかなり大きな穴となった。11年前に掘った穴の2倍くらい大きく深いものが・・・。すると響子が言った。


「もういいわ。ご苦労さん」


 その言葉に4人は掘るのを止めた。あまりにも夢中で掘っていたから疲れてその場に座り込んだ。みな「ゼイゼイ」と肩で息をしていた。


「じゃあ、行きましょうか」


 正樹がスコップを穴の外に放り出し、穴から出ようとした。すると響子が言った。


「あなたたちは穴から出なくてもいいわ」


 その言葉に4人は固まった。この大きな穴・・・こんなものを掘らせたのはまさか・・・


「みんな、死ぬのよ」


 上から響子は拳銃を構えて狙いをつけた。4人は穴の底で恐怖で声も出せず、顔を引きつらせて震えていた。

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