第28話 思い違い
佐川刑事はジープで湖上を走っていた。湖岸の満開の桜が風で揺れ、花びらを散らす姿を横目で見ながら思っていた。
(山形警部補は過去に起こした事件の発覚を恐れていた。しかし表沙汰になりそうなので、軽音楽部のOBを口封じに殺して、事件の隠ぺいを図っているのかもしれない。そうなると残りの4人が心配だ。彼女が呼び寄せているのかもしれないのだから。とにかく4人を無事に助け出さねばならない)
彼は思い返していた。山形警部補を犯人だとすると、今回の連続殺人の説明がつきそうではあった。だが何か腑に落ちないものがあった。
(11年前の事件の隠蔽? しかし連続殺人をするほどそれが明るみに出てしまった・・・それを山形警部補にはわかっているはず・・・)
考えてみるとその点が大きな疑問だった。なぜそんなことをすることになったのか・・・佐川刑事は山形警部補の行動を思い返してみた。
出会ったのは彼女が香島に襲われて首を絞められて失神して、桜の木に手錠でつながれていた。それから琵琶湖疎水の殺人現場に行った。それから大津署で事情聴取を受けて湖上署に来た。そこで彦根の殺人の連絡が来て現場に向かった・・・
佐川刑事には彼女が湖国に乗船した時の新鮮な驚きようを覚えていた。
(「うみのこ」の話を感心していたな。そりゃ、滋賀県しかないからな・・・)
そう思い返した時にまた大きな疑問にぶつかった。
(確か山形警部補は高校までは滋賀県にいた。「うみのこ」にも乗船していたはず・・・。滋賀県出身ということを知られないためか・・・それにしては自然なリアクションだった。もし演技だとしたら女優並みだな・・・)
そして捜査会議のことも思い出した。彼女に捜査資料を読みにくそうにしていた。コンタクトがずれたとかで慣れてないとも言った。山形警部補は目が悪いに違いない。だが彼女が眼鏡を使っていたのを見たことはない。
(普段は眼鏡を使っているのだろう。持ってくるのを忘れたのか?)
そして捜査のことも気になった。
(堀野が言っていたが、実際の捜査についてはあまり・・・と言っていた。拳銃の使い方も知らなかった・・・静岡県警の捜査1課で凶悪犯を相手にするのに、そんなことがあるのだろうか?)
思い返してみると、山形警部補に対して佐川刑事は時々、違和感を覚えていた。彼の持っていたエリートの警察官のイメージとは違うと・・・、
(一体、彼女は・・・)
そう思った時。日輝高校の卒業アルバムの写真を思い出した。そこに写っていた当時の平塚響子の顔は誰かに似ていた・・・それは・・・)
佐川刑事ははっと思い出した。そして自分がとんでもない思い違いをしていることに気付いた。
(もしそうなら・・・彼女は・・・)
「これはまずい!」
佐川刑事は思わず声に出していた。それに驚いた梅原刑事が問うた。
「どうしたんです? 何がまずいんですか?」
「大変な思い違いをしているかもしれない。湖上署の荒木警部に連絡を取ってくれ!」
「はい。わかりました」
いきなりのことで梅原刑事は怪訝な顔をしていたが、すぐに無線で湖上署を呼び出していた。佐川刑事ははやる気持ちを抑えながら、
(とにかく4人の命が危ないのは確かだ。急がねば・・・)
佐川刑事は目一杯のスピードでジープを走らせていた。びわ湖バレイまであと少しだった。
◇
湖国は大津港を出港してびわ湖バレイに向かっていた。その船にある湖上署の取調室では香島良一に対する取り調べが行われていた。湖国がスピードを上げているためか、船内はかなり揺れていた。ガタガタと音が鳴り、それが取締室まで響いていた。その中で良一は
「俺がやったんだ! みんな俺が殺したんだ!」
と言ったきり黙秘を続けていた。動機や犯行の状況については何も話そうとしない。岡本刑事が何を質問してもうつむいたきりで何も答えなかった。それは昨日から同じだった。
荒木警部と藤木刑事は横の部屋でマジックミラー越しに良一をじっと見ていた。
「これは手ごわそうですね。なかなか話そうとしない」
「いや、そうではないのかもしれない。考えてみると、すべての犯行を香島単独で行うのは無理がある」
荒木警部は佐川刑事が言ったように、山形警部補がこの犯行に関わっているとにらんでいた。しかし良一が彼女をかばう理由が見当たらない。
(あの様子では他の誰かをかばっているとしか見えないのだが・・・)
荒木警部はマジックミラー越しに良一をじっと見ていた。藤木刑事がため息をついて言った。
「警部。このままではらちがあきませんね。香島が何もしゃべらないうちに時間切れで、捜査本部に引き渡すしかないのですかね」
「いや、待て。俺が取り調べる。香島は何かを隠している。香島は他の誰かのために捕まった。本当のことを言ったら、彼が守ろうとする人に捜査の手が及ぶからだ」
荒木警部はそう言うと、自ら隣の取調室に入った。そして良一の前の机を両手でバンと叩き
「香島。お前は誰かをかばっているな。」
と単刀直入に言った。その言葉に良一はビクッと反応した。
「お前は少なくともすべての殺人を行うことができない。いや、すべての殺人の犯人はお前ではない。お前が具体的なことを話せないのは、犯行時の状況がわからないからだ!」
「いや、俺だ! 俺がやったんだ!」
荒木警部の言葉に反応して、良一は感情的になって声を上げた。だがそれが嘘であることは誰の目にも明らかだった。
「いや、お前は誰かを守るため、嘘をついている。お前に殺人はできない。その人はお前にとって大事な人だ。そうだろう?」
「・・・」
また良一は口をつぐんだ。荒木警部に言い当てられ、何も言えなくなってしまった。荒木警部は良一の心の中を見透かしていた。
「香島。お前の気持ちはよくわかる。大事な人をかばおうとする気持ちが・・・。だがそれが本当に守ることになるのか? このまま放っておくと、もっと罪を重ねることになる。もし犯人がそれを望んでも、それをしたところで心は救われない。もっと深い悲しみと後悔を背負わせることになるんだ。それでもいいのか?」
荒木警部の言葉に良一は目に涙をためていた。
「さあ、話してくれ! お前の知っていることを。本当の犯人は誰なんだ?」
荒木警部は良一の目をじっと見た。だが良一はぎりぎりのところで踏みとどまっていた。彼にはその人の名をどうしてもいうことができないのだ。荒木警部は待ち続けた。取調室に重い沈黙の時間が流れた。
その時、取調室がノックされ、藤木刑事が入って来た。
「警部。佐川さんから無線連絡です。緊急だそうです。」
そう言われて荒木警部は良一から目線を外して、取調室の外に出た。そして船内電話に切り替えて佐川刑事からの無線を受けた。
「荒木だ。急にどうした? 山形警部補を見つけたのか?」
「いえ、そうではありません。我々は思い違いをしていたのです。山形警部補のことで」
「それはどういうことだ?」
「それは・・・」
佐川刑事の無線連絡は荒木警部を驚かせていた。
「なに! ・・・いや、そうだったのか・・・それで謎が解けた・・・」
荒木警部はおおきくうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます