第3章 花蕾編
第19話 日輝高校軽音楽部
連続殺人事件の容疑者の香島良一は湖上署の捜査員によって逮捕された。この事件の発端は11年前の日輝高校軽音楽部にあった。あの日の出来事が長い年月を経てこのような結果になったのだ。
それは彼らからしたら遠い昔の忘れかけた出来事だった。だが完全に記憶から消せない、頭の底に刻まれていることでもあるのだ。時は11年前にさかのぼる・・・。
甲賀の山々が桜の花でピンクに染まりつつあった。そんなのどかな春の風景が今年も訪れようとしていた。この地に日輝高校は古くからあり、四季の移り変わりとともに長い歴史を刻んできた。今は3年生が卒業して新しい1年生を迎える時期だった。新学期を前にして教室はがらんとしていたが、部活動の練習をする生徒たちで校庭や体育館などでは生徒の若さみなぎる声が響き渡っていた。
それらとは隔絶して活動する部が、校庭の片隅の防音室のあるプレハブにあった。ここが軽音楽部の部室だった。先輩たちが卒業していき、今は新3年生と新2年生の20人ほどがそこで練習をしていた。彼らはエレキギターやベース、そしてドラムなど大きな音を響かせる。まだまだ下手で音は無茶苦茶だった。耳を塞ぎたくなるような騒音に包まれてはいたが、それぞれが一生懸命に取り組んでいた。
「ちょっと今、間違えたでしょう」
「そうか? 気が付かなかった」
「しっかりしてよ! コンサートが近いんだから」
春休みでも彼らは朝から学校に来て練習していた。5月に行われる軽音楽部のコンサートが迫っていたからだ。これは年4回ある軽音楽部のイベントの一つだ。この部では数人のメンバーで一つのバンドを作って曲を披露する。だからメンバーの一人でも休んでしまうと練習に差しさわりがある。しかし今日はうまくメンバーを配置してスムーズに練習を進めることができた。
そこを仕切っているのは部長の平塚響子だった。顧問の藤宮先生はたまに部に顔を出すだけで指導するわけではなかった。ただ形だけ顧問を引き受けているだけで、練習やコンサートのことなど実際のことはすべて部長と部員が行っていた。彼女が去年、この部の部長になってから何もかもが順調だった。今日のそれぞれのバンドの演奏に彼女は微笑みながら見守っていた。彼女には少しずつだがみんなの演奏がうまくなっているような気がしていた。
(私も練習しなきゃ)
響子の担当はギター兼ボーカルだった。長良渡、立川みどり、村田葵、そして青山翔太とバンドを組んでいた。このバンドがまだまともに演奏ができた。この部ではトップというところだろう。
このバンドのボーカルになるというのは、少し前には彼女には難しいように思われた。彼女よりも歌がうまい者がいたからだ。それは同学年の日比野舞子だった。天性の声というのか・・・とにかく彼女の歌声はみんなを引き付けた。いくら響子が練習を積もうが舞子にかなわなかった。舞子はトップバンドのボーカルとして輝くはずであったし、部長にもなれるかもしれなかった。そんな舞子を響子はいつしか妬むようになってしまった。
しかしそれはあることをきっかけにして立場が逆転した。急に舞子はボーカルを辞退してサブギターの担当になった。それも下手なバンドの・・・。そして代わって響子がトップバンドのボーカル担当となった。その時から響子は舞子を目の敵にでもするかのようにつらく当たり始めた。
最初はからかうだけだったが、それがエスカレートしてパシリをさせたり、荷物持ちにしたり、罰といって一人で後片づけをさせたこともあった。舞子が反抗的な態度を見せようなら、彼女をひっぱたくこともあった。
当初はかわいそうに思う部員もいたが、去年の秋に響子が部長になってこの部を取り仕切るようになると、彼女に何も言うこともできず誰も逆らえなかった。それが次第に甚だしくなり、最近はまるで舞子は響子の奴隷のようになり、部員たちも自然と響子に追随して舞子につらく当たるようになった。
響子は練習のために譜面を・・・・と思ったが、いつものように舞子に準備させようとしたが見渡してもどこにもいない。
「舞子は? どこにいるの?」
舞子が今日も練習に来ていないのだ。
「さあ?」「知らないな?」「サボりだよ!」
「もう! 舞子ったら!」
響子は部員の答えに苛ついたように声を漏らした。そして彼女はこう思った。
(またサボり癖がついたのね。部活だけは来させてやるわ!)
いじめが激しくなり、舞子は次第に部活から遠ざかり、学校も休みがちになった。それでも響子は電話で高圧的に呼び出して、無理にでも部活に来させていた。そして春休みの練習も来るように命じたが、また逃げたようだ。雑用をする舞子がいないと何かと不便だし、ストレスの発散するところもない・・・響子はそんな風に思っていた。
「まあ、いいわ。この埋め合わせはしてもらうわ!」
響子は陰険な笑いを浮かべた。もっといじめてやろうと・・・。
それからしばらく練習が続き、やがて一休みとなった。
「まあ、うまく仕上がってきている」
響子が満足げにそうつぶやいた。休憩中はペットボトルのお茶を飲み、楽しくしゃべっていた。その時、響子はふと思いついた。
「そういえばみんなでお花見に行かない? 去年も先輩たちと行ったでしょう」
「ああ、そうだった」
「毎年、行っているんじゃないかな。この部で」
「行こうよ!」
「俺も行くぜ!」
響子のバンドのメンバーは参加するようだ。
「じゃあ、そうしよう」
響子は立ち上がると、
「はい、みんな聞いて。話があります!」
両手を叩いて、雑談しているみんなの注意を向けさせた。
そこにいた部員たちは話すのをやめて響子の方を見た。
「ちょっといい? 今年も花見会をしたいと思います」
「わーい! やったー!」
「賛成!」
響子の言葉にみんなが手を叩いた。後は場所だ。滋賀県は桜の名所が多くある。今年はどこに行くのだと・・・。それについて真っ先に青山翔太が尋ねた。
「どこに行くんだ?」
響子には心づもりがあった。最近よく取り上げられているお花見のスポット、それは・・・。
「びわ湖バレイはどう? いいでしょう? 4月6日はどう?」
「いいですね」
「俺、行けますよ」
「行く! 行く!」
響子の問いかけにみんなのうれしそうな返事が返ってきた。
「じゃあ、いいわね。4月6日よ。朝8時半に甲賀駅に集合」
「はーい」
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