第18話 容疑者逮捕

 次の日から湖上署捜査課を上げて山形警部補を監視した。彼女は瀬田川近くの家々を捜査1課の捜査員に交じり、聞き込みを続けていた。何だか、ぎこちなかったが、それは懸命に犯人を捕まえようとする姿に見えた。佐川は直接、彼女に11年前のことを尋ねたい衝動に襲われていた。今の彼女なら正直に答えてくれそうに思えたからだ。だがそれは固く止められていた。

 今の状況からは山形警部補に襲い掛かれるような場面はなく、香島は現れそうになかった。だがどこかで香川は狙っているはずだった。彼女が行動する瀬田川沿いも多くの桜がきれいに咲いており、華麗に花びらを散らしていた。舞台は出来上がっていた。


(今度、襲われたら、また棒で頭を割られて殺されるだろう・・・今度? そういえば三井寺では、なぜ山形警部補は殺されなかったんだ? 本来なら彼女が第3の被害者になるはずだった。それがなぜ? もしかしたら香島は平塚響子が山形警部補と気付いていなかったのか?)


 ふとそんな疑問が頭をもたげた時、ふいに山形警部補が走り出した。

(追え! 追うんだ!)遠くで見張っている荒木警部が手でそう合図した。佐川は彼女を追いかけて走り出した。その後ろから岡本や藤木も走った。


(何があったんだ?)


 佐川には彼女に何が起こったのかがわからなかった。監視に気付いて佐川たちをまこうとでもしているのか、それとも何かを見つけたのか・・・。もしかして香島かいたのか・・・。

 しばらく走り続けると少し小高い丘で山形警部補が立ち止まっていた。佐川は木陰に姿を隠して様子をうかがった。するとその前に男が姿を現した。それは手配写真で見た香島良一だった。香島は山形警部補に近づき、何やら話しかけていた。手には凶器になる棒を持っていないが、佐川は彼女が襲われるのではないかと思った。


「警察だ! 香島! 動くな!」


 佐川はその場に飛び出し、両手を広げて大声を上げた。香島は驚いて佐川の方を見た。その顔は復讐に燃えた恐ろしい顔・・・ではなかった。何かに困惑した顔だった。そして彼は慌てて走って逃げて行った。


「待て!」


 佐川は大声を上げて追いかけながら、横眼で山形警部補の方をちらっと見た。彼女は恐怖を顔に出さず、ただ冷静に状況を観察しているようだった。

 香島は湖岸の方に逃げた。しかしそこは岡本と藤木が先回りしていた。逃げ場がなくなった香島は悲鳴のような声を上げて佐川に向かって来た。佐川は香島の体を抑え、そのまま投げ落とした。そしてその右手を取った。


「香島良一。殺人の容疑で逮捕する。」


 佐川は香島の右手に手錠をかけた。香島はその手錠をかけられた手を驚いた顔で見つめていたが、やがて顔を伏せてうなだれた。その光景を遠くから山形警部補が見つめていた。


「少し頼む。」


 佐川は香島を立たせて、その身柄を藤木に渡した。そしてゆっくりと山形警部補の方に向かった。彼女はじっと佐川を見ていた。


「お怪我はありませんか?」


 佐川は山形警部補に声をかけた。だがそれはいたわりなどない、形だけのものだった。


「どうして私に何も言わなかったのですか? まるで私をおとりに・・・」


 彼女の言葉はまるで佐川を非難するかのようだった。佐川は冷ややかに言った。


「山形さん。あなたは隠していた。あなたも日輝高校の卒業生、いや、あの軽音部のOBだ。ここまで言ったらあなたもわかるはずだ。」


 その言葉に山形警部補は明らかに動揺していた。私から視線を外してうつむいてしまった。


「残念です。あなたたちが過去に起こしたことがこんなことになったのです。その罪を償う必要があります。」


 彼女は肩を細かく振るわせていた。何もかも発覚したと悟ったのだろう。


「明日、湖上署にいらしてください。あなたを事情聴取します。それだけ時間があれば頭を整理できるでしょう。こちらに来たら、もう外には出れないと思いますから残務処理をしておいてください。」


 すぐには山形警部補を連行したくなかった。ともに犯人を追った身としては・・・。彼女は小さくうなずいた。佐川は話しを続けた。


「正直に11年前に何が起きたか…それを話していただきます。警察官ならそのプライドにかけて、ふさわしい態度を取っていただきたく思います。」


 山形警部補はうつむいたまま、それに答えなかった。だが佐川は彼女がきっとそうしてくれると信じていた。

 

 これで事件は解決した。だが不可解な点がまだまだ多く、不確かなことも多い。これから真実を解明していかねばならない。それに11年前には想像するに悲惨な事件が起こった可能性がある。それを暴いていくのは気が重かった。

 なぜか佐川にはまだ事件が終わっていない予感がしていた。香島を逮捕したというのに・・・。とにかく今は何より後味の悪さが残っていた。


 第2章 満開編 終わり


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