第2話「赤い目」パート1「新しい仕事」

「さくせんかーいぎ!かいしぃ~!!いぇーいどんどんパフパフー!」

 ある日の朝、現在の拠点、老夫婦が営む古宿「けむり荘」にてテンション高めに宣言するアイニィ。ラカカ村での畑を荒らす魔物と獣の数を減らす依頼が完了して少し経っていた。その間にもいくらか魔物退治の仕事を続けている。

 バーグは大きく音を立てない程度に拍手などしている。シロ、クロも主であるバーグに続く。

 実を言えば吸血鬼であるアイニィは朝が苦手なはずである。しかしご安心されたい。アイニィは実力の伴った吸血鬼。吸血鬼がコウモリや霧に姿を変えられるのは、吸血鬼が自らの身体を変質させる能力に秀でているからである。その能力の応用でアイニィは人間寄り、魔族寄り、吸血鬼寄り、などに自らの身体、そしてその性質を変化させることができる。

 アイニィが吸血鬼になった時、一番初めに始めた研究が自らの身体についてであり、その制限制約や得意不得意の把握であった。理想的なのは万能な体を変質によって手に入れることだ。その研究の成果として人間、魔族、吸血鬼の3種の異なる性質の良いとこどりにかなり成功していた。今朝のように朝っぱらから無理もせずテンション高めに過ごすことや、直射日光の下普通に生活したり、魔族のように潤沢な魔力で魔術を行使することが可能である。血液以外のものを生きる糧にしているのも研究の成果の一つ。

 まあ、そのような話はさておき。

「おじいちゃんおばあちゃんには悪いけど、あたしはやっぱり、猫とサカナ亭に住みた~い!」

 「けむり荘」は古宿だが掃除も行き届いているし、飯も美味しく、営む老夫婦は優しく、何より経済的にリーズナブルな費用対効果の高い宿である。そして「猫とサカナ亭」はというと、豪華というほどではないが広めの綺麗で良い部屋、ふかふかのベッド、お値段もそれなりに手ごろな街一番の美味い飯、快活で人柄の良い大将夫婦。

 つまり、「けむり荘」も良い宿なのだが、「猫とサカナ亭」はそれをひと回り上回る良い宿なのだ。ただ料金、これだけはさすがに「猫とサカナ亭」の方が高くなっている。

「そう、問題はお金!お金なのだ~!…だ・か・ら!そろそろ次のお仕事を始めようと思う!」

「「おおぉぉ~。」」

 感嘆の声とより一層の拍手である。アイニィはそれを手で制しつつ。

「魔物退治もいいんだけど、あたしはちょっと気になる仕事があってさっ。…おつかい!手紙とか物の運搬とかどうだろうか!」

「ふむ、魔物退治なんて魔界でいつもやってる事ですし、実力を出しすぎないようにする必要もありますものね。ここでひとつ、種類の違うお仕事に挑戦というわけですか…ええ、よろしいと思いますわ。」

「うん、駆け出しのあたしたちにも合ってると思うし。決まりでいい?シロ兄クロ兄?」

「異論はありません。我々は決定に従います。」

「おっけー!ありがとうみんな!さっそく準備してギルドに行こう!」


 運搬の仕事というのは郵便のように物を運ぶ仕事で、よくあるのはお急ぎ便。郵便配達では遅すぎる!今すぐ届けて欲しい!という依頼は実は結構ある。届ける物が重要な物で何者かに狙われているような場合も冒険者に依頼されることが多い。なんだかんだで冒険者の仕事としての運搬というのは依頼数も多く、決して珍しい仕事ではないのだ。運搬専門の「運び屋」として生計を立てる冒険者もいるほどだ。

 特にここキルトアという街は冒険者の利用が活発な街で、冒険者への信頼もあるため運搬の仕事も多い。

「ギルドのおねーさん、運搬で駆け出しにできる依頼はありますか!」

 アイニィはギルドに着くなり駆け出して、待ちきれないといった様子で受付のお姉さんに尋ねた。

「アイニィさんですね、そうですねぇ…いくつかありますけど、どのような依頼がいいですか?」

「運搬は初めてなので、簡単なやつ!」

「初めてですと…壊れやすいものの小包と、絶対に渡してほしい手紙、どちらがいいですか?」

「じゃあ…手紙!手紙で!」

「クロワさんたちも、この依頼でよろしいですか?」

「はい、それでお願いします。」

「承りました。こちらの書類にサインをお願いします。」


「ここが依頼者のおうちだね!じゃ、クロ兄ノックして!あたしじゃダメだろうから!」

「わかったわかった。」

 クロがお兄さんの演技をしながらノックをすると若い男性がドアを開けて迎えてくれた。お互いの名前を確認すると、依頼者で間違いないようだ。

「待ってたよ。早速ですまないけど、この手紙を5番街にあるパッシオーネという酒場の金髪のウェイトレス、イザベラに渡してほしいんだ。一応言っておくけど、中身は見ないでくれよ。頼んだからな。」

「はい、必ず届けます。」

「それじゃ、届いた確認が取れたらギルドに報酬を送っておくから。くれぐれも中身は見ないで、絶対に彼女に、直接手渡してくれよ。」

 早速5番街へ向かい少し歩き回って酒場を探し当て、ウェイトレスに名前を聞いた。

「私がイザベラだけど?何の用?仕事中だから手短にお願いね。」

「手紙を預かっています。こちらです。」

「あらわざわざありがとう…あーこの字はジョナサンね。あなたたち、何か食べてく?お姉さん少しくらいなら奢ってあげてもいいけど?」

「じゃあ、アループパイ!アループパイが食べたい!」

「あらあなた、隠しメニューなのによく知ってるわね!でもそうね、ちょっと高いから奢るのは代金の半分ね。4人もいるし。」

「クロ兄…。」

 目をウルウルキラキラさせてクロに表情で懇願するアイニィ。

「そうだな…歩いて小腹も空いたし、食べていこう。」

「わーい!アループパイ、アループパイ!」

「まったくアイニィったら。」

(御主人様ったら…はしゃいじゃって可愛いんだから!!!!あの表情は密かに魔法で写し取ったし後で紙に転写して御主人様アルバムに入れておこうっと)

 酒場の隠しメニューだったアループパイはラカカ村のジーンの店のものとは形も味も違っていて、でも美味しくて、アイニィは頬にアループジャムをくっつけるくらい夢中で食べ、それはそれは満足そうに、幸せそうに、

「とってもおいしいね!」

 とバーグに満面の笑顔を向けていた。

(ああ…最っ高の笑顔だわ…!!!!本日二十枚目の御主人様スマイルね!!パク…あらこれはこれで確かに…美味しい…!)

「本当に美味しいですわ。」

 美しい礼儀作法の所作でたおやかに言うバーグ。

「ありがとう。そういえばジョナサン、この手紙のことは何かあなたたちに言ってた?」

「いえ、何も。中身は見るなと、あと絶対にあなたに直接手渡してほしいと。それだけです。」

「なるほどね…じゃあ私も何も言わないでおくわね。届けてくれてありがとう。ジョナサンには連絡しておくから、報酬もちゃんと出るはずよ。」

「じゃあ、俺たちはこれで。アループパイ、本当に美味しかったです。ごちそうさまでした。これ代金です。」

「ありがとう、おねーさん!」

「アループパイ、また食べたくなったらおいでね。じゃあね!」

 冒険者は依頼者の事情には深く干渉しない。これは冒険者の暗黙のルールのようなもので、この手紙について、その中身や事情について最後までアイニィたちは一切関与しなかった。

 その後もいくつか運搬の依頼をこなし、少しお金ができた。

 けむり荘に戻り一休み。アイニィは少し気になっていた事があったので皆に相談してみる事にした。

「あのぉ~みんなー…ちょっといい?このお金で、装備買わない?」

「装備、ですか…?私は使い慣れた武具以外は使いたくないのですが…。」

「うーん例えばさ~…シロとクロに軽装でも鎧着せるとか、僕はショートソードとか…バーグはまぁ、シーフだし格好だけでもいいからナイフ持っておくとか…した方が良くない?」

「む、なるほど…そうかもですね。それは、悪くない…ですわ。」

「やった!じゃあ決まりね!さっそく、武具屋にレッツゴー!」

 はい、やってきました武具店。ムキムキの店主が武具の手入れをしながら人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい。今日は何をお探しでしょう?」

「そうだねー、探してるものはあるんだけど、その前にぐるっとお店見て回ってもいいー?」

「ええ、どうぞどうぞ、ごゆっくり。」

 冒険者の多い街だけあってこの武具店も手入れが行き届いており、物も良さそうだった。品揃えも幅広く、色んな職業の客層に対応しているようだ。始めは興味なさげに見ていたバーグだが、次第に視線に熱が入りだし、今では手に取って色々な角度から眺めては「ほう」だの「うん」だのと言いながら熱心に見入っている。

 バーグは使い慣れた武具しか使わない。それは単純にそれが一番戦闘力が高まるからだ。しかし使える武具が極端に少ないわけではない。むしろほぼありとあらゆる武具に精通した使い手なのである。それ故に武具の目利きもできる。有事の際、手元に使い慣れた武具がなかろうとも全身全てを武器とした体術はもちろん、その辺の小物を始めとしたあらゆるものを一時の武器として使う技術と臨機応変さもある。魔術を使わない戦闘術において、アイニィは未だにバーグの右に出る者を知らない。アイニィ自身は自分のスタイルで戦いながらもバーグに師事して魔術を使わない戦い方を教わっている。魔術込みの戦闘では引き出しの差でアイニィには敵わないだろう、とはバーグ本人の談である。

「御主人様!見てください!こ、これは…ト、ト、トンファー…ではないですか!?」

「とんふぁー?ってなに?」

「知りませんか、それも致し方ないでしょう…しかしこれは攻防優れた優秀な武具なのです。物も良いです、素晴らしいっ!」

 つい素が出てしまったが店主は店の奥に引っ込んでおり、状況が安全であることを分かった上でのやり取りである。

 ぐるっと一通り店を一周し終えたので、戻ってきていた店主に希望を伝えることにした。

「店主さん、軽い鎧2着と、手頃なショートソードはありますかー?」

「ふむ、ではまず鎧の方から。お客さんの体型ですと、この肩鎧と胸当て一体の皮鎧などいかがでしょう?皮は軽量で値段も安めです。もう少し防御力があった方がよろしいでしょうか?」

「いや、そうだねー…これでいいよ、うん。どう思う?クロ兄シロ兄?」

「いいんじゃないか。鎧そのものにあまり慣れてないし、今は軽くて安い方が助かるだろ。なあ、シロナ?」

 シロナも無言でこくこく頷いている。

「では鎧がこちら2着。ショートソードは…失礼ですが、どなたがお使いになるものですか?」

「あたしあたし!」

「お嬢さんですね、そうすると…こちらの物が比較的軽量で使い勝手が良いと思われます。長さも短めでその分軽量ですので、うちにある実用的なショートソードの中では最も使いやすい部類に入ります。」

「どれどれ、ちょっと持たせて?うーむ、ちょっと短いけどこんなもんかぁ…うん、これでいいと思う。あ、ちょっと長めなのも持ってみていい?」

「そうですか、では一般的な長さのものを持ってきましょう。…これはお嬢さんには重すぎると思いますが、どうですか?」

「ふむ、うーんそうか…そうだね、うんやっぱり最初ので。」

「かしこまりました。お会計は…。」

「あ、ちょっと待って。この店にある戦闘用ナイフで一番良いものを見せていただけないかしら?」

「はい、少々お待ちを。」

「ちょ、ちょっとバーグ、そんなにお金ないからね?」

「見るだけ見ておきたいのよ。買うのは手頃なので我慢してあげる。」

 店主は鮮やかに眩しくキラリと光るナイフを持ってきた。これは中々の逸品だ。

「こちらが当店一番の戦闘用ナイフになります。使用者の魔力を少しずつ消費してしまいますが刃こぼれは一切しません。刃の鋭さが落ちることもなく、魔力を帯びるので死霊系やアンデッドにも有効なナイフです。お値段は張りますが、当店自慢の逸品です。」

「これは…確かに素晴らしいナイフですわ。流石に…買えませんけど。見せてくれてありがとうございました。ナイフはこっちの2本、このトンファーも2本下さいな。」

「ナイフとトンファー2本ずつ!?ナイフは両手で…ま、まあいいか。かっこいいし!」

「2本ずつで…かしこまりました。お会計はしめて620ニマーですが、今回はサービスで500ニマーにおまけさせていただきます。」

「え、いいのー!?ありがとう店主さん!」

「いえいえ。こちらお買い上げの品です。皆様のご武運をお祈りし、またのご来店を心よりお待ちしております。」

 少々奮発してしまったが、良い買い物ができたと思う。それにしても。

「あの店主さん、ワタクシたちなんて子供みたいに見えそうなものなのに、何も言わずに売ってくれたわね。」

「しかもおまけまでしてくれて、良いお店だったねー。」

「これはごひいきにするしかないわね。」

「そうかもね!うふふ。…お金は少し減っちゃったから、また何か仕事探さないとね。」

「そうね、帰りにギルドによって少し仕事探してみましょ?」

「さんせーい。クロ兄シロ兄もいいよね?」

「もちろん。」

 シロも頷いている。

 

 アイニィたちがギルドに足を踏み入れるなり、待っていたらしいアッジスが声をかけた。ラカカ村で一緒に来てくれたベテラン冒険者で戦士の男だ。

「おう、クロワ君たち!どうだい調子の方は?」

「今のところ無事に仕事をこなせているので、順調…でしょうか。」

「それはなにより!無事が一番だからな。実は折り入って話があってな…頼みたい仕事があるんだ。」

「俺たちに仕事?…指名されて仕事を受けるのは初めてだ。」

「ラカカ村での手並みは見事だったからな。その腕を見込んで、護衛の依頼なんだが…どうだ?詳細を聞くか?」

「へぇーいいんじゃない?クロ兄。ちょうど仕事探しに来たわけだし。」

「そうだな、話を聞いてみよう。」

 一行は席について、話を聞くことにした。アッジスはおもむろに口を開く。

「実は、本当なら俺たちが受けてやりたい仕事なんだが、こっちにも事情があってな…。うちの娘が、少し厄介な病気にかかっちまった。医者はいる。薬もある。大丈夫だとは思うんだが、どうにも娘を家において仕事に出かける気にはならん。看病で何かとすることもあるし、な…。俺たちはパーティだ。戦士で一応はリーダーの俺が抜けて、シーフ、僧侶、魔法使いの3人だけでこの仕事ってわけにもいかない。そこで、クロワ君たちにお願いしたいってわけだ。護衛対象はラカカ村の馬車列一行。ラカカ村からキルトアにアループ等を売りに行って、売り上げと物資を持って村に帰る。その往復を主に盗賊どもから守ってもらいたい。必要なら、俺は行けないが他の3人を増援として連れて行ってもいい…どうだ?」

「そうですね…みんなはどう思う?」

 クロはさりげなくアイニィに判断を仰いだ。

「あたしはやってもいいと思う。盗賊相手はちょっと危険かもだけど、ラカカ村の役に立ちたいし。それに、あたしたち…強いし。」

 実際に盗賊に遅れをとることはないだろうが。

「盗賊が出ると決まったわけではないでしょうけど、一宿一飯の恩を返せるチャンスじゃない?」

「…俺は、相手が人間でも守るためなら戦える。」

「…決まりだな。俺もラカカ村は好きだし、役に立てるならやってみたい。増援はお願いする?」

「あたしは別にあたしたちだけでいいんじゃないかなーと思う。誰が何をどれだけできるか、わかってないと連携とりづらいし。」

「そうね、アイニィの言うことはよくわかるわ。」

「俺たちだけの方が気が楽…とは思う。」

「確かにな…よし、俺たちだけでやろう。」

「ありがとう…クロワ君、みんなも。それじゃ、更に詳しい話はギルドにお願いしてあるから、申し訳ないが俺はここらで失礼させてもらうよ…娘が心配だ。じゃあな、引き受けてくれて本当にありがとう。このお礼はいずれ必ず!」

「仕事を持って来てくださって、こちらこそありがとうございました!娘さん、早く良くなるといいですね。」


 護衛当日。ラカカ村から馬車列が出発する。以前アループパイや料理を振舞ってくれたジーンさんとも再会できた。

「やあ、クロワ君。畑の一軒以来だな。うちのアループも馬車の中、さ。護衛、よろしく頼むよ!」

「はい、しっかり守って見せます!」

 行きはよいよい…帰りは…。ラカカ村から出た馬車列は何事もなく順調に進み、キルトアに到着した。

「なあんだ、盗賊、ちっとも来なかったね!」

「そうだな…。」

 楽しそうに笑うアイニィも良くわかっていた。狙われるとすれば行きの積荷ではなく、帰りの売上金だ。

 

「みなさん、いつもアループを買ってくれる菓子店から差し入れをいただきました!みなさんもお茶にしませんか?」

 キルトアに着いても、その売上金を守り護衛を続けていたアイニィたちに声がかかる。

「なになに!差し入れなになになにー!?」

 アイニィが表情や身体全体で喜びを表しながら駆け寄ってくる。目がキラキラだ。

「見てください、もう準備万端です…差し入れは、アループのお茶とクッキーです!」

 既にセッティングされ湯気を立てるカップのお茶と日の光を受け優しく光をまとうクッキー。これは絶対美味しい。

「えぇーー!?おいしそー!!!アループってお茶にもなるのー!?」

「香りが良いですからね。美味しいですよー?」

「クロ兄シロ兄はやく!はやくはやく!いくよー!?」

 アイニィはすでに駆け出してお茶とクッキーに突進するかのような勢いだ。

「アイニィあまり埃を立てないで!お茶に入っちゃうでしょ?」

「あ、はーい…ぐふふ。クッキーあーん…おいしー!!お茶も…おいしーあんまり苦くなーい!!」

「もう…アイニィはしたないわよ、ちゃんと席について味わいなさいな。それにしても、ほんとに良い香りだこと。わざわざワタクシたちの分までありがとうございます。いただきますわ。」

(ぐふふ…御主人様可愛すぎる…ぐへへ…。)

 バーグが上品にクッキーを一口…。

「あら、本当に美味しいですわ。このクッキー、アループティーによく合っていますわね。」

「どれどれ…おおー美味い!シロナ、クッキーはお茶と一緒に楽しむとなお美味いぞ?」

「もぐ?ごくごく。」

ラカカ村に恩を返すつもりが、またごちそうになってしまったアイニィたちであった。無論護衛はちゃんとしているのだが。


「さて…今更だけど、人員の配置を見直しておこうと思う。今は先頭にあたし、バーグ、シロ兄で、最後尾にクロ兄って配置だけど、先頭にあたしとクロ兄、最後尾にシロ兄とバーグ、というのはどうかな?何かあった時、あたしとバーグがすぐに対応するには二手に分かれていた方がいいと思うんだよね。」

「そうですね…御主人様と離れるのは寂しいですけど、何が起こるかわからないということでしたら、その配置は妥当と私も思います。」

 人間界にアイニィたちに対し真に脅威となる存在は、基本的にいない。更に村の隊商の先頭と最後尾程度の距離はアイニィやバーグにとって無いに等しい距離である。魔術を行使し連絡も取れるほか、魔術が封じられても魔力の波動を使うなど交信できる。最悪何も使わずともある程度の距離なら互いに小声でのやりとりができる。小声でも、アイニィとバーグなら少なくとも数kmはやり取りできる距離であり、今回の距離なら普通に話すのと変わらない感覚で会話ができる。それでも何かが起こる可能性は常にあり、二人はそれに備えた行動をとっている。魔界で生きる術である。

「では、それで。準備完了ということで、報告してくるね。皆は配置についていて。」

「いってらっしゃいませ、御主人様。」

 ほどなくしてラカカ村へ向けて、馬車一行はキルトアを出発した。

 

 しばらくはのどかに馬車に揺られ、のほほんとした空気でラカカ村へ向かう一行だったが、道を塞ぐように武装したならず者の一団が待ち構えていた。数は、10人だ。

「…きたか。金目のものを全部置いていけ。そうすれば無事にこの道を通してやる。」

 アイニィとクロは互いに目配せし、アイニィはテレパスを使いバーグとも連絡を取る。テレパスとは声を出さず思念でやり取りする交信手段で、他者に悟られずにやり取りするのに便利な術である。バーグによれば後ろからは誰も現れていない。側面にも気配がないことから、先頭の10人で賊は全員なのだろう。少し数が多いが…。何かが起こり戦闘になった時、非戦闘員は自分の乗る馬車のカーテンを閉め決して外に出ず、じっと待つように知らせてある。クロの目配せで非戦闘員が中に入り馬車のカーテンが閉まるのを確認したアイニィたちは、ゆっくり馬車から降り賊の前に立ちはだかった。

「…まさかと思うが、護衛はお前ひとりか?情報では二人だったんだけどな。」

「ひとり…?おじさんの目はどうやら木の節の穴とおんなじみたいだね。いち、に。わかる?いち、に…だよ?」

「なに言ってんだこのガキ。ああ、護衛っていう言葉を知らないのか…まあいい。もう一度言うぞ。金目のものを全部置いていけ。」

「はあ、やれやれ。おじさんは言葉どころか数字がわからないんだね。きっとこれまでの人生、苦労続きだったんだねぇ…。」

 アイニィは賊に成り下がった者達について、その境遇に考えを巡らせ、本当に気の毒に思っていた。何かしら事情はあるのだろう。しかし言葉でどうにかしようとは思っていない。人を救う、というのはそう簡単なことではない。そしてここで金目の物を置いても、彼らのためにはならない。そもそも自己犠牲では人を救えない。しかしどうすればいいのか、何が正しいのかはわからない。ただ、今は馬車を守るだけだ。

「いい加減にしろよこのガキ、痛い目見ないとわからねぇのか?」

「金目のものは置いていかない。君たちはもう、おうちにおかえり?そうだなぁ、武器を置いて…おかえりなさいな。」

 ここで魔術を使い精神操作で穏便にお引き取りいただくことはできるが、あいにくアイニィはただ火の魔法が得意な幼女ということになっている。流石に精神操作で何事もなく、というのは馬車の中にいるとはいえ隊商のみんなに怪しまれるかもしれない。

「…どうやら、交渉は決裂だな。もう許さねぇ。ガキがぺちゃくちゃ喋るのを止めなかったお前も悪いんだからな…。おまえら、ガキは俺のとこに連れてこい。傷はつけるなよ、よく見ればなかなかの上玉だ。こういうのが好きなお客様もいるだろうぜ。」

 アイニィは目でクロに抜刀の許可を出す。クロはそろりと大剣をを抜き放つ。魔剣であるそれは、抜き放たれたことで魔力を発するが賊はそれに気づかない。

「アニキ、人さらいは頭がやめろって…。」

「いいんだ。とにかく連れてこい。」

「へい…。」

「いいな…やっちまえ!」

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アインルルグの瞳 西樹 伽那月(Us/t) @ookka91

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