第1話 人間界へ

 ある日の昼下がり、冒険者ギルドに奇妙な四人組が訪れた。いずれも、地方都市のむさ苦しく蒸し暑い冒険者ギルドには似つかわしくない、色白で涼しい顔をした面々。しかも、皆一様に年若く、ともすれば幼いと表現するべき年齢の少年少女である。

 この中では年長そうな黒い服に大剣を背負った少年、年は16歳ほどだろうか。次に黒い少年より少し若い、14歳程に見える白い服に長剣を差した少年。さらに少し若いエプロンドレスにヘッドドレスなど、どこか浮世離れしたメイド姿の黒い長髪の少女はもはや子供である。12歳ほどだろうか。そして年少、「10歳です!」と元気よく言っても通るだろう白いシャツに黒いズボンの金髪セミショートヘアの少女…いや幼女か。

 四人組の出現で静まり返った空気の中、四人はまっすぐ受付に向かい、黒の少年がこう言った。

「冒険者の登録、お願いします。合わせてパーティの登録も。」

「冒険者の登録ですね、こちらの書類の記入をお願いします。パーティはお二人でよろしいですか?」

 事情があるのかもしれない、あえて後ろの少女たちには触れず受付の女性は事務的に仕事を進めていた。妙なことに巻き込まれるのもごめんだし、子守を押し付けられても面倒だ。冒険者には事情を抱えた者も少なくない。何か問題が起こらなければそれでいい。問われた黒の少年はこう答えた。

「いえ、この4人がパーティです。」

「え…と、あとのお二人は…。」

「今ここにいる全員で4人のパーティです。」

「あ…はい。ではこちら、パーティ登録の書類になります。」

 その場にいた冒険者連中は子供たちが小遣い稼ぎに冒険者登録をしに来たと判断した。確かに、簡単なお遣いのような依頼もあるにはある。小さくて非力な魔物が相手の場合もある。しかし、しかしだ。いくら何でも年端もいかない少女たちを連れて行くのはいかがなものだろうか。見守っていた冒険者の一人が席を立って黒の少年に話しかけた。

「よう少年。これからどんな依頼を受けていきたいんだ?」

「金になる仕事を受けたい。内容は見てから決める。」

「ふむ、お嬢ちゃんたちを連れて仕事をするつもりなのか?」

「ああ、そうだ。みんな仲間だからな。」

「一見危険のないような仕事でも、不測の事態というのはある。むしろ不測の事態のために冒険者を雇う側面もある。そういう時、少年はお嬢ちゃんたちを守れるのか?正直、俺はやめた方がいいと思うんだがな。そう甘くないぜ、きっと後悔することになる。」

 冒険者の言葉を受けて口を開いたのはメイド姿の少女だった。

「あら、その言い方は失礼だわ。ワタクシはこう見えて回復魔法が使えるのよ。立派に仕事をして見せるわ!ねぇ、アイニィ。」

 アイニィ、と呼ばれたのは年少の金髪少女。

「あたしは火の魔法が使えるんだー魔物退治?とか、多分できるんじゃないかなぁ。」

「あーはいはい。すごいね。こんなに小さいのに大したもんだ。で、少年、どうなんだ。悪いことは言わないから、嬢ちゃんたちを連れて依頼を受けるのは考え直した方がいい。」

「彼女たちが戦えるのは本当なんです。心配して声をかけてくださって本当にありがたいと思います。でも、俺はこのメンバーで冒険して、金を稼ぎたいんです。」

「ふぅー…言ってすぐわかるようならここまで来たりはしないか。よし、わかった。俺らと一緒に依頼をこなしてみよう。いいか?」

「…わかりました。実力を証明して、必ず安心してもらえると思います。」

「おう、本当にそうならそれでいい。ただのお遣いじゃ冒険者の仕事がどういうものかわからないからな…どれ、今ある駆け出しに丁度いい依頼はどんなのがある?」

「畑に魔物が現れて被害にあっているという依頼、近くの洞窟にゴブリンが住み着いたという依頼もありますが…畑の依頼が手始めにはよろしいのではないでしょうか。」

「よし、畑のような依頼で一番簡単そうなやつの詳細を頼む。」

「はい、村までここから少し距離がありますが、畑に出る魔物はスライムやコウモリをはじめとした低級な獣や魔物たちだそうです。日中より夜に現れるそうで、見張りを立てて確認したとのこと。夜に現れる獣や魔物たちの数を減らして当面畑が荒らされないようにして欲しいそうです。この依頼を受けますか?」

「よし、それでいい。俺たちはなるべく手を出さないようにする。危ないと思った時は迷わず介入するけどな。報酬は依頼がどれだけ自力でこなせたかによって分配する。いいな?」

「…それでいいです。でもあなた方には全く利益のない仕事になってしまいませんか?」

「いいんだよ。このまま少年たちを放っておいて、失礼だが、もし何かあったら寝覚めが悪いだろう?それが嫌でやる仕事さ。」

「ご心配かけてすみません。この依頼で安心させてみせます。」

「ああ、そうなるといいな。」


 暇である。ああ、なんとも暇である。やること?あるにはある。研究だとか、趣味だとか、仕事…もないではない。魔界において仕事とは基本地下迷宮の探索のようなものになる。金銀財宝の獲得や魔石、クリスタルの採掘など。他にも魔術等の研究も仕事に入るだろうか。要は力を高めたり、貯めたりすることが魔界における仕事なのだ。ひたすらに力を求める、それが魔界での生き方。ではあるのだが…。

 暇、暇とは何であろう。それは自由。自由の象徴。だから暇は嫌いじゃない、むしろ好きだ。自由を尊ぶのも魔界の生き方。それが好きだから魔界に住んで魔族などをやっているのだ。いや、まあ魔族になったのは不可抗力的な部分もある。生きるために魔族になった。だが性に合ってると思うのだ。自由だから何をやってもいい、しかしだからこそ自由のために力を求めたりする。混沌の中には秩序さえある。それが魔界なのだ。

 自由はいいのだが、何せ半永久的に生きれるし不老不死だしということで、変化がないんだな、うん。いや、趣味も楽しい。少し前にはお菓子を作ってスイーツパーティなどをやってみたりもした。あれは楽しかった。別々に暮らしている義理の妹と義理の両親も呼んで、パートナーの猫メイドも交えみんなでお菓子を作り合っては食べた。そしてまた日常に戻って仕事やら趣味の魔道具作りや魔剣作り、魔術の研究などに勤しんでいたのだが、そう実は思いついたのだ。思いついたから暇をことさら意識してしまっていた。無意識化で思いついて、それでも表層ではなんとなく否定していた。ちょっと面倒だから。しかしまぁ、この好奇心は止められそうにないな。日常が疎かになるくらいには、気になってしまっている。

 キーワードは変化、そして人間である。人間という存在は寿命も短く、年齢に応じて成長し、老いて死ぬ。つまりは変化の塊みたいなものなのだ。見てて飽きないのではないだろうか。しかし人間は多様である。要は見極めなければ危険なのである。ただでさえ魔族に良い感情を持っていない種族である。下手をすればこちらに身に危険が及ぶ。たかが人間と侮るなかれ。やけに強い奴や賢い奴、そしてどこにそんなにいたんだという数の暴力。暇だからと言ってちょっかいを出すには少し厄介な相手なのだ。その相手と友好的に接しながら、こちらに得をもたらすことはできないだろうか。ビジネスみたいな話だが、人間の研究というのも面白いと思うのだ。

「…よし決めた。バーグ。ちょっとそこまで、出かけようか。なぁに、ちょろっと人間界まで、さ。」

「御主人様が物好きであることは存じていましたが、人間界に御用だなんて珍しいですね。何用です?」

 御主人様と呼ばれた少女のような少年魔族、アインルルグ。アイニィと呼ばれることもある。見た目は10歳の少女だが、立派に魔族。元人間の吸血鬼である。ちなみに性別は男だが、本人は男だと名乗るのは嫌がってあまり口に出さない。本人からすると自分を男だと名乗るのは少し違和感と抵抗があるらしい。かといって心は女性かというとそういうわけでもないらしく。性別についてはあまり考えないようにしている。外見の女の子らしさについては、気にしないどころか好ましくさえ思っている。結局のところ本人の性別事情について本人もよくわかっていない。体つきも少女のように華奢で可憐。また、恋愛対象は女性。金髪セミショートヘアに赤い瞳、10歳の愛らしい少女の姿で白いシャツに黒いズボン。火の魔法が得意だが、魔術全般幅広く扱える。しっかりとした実力の伴った魔族である。

 バーグ、ことバーガンディエラは魔界に住まう猫の魔族。普段は完全な人の姿で、今となっては猫の姿でいる時間の方が圧倒的に少ない。アイニィに出会ってからある日、自称アインルルグの専属メイドを名乗りだし、メイド道を極めたり極めなかったりして気まぐれにやってきた。アイニィの魔法を用いないあらゆる戦闘術はバーグに習っているもので、現在進行形で鍛えられている。体術もかなりもの。だが、真剣勝負でアイニィと戦ったら魔術による引き出しの差でアイニィには勝てないだろうとはバーグ本人の談。御主人様であるアイニィを敬愛し溺愛している。12歳くらいの浮世離れした気品あるメイド姿、黒髪のロングヘア、つり目の鋭い美貌の少女。

「人間界には人間達がいる。つまり変化が沢山あるということ。暇を消化し研究を進めるのにうってつけな環境がそこにはある!…かもしれないじゃないか。」

「行くのはいいですけど、私たち二人だとちょっと目立ちませんか?二人とも子供の姿ですし。」

「メイド付きとはいえ子供だけの二人組で保護者がいないのでは確かに心配されそう…か。町の子供たちに紛れると今度は子供子供しすぎてできないことが増える。かといって姿を変えるのも嫌だなぁ。」

「…わかりました。私の魔剣の精霊を連れましょう。シロとクロならぎりぎり大人みたいなもんです。」

「みたいなもん、ねぇ。まあうちらの中では一番それが妥当だよねぇ。僕の刀剣精霊も小さい女の子だし。あ!そうだ。」

「何か思いついた顔ですね?」

「うん、僕はあたしでいこうと思う。人間界では人間の女の子で通そうかなーと。」

「では私もワタクシで。高飛車なメイド令嬢にでもなりましょうかね。」

「いいねーそれ。似合うと思うよーバーグなら!」

(御主人様の笑顔が最高に可愛い!!!!!!!!!!!楽しそうだわ!!!!私もなんだか楽しくなってきた!)

「ところで、人間界では具体的に何をするんですか?」

「ふふん。まずは冒険者になるんだー!冒険者ならいつもの魔界での暮らしに近いし、お金も手に入るし、何より自由だし!それでお金を貯めたら、家を買おう!いや、土地だけ買って基礎工事をしてから、一旦魔界に戻って屋敷を作って人間界に持っていこう!…それだと目立つかな。まあ、その辺は何とかするとして。屋敷ができたらそこで人間の子供でも育ててみようと思うんだよね。絶対楽しいよ!」

「なるほど、人間を育てるのですか…確かに興味深くはありますね。親のいない子供や貧困にあえぐ子供は後を絶たないと聞きますし。」

「まぁねーん。でもそうなると、シロとクロはどうしよう。預かった子に事情を説明していいものかな?話さないとしたら常時剣の外で人の姿をしていないと怪しいよね?」

「その辺りは子供次第ではないでしょうか。」

「そっかー…うん、そうだね。…そしたら、行こうか。」

「そうですね。シロ、クロ、出てきてください。」

 異空間から二人の少年が現れる。シロとクロは本来猫の精霊だが人の姿にもなれる。クロは16歳ほどの黒い服の少年。シロは14歳ほどの白い服の少年。それぞれ自分の宿った魔剣を装備している。話は全部聞いていたので事情は把握している。戦闘力も申し分なく、知性も備えており意思疎通も当然可能。主従関係はあるが今回はシロとクロが保護者役である。演技もできるはず。

「よろしくね、二人とも!」

「「はい!仰せのままに。」」

「バーグもね!お姉さんメイドだからね!」

「御意。」

「お侍さんか!」

 幸せなボケとツッコミにより心がポカポカしたところで、人間界の地方都市に近い森の中に繋ぎ転移ゲートを開く。

「…さてさて、しゅっぱーつ!…の前に、シロとクロの装備がそのままの魔剣だとやっぱり目立たない?」

「ワタクシ、自分の使い慣れた武具以外は持ちませんの。」

 バーグはすっかりなりきっているようだ。アイニィは鍛錬のために自分の愛剣ではなく、魔力のこもっていない人間界で一般的に流通しているごく普通の武具もよく使うのだが、バーガンディエラは本人の言うように使い慣れた愛剣などのみを使う。これは昔からのこだわりのような、自分のスタイルなので付き合いの長いアインルルグはよくわかっている。

「わかった、わかったよ。でもちょっとだけ認識を逸らす魔法かけさせて!おねがい!」

「…はぁ、しかたありませんわね。その代わり、鞘から抜き放ったら解けるようにして頂戴。それなら、まぁ…いいわ。」

「りょうかーい!…はい、これでよし。じゃ、しゅっぱーつ!」

 こうして一行は人間界へ向かい、無事冒険者ギルドへたどり着いたというわけである。


「ねね、バーグ。初仕事、楽しみだね。」

「そうね。まさか初仕事でこんなにギャラリーがつくとは思わなかったわ。」

「おいおい、ギャラリーってのは俺たちのことか?初仕事なのにのんきなお嬢ちゃんだぜ。」

「…そういえば、自己紹介ってしてないんじゃない?」

「たしかに、そうね。」

 少女二人に促され、黒い少年から自己紹介をすることに。

「…クロワです。一応、このパーティのリーダーです。よろしくお願いします。」

 少々影がある気もするが、礼儀正しく好青年な印象もあり、悪くない。次に白い服の少年が口を開いた。

「シロナ…です。よろしく…。」

 素っ気ない自己紹介である。目線も合わせない。ただどこか底が知れないところがある。

「シロナはこのパーティの最大戦力なんです。特に一対一の戦いが得意です。俺はどちらかというと複数の雑魚を蹴散らすのが得意…かな。…です。」

 黒い少年が自己紹介に付け加える。ちなみに二人の本当の名はバーグが呼んでいたようにシロ、クロである。

 お次は少女たち。

「あたしはアイニィ、だよっ!あたしはね、魔法が得意!火の魔法でバーン!ってやっちゃうの!」

 えっへん!とばかりに胸を張る愛らしい幼女。ベテラン冒険者一行も気は抜いていないがその愛らしさに癒しを感じていた。

「ワタクシはバーグ。回復魔法と…そうね、シーフの真似事も多少できるわ。」

 メイド服姿には一切触れていないが、なんとなく聞かない方がいい気にさせられる。

「シーフの真似事かぁ、器用なんだな。若いのにやるな、嬢ちゃん。」

 ベテラン冒険者パーティの一人、シーフの男がバーグに感心した様子で話しかける。

「ええー、あたしはぁ?あたしも魔法使えるんですけどー!」

 アイニィが可愛らしく頬を膨らませてご立腹の様子である。

「おやおや、これは失礼。魔法が使えるのは素晴らしいことです。その若さで魔法が扱えれば将来有望ですね。」

 ベテラン冒険者の一人で魔法使いの男がアイニィの頭をなでる。

(っ!!御主人様の頭をなでる!?!!!?なでるだとぉ!?なんて失礼な奴!!!!ぶっ殺してやろうか人間んんんん!!!!)

(バーガンディエラ!抑えて!!まぁ、いいじゃないか少しくらい。)

「しょうらいゆーぼー?それって良いこと?あと、あたし頭なでられるの嫌いなんだけど!」

「これはとんだ失礼を。将来有望というのは、いつかすごくなるという意味ですよ。」

「うーん、いつかじゃなくて、いま!いまあたしすごいの!わかったぁ?」

「うんうん、たしかに。もう魔法が使えますし、ね。あなたはすごい、たしかにすごいです。」

「そういうこと、なの!」

「まったく、アイニィったら。」

「ふふん!」

「すみません。でもアイニィの魔法には何度も助けられています。」

 黒い少年が付け加え、それを聞いてベテラン冒険者のリーダーで戦士の男が驚いた。

「おい、本当に魔法使えるのか!?あの子。」

「使えます。本当なんですよ。」

「そいつは確かにすげぇな…。」

 それからしばらくアイニィはご機嫌に鼻歌などを歌っていた。皆優しい気持ちになってピクニックに行くような気分で、しかし気は抜かずに目的地の村を目指した。

 

「着いたー!!…んだよね?」

「おう、ここがラカカ村だ。とりあえず宿だな、宿。あと何か食おうぜ。」

「賛成…。」

 シロナが少し恥ずかしそうにつぶやき、腹に手をやっている。空腹なのだろう。

「ここは俺の故郷でな。美味い店、連れてってやるぜ。」

 ベテラン冒険者のリーダー、戦士の男が胸を張って言う。

「あそこのアループパイは最高なんですよ。アループの実はこの村の特産で、おそらく依頼の畑もアループの畑でしょう。」

 ベテランの僧侶の男が付け加える。

「たのしみー!」

 見たところ、特段変わったところのない平和な村落である。村人たちは穏やかな顔をして、アイニィやバーグら一行を微笑まし気に眺めていた。

「おーい、アッジス!アッジスだろ?久しぶりだな。元気そうじゃないか。おやおや、可愛らしいお嬢ちゃん達だねぇ。」

 陽気な村人が戦士の男に声をかける。顔馴染みなのだろう。

「ジーンか!畑はどうだい?ここらに夜、魔物が出ると聞いたが?」

「正直、あまり良くないね。その魔物たちのせいさ。でも大丈夫。もうそろそろ冒険者さんが来てくれる手はずさ。」

「ほほう?その冒険者の名前はクロワとかいうんじゃないか?」

「へぇよく知ってるな。有名なのかい?魔物も低級だし金もそんなに出せないからな。俺はてっきり駆け出しに仕事が行くものと…。」

「その駆け出しってのは、こいつさ。なぁ、クロワ君。」

「はい…あの、冒険者のクロワです。よろしくお願いします…ジーンさん。」

「おや…おやおや。いいねぇ、お若い冒険者さんだ。魔物たちのこと、よろしく頼むよ!そうだ、うちの店に来てくれ。美味いもん食わせてやっからさ!」

「ああ、丁度今から行こうとしてたところさ!」

 皆でわいわい話をしながら一行はジーンの宿で酒場で食堂の店に向かった。

 

「うわぁ…じゅるり。美味しそぉだねぇ…じゅるり。」

 アイニィはアループパイを目の前にナイフとフォークを両手に握りしめてよだれを垂らし…そうになっている。垂らす前になんとか拭っているが、長くは持たないだろう。

「はは、さあ食った食った!どんどん食って大きくなりなよ、嬢ちゃん!若いのも食え食え!がははは!」

「こ、これがアループパイ…控えめに言って…最高です!」

「アイニィちゃん、敬語使えるんだな…。」

 戦士の男が見ていた限り、アイニィの敬語を聞いたのはこれが初めてだ。誰に対しても臆することなくタメ口だったため、今回の敬語には少し驚いていた。というか、意外である。

「もぐもぐ、ろんなに美味しいもの作れるんらから、あたし尊敬しちゃっらの!らってこれ、すっごく美味しいんらよ!もぐもぐ。」

「あーもうわかったから。口にもの入れながら喋んないでくれ。女の子はだな…もっとこう…よくわからんが…。流石にバーグちゃんは礼儀作法しっかりしてるな。」

「当然でしょ。レディたるもの、美しく、基本的に作法は守るものなのよ。ジーンさん、お料理本当に美味しいです。」

「そうかい、嬉しいねこりゃ。子供の舌は正直だっていうからね。アループのジュースもあるから、持ってこようね。」

「むぐむぐ、わーい!もぐもぐ。」

「素敵!それは楽しみだわ!」

 両手を上げて嬉しさを表現するアイニィ。口元を上品に拭いながら楽しみと口にするバーグ。まるで正反対である。

「ジーンさん…俺にもジュース…欲しいです。」

「あ、俺も…。」

 クロワとシロナも夢中で飲み食いしていたのだが、ジュースと聞いてただ黙っておくわけにもいかなかったらしい。

「ははは、あいよ!ジュース4人前ね!」

「こんなに美味しいアループの畑に魔物だなんて、これは絶対に何とかしなくちゃいけないね!ね、クロ兄シロ兄!」

「まったくだわ。今後もこの美味しい料理たちに舌鼓を打つためにも魔物たちは追い払わなきゃ。ね、お兄様たち?」

「…そうだな。魔物たちには申し訳ないが、この村の畑は諦めてもらおう。」

 シロナも同意とばかりに無言で頷いている。

「ほら、食後のデザートとジュースだよ!」

「わーい!」

 ジュースもデザートも最高だった。こうして一行は士気を高めて、その後は詳しい魔物の情報を聞き畑を見て回った。


「さて、クロワ君。君はどうやって畑を守る?」

「おそらく、村の近くの森が魔物や獣たちの出所でしょう。この方角に俺とシロナを配置して、少し後ろにバーグ、アイニィを配置します。」

「うむ、合格。そんなところだろうな。」

「そろそろ日が傾いてきましたし、畑を守りに行こうと思います。」

「そうしよう。おーい、お嬢ちゃんたち。畑に行くぞー。」

「「はーい。」」


 今回のような場合、本来ならアイニィの設置型検知式迎撃魔法を置いておくなど、対処法はいくらでもある。しかし一般のベテラン冒険者の前で高すぎる実力を晒すのは避けたい。あまりに怪しすぎるからだ。下手をすると人間界での居場所を追われるようなことになりかねない。それではアイニィ達の名付けた「素敵!人間育成&研究大作戦」に支障が出る。そう、まだ始まったばかりなのだ。人前で怪しまれないよう気を付けていきたい。夜の戦いが想定されるため、篝火なども用意し、万全を期す一行。

「ふふん、おじさんたち!あたしの魔法にびっくりして腰を抜かさないようにね!」

「アイニィ、魔法の使い過ぎには注意するのよ。へろへろになっちゃうでしょ。」

「はいはーい、わかったわかった。」

(アイニィ様、バーグ様、抜刀してよろしいでしょうか。それともやはり魔物出現に合わせて抜いたほうがよろしいでしょうか。)

 普通の冒険者なら何があってもいいように抜刀して待機するだろう。不測の事態になるべく早く対応するためにはその方が良い。しかし二振りの魔剣はひとたび抜き放てば、認識を逸らす魔法が解け、魔剣であることがすぐに認識されてしまうだろう。今抜刀して魔剣であることが知られるのと、魔物出現のタイミングで抜いて少しでも注目を避けるのとどちらが良いだろうかという問いだ。普通を装うなら今抜くべきだろうが…今抜かなければ少し怪しい。しかし魔剣持ちもなかなかに怪しい…ような。

(…うむ。今抜いていいよ。実力を出しすぎないことを重視しよう。)

(はっ。)

 互いに目で合図し、そろりと魔剣を抜き放つクロワとシロナ。とたんに存在感と魔力を放つ両魔剣。これらを抑えること自体は難しくない。ただバーグの方針により僅かでも戦闘力に影響する無駄な行為はしないようにしているのだ。魔力や存在感を抑えることにより戦闘力が落ちることを避けたのである。どこまでも実戦的で戦うならいつも全力、というバーグらしい方針である。その割にはこの依頼では自ら剣を振るわずにいるので、やはりアイニィにいくらか合わせてはいるのだろう。高すぎる実力を知られてはならないという事が今回の戦いの条件でもあると考えているのかもしれない。

「ん、そ、それは魔剣か!?シロナ君…クロワ君のもか?」

「はい…そうですが。」

「は、初めて見たぜ…魔剣か。いや、魔物はまだ来ていないが戦いもう始まってるんだったな…すまない。」

 無駄口をたたいてしまったと反省して黙って待機してくれるベテラン冒険者一行。ここで騒がれずにすむのはアイニィたちにとっても都合が良い。流石はベテラン冒険者、どんな時でも気は抜かないらしい。

 そのまま待機して幾ばくか経った頃。辺りは夜の闇に包まれ始めて、篝火は煌々と辺りを照らしている。そんな静かな時間の中アイニィとバーグは気配を感知した。魔物の気配だ。

 魔物というのは魔力を持った生き物の総称で、特に人のような知性を持たないもの達を指す。獣は魔力を持たない単なる野生動物くらいの意味だ。そして、意外なことに魔物の方が魔力を持っている分気配を察知しやすい。獣は魔力を持たずひっそりと暮らしているため探し出すのは比較的難しいのだ。といってもこれはアイニィやバーグのような気配や魔力の感知に優れた者たちの場合で、一般人にとっては、例えば魔物でも動きのゆっくりなスライムは気配が小さく見つけづらかったり、獣でも空を飛ぶコウモリも闇に紛れると全然見つからないなど生き物の種によるため一概には言えない。

 魔物たちに次いで獣の気配がうっすらと感じられるようになってきた。動きはゆっくりだ。闇に潜んで畑の果実を食らっていこうという算段だろう。アイニィとバーグは視線で気配を察知したことを伝えあっている。

 まだ気配に気づいているのは二人だけでシロ、クロも気づいていない。ここで伝えてしまうと人並外れた気配の察知能力が怪しまれるので、何事もないように、気は抜かずに待機をするアイニィとバーグ。

 近づいてくる…先頭はおそらく熊だ。大きさは熊としては普通サイズだが、種として大きな獣なので用心が必要だ。普通の人間なら驚かさないように逃げた方が良い相手なので、冒険者など戦いに慣れた者に対処を任せるのは正しい判断だろう。つまり冒険者が戦うのに一般的な相手でシロナ、クロワの腕の見せ所である。ただ、依頼にあった低級な獣には当てはまらない。それほど大事ではないが不測の事態だ。

「シロナ、クロワ…あっちから何か来るわ。大きい獣だと思うけど…用心して。」

 バーグが頃合いを見計らって注意を促す。気配探知はシーフの仕事なので、設定どおりシーフの真似事をして見せたわけだ。

「了解、ありがとうバーグ。他に近づく気配は?」

「今のところ、注意すべきはその大きな獣だけみたい。あとは小動物かしら…。」

「わかった。アイニィ、小動物を火で威嚇して追い返せるか?」

「おっけー、やってみるよー。」

 クロワは一言礼を言って、シロナは無言で構えた。通常であればシロは決してこのように不愛想ではない。この見事な演技分けに主ながらバーグは少し感動していた。立派な精霊たちである。もっとも熊との一戦がこれから始まるので、気は抜けない。熊が現れる前にアイニィは小動物の気配の方へ向かう。小動物の気配はアイニィも当然感知しているが、シーフの設定のバーグに確認してから動いた。実力を出しすぎないという意味でも気が抜けないわけだ。

「がんばれーふたりともー。」

 アイニィが小さく声援を送り、移動する。それを境に少しずつ緊張が高まっていく。気配が一般人の耳でもわかるくらいに近づいてくる。のそり、と姿を現したのは想定通り普通サイズの成獣の熊。空腹なのか気が立っているようだ。

「どうする?シロナ。僕がやろうか?」

「いや、二人でやろう。」

「よし。」

 ここは長剣大剣の強みを生かした連携で事に当たるようだ。

 熊はうなりながら自身を大きく見せようと両手を挙げて威嚇してきた。シロ、クロの二人は油断なく構えて間合いをはかっている。焦らされた熊が空腹に耐えかねたのか、一気に動いてシロに襲い掛かる。すかさずクロも動き熊の一撃を大剣で受け止める。その隙にシロは熊の脇を通り抜けながら一閃、熊の胴を切り裂いた。致命傷だ。熊は怒りで少し暴れたが、二人は距離をとり、熊は力尽き倒れた。

「一丁上がり…かな。」

 シロとクロは互いに目配せをして頷いた。危なげない二人の連携は見事という他なく、ベテラン冒険者も駆け出し二人の安心感すらある戦いぶりに感心していた。すると、遠くで急に橙色の光が現れた。その方向から小動物達が飛び出して目の前を通り過ぎて森へ帰っていく。アイニィが上手くやったのだ。

「い、今のは火…だよな。アイニィちゃん、本当の本当に魔法が使えるんだな…すげぇ。」

「はい…これは驚きです。」

 ベテラン冒険者たちは感心しきりである。

「待って…何かが走ってやってくる…速い!」

 バーグがシロとクロに警戒を促す。得意げな顔でアイニィが戻ってきて合流したが、皆の空気を察して静かに身構えている。もちろんアイニィもバーグ同様近づく気配には気づいている。この気配はイノシシである。しかし駆け出しにそんなことがわかるとは思えないので、伏せる。

「来る…構えて!」

 かなりの速さでイノシシが駆け込んできた。アイニィは獣の行く先に炎を出してイノシシを驚かせた。慌てて今度は引き返そうとするイノシシは短い間動きが遅くなる。急に止まって反対方向へ動き出すには物理的に時間がかかるのだ。そこを見逃さず、シロとクロが剣を構え突進しイノシシを突いた。剣を体に突き立てられたまま、少し走ろうとしたがバランスを崩し、イノシシは息絶えた。

「…お見事。」

「…ですね。」

「アイニィ、よくやった。ありがとう。」

 クロがアイニィのファインプレーに声をかける。

「ぐふふ、もっと褒めてもいいんだよぅ?」

「それはあとでやって。まだ仕事中でしょ。」

「はーい。」

 警戒を緩めないままのバーグが注意を促す。気を緩めることなく警戒を解かない駆け出しの面々に、またしても感心してしまうベテラン冒険者たち。

「今度は小さい獣の群れ…というより…多分コウモリね。」

「はーいあたしやりまーす。」

「アイニィ…魔法使いすぎないようにするのよ、いい?」

「わかりますた。」

「来るわよ。」

「…きた。ファイアブレス!」

 イノシシにやったのと同じように、指先に小さな炎を作り、そこに息を吹きかけ炎の息吹をコウモリに向かって吹き付けた。いきなり高温で熱せられコウモリたちはどんどん焼け、落ちて死んでいく。コウモリ相手では剣は効率が悪いので、アイニィの独壇場である。

「…ふぅ。ちょおっと疲れたかな。」

「ありがとうアイニィ、少し休んでて。」

「うん。」

 クロはアイニィを労い、感謝した。ベテラン冒険者たちもこの4人の駆け出し冒険者パーティを認めずにはいられない気持ちになってきていた。シロナ、クロワの二人を主戦力としながらも、シーフのように活躍し、いざという時は回復魔法も使えるバーグに剣では難しい相手などに火の魔法を用いた戦い方ができるアイニィ。4人はしっかり連携しながら補い合い機能していた。

「あ、シロ兄クロ兄、魔物が来てるよ。スライム…かな。」

 魔力の感知はシーフ役のバーグよりアイニィが適任と判断し、アイニィがスライムの接近を伝えた。ここまでは演技の方も問題なく順調である。

「了解…あれか。」

 透明なスライムは視認しづらいが、色がついているのと水のようにキラキラ光を反射させており、目玉のような核が真ん中に浮いているのでそれらを頼りに探すしかない。スライム探しは慣れるもので、慣れてしまえば意外と見つけることができる。低級のスライムは触手の動きも緩慢で難しい相手ではない。ただ、無音で背後から触手に襲われるというのがスライムにやられる一番多いパターンなので、用心は必要である。

 こんな調子で獣や魔物を狩り続けた一行。小動物は少し休んだアイニィが火を使い、今度は丸焼きにしていた。数を減らすのが依頼内容なので撃退して終わりではないのだ。ベテラン冒険者は見守ることに徹していた。

「だいぶ狩ったけど…これ、いつまで続けるの?」

「そうだな…もうそろそろ夜明けだ。さすがにこれだけやればもういいはず…みんな、村に戻るぞ。」

 こうして依頼は一段落し、村へ戻ってきた。

「ふわぁ…さー宿でねよねよ!」

「その前にお風呂、ちゃんと入るのよ?女の子なんだから。」

「はーい。」

「いや、その前にまずジーンさんに報告に行こう。」

「あーそっか。りょうかーい。」

 ジーンの店へ戻り、店の準備をしていたジーンにクロが声をかける。

「ジーンさん、魔物と獣は狩ってきました。一応素材として色々持ってきましたが…要りますか?」

「おう!ありがとさん!動物は大体うちで買い取ろう!コウモリやスライムか…これは魔法屋…ええと正式には魔道具屋か、あと錬金術師のとこにも持っていくと良い。飯食うか?それとも寝るか?」

「ありがとうございます。素材捌いたら一回寝ます。もう何日か畑の様子を見て、畑が荒らされなくなったら、依頼完了…ですね。」

「ああ、わかった。なにはともあれ、おつかれさん!」

「じゃ、あたしたちはお風呂行ってきていい?」

「お風呂もいいけど、素材の買い取り見ていかない?勉強になるわよ?」

「うー、わかった。初仕事だし、ちゃんと見届けるかぁ。」

「俺たちは最後の最後まで見届けさせてもらうからな。いいかい?クロワ君。」

「もちろんです。」

 こうして一行は素材を買い取ってもらいに魔道具屋、錬金術師をまわり、やっと宿に戻ってきた。

「じゃ、今度こそお風呂だねっ!…覗いちゃダメよ?」

 ウインクしながら人差し指を立てて、ばっちりポーズを決めながら言うアイニィ。バーグは可愛い御主人様に見惚れている。

「…。」

 押し黙るシロとクロ。

「なんでだまるの~?もう!…じゃ、行ってくるねぇ。はい、バーグのタオル。」

「ありがとうg…ごしゅ…アイニィ。二人は剣に戻って休んでてください。」

「「はい。お疲れさまでした。」」

「うむ。みんなおつかれさま、だね。」

 ベテラン冒険者達がいないのでわざと演技を崩すバーグ。仲睦まじく二人は風呂に向かった。

 後日、畑は荒らされることなく当面無事だろう事が確認された。晴れて依頼は完了し、報酬を受け取った。ついでに打ち上げで料理もごちそうになり、一行は依頼を受けた冒険者ギルドの街、キルトアに向けて出発した。報酬は結局ほぼすべてアイニィたちに分配されることが決まった。

「本当にいいんですか?こんなに俺たちでもらっちゃって。」

「いいんだ。俺たちはずっと旅行気分みたいなもんだったからな。」

「ええ。それにしても…アイニィちゃんの魔法は見事なものでした。」

「わーい!そうでしょ?そうでしょー?あたし、すごいんだから!あと、バーグも!クロ兄シロ兄も!みーんなすごいのっ!」

「今回ばかりは確かに、アイニィちゃんの言うとおりだな。君たちは若いのに大したもんだよ。」

「ありがとうございます。わざわざ依頼についてきてくれて本当にありがとうございました。安心してもらえて俺も嬉しいです。」

「これからも4人で依頼受けていくんだよな。油断せず、気を付けて、な。冒険では何が起こるかわからないからな。」

「はい、皆さんもお気をつけて。」

「おう。つってもま、キルトアまではまだあるけどな。ははは。」

 こうして一行は無事にキルトアに着き、冒険者ギルドで依頼完了の手続きを終えた。

「最後に少し聞きたいことがあるんですが…。」

「ん?何でも聞いてくれ。」

「この街でおすすめの宿屋はありますか?俺たちこの街にもあまり詳しくないんで。」

「なんだ、そうだったのか。予算次第なところもあるが、一番におすすめできるのは…猫とサカナ亭だろうな。次いで…」

 ひとしきりおすすめを聞き、ベテラン冒険者達と分かれたアイニィたち。色々まわった感じでは確かに「猫とサカナ亭」が良さそうだったが、予算的にはそれなりに厳しい。結局おすすめの中でも安めの宿に決めた。老夫婦で営む古宿「けむり荘」。

 アイニィたちの人間界での暮らし、そして「素敵!人間育成&研究大作戦」はこうして幕を開けた。


つづく

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る