アインルルグの瞳
西樹 伽那月(Us/t)
第0話 ある日の夢の話
アイニィは見知らぬ街を歩いていた。何のために歩いているのか、定かではない。人通りのある、活気ある街並みだ。自分はこの街を知っているのだろうか、どこか懐かしい感じがする。見たところ場所を示す目印になるような建物はない。それ以上考えることはできなかった。何も疑問に思わなかったからだ。
歩いていると劇場があった。そして思い出す。目的地はここだった。知らない街のはずだが、しかしここなのだ。
「はい、まいど。大人8ニマー、子供6ニマーね。まいど。おっときみ、ちょっと待ちたまえ。お金はどうしたのかな?」
「!……。」
アイニィのポケットには裏返してもビスケットのくず以外何も入っていなかった。お金はない。
「お金を持ってまた来なさい。今は出直してね。」
「……。」
アイニィは劇場を後にした。やっぱりな、と思った。お金がないことを知っていたのではない。自分に劇場で映画を見るような楽しい出来事は起こらないと思ったのだ。自分にはそういうことは起こらない。
アイニィは走った。頭がわあああとなりながら、ただ走った。
しばらくすると辺りは草原になっていた。近くに小川が流れている。ふと頭に違和感を感じて、手で触ってみると、角らしきものが頭から生えているようだった。そして木陰に誰かがいて、話をしていた。アイニィと話をしているのだが、アイニィには内容がよくわからない。角が少し気になりながら、アイニィは小さく笑った。そんな雰囲気だったから。そして影になって顔の見えない誰かは、もう帰る時間だと言った。そうかい、とアイニィは言った。またね、と、再会を疑わない、いつもの別れ方をした。アイニィは木に体を預けひと眠りすることにした。
目を覚ますと自分の部屋、見慣れた光景。幾分広いような気もするが、間違いなく自分の部屋である。正確にはアイニィと姉の屋根裏部屋だ。窓を開けるために起き上がろうとするのだが、体が思うように動かない。これはいったいどうしたことだろう。自分は何か障害を負っているのか。体は重いが全く動かないというわけでもない。何とか動くところから動かす。ベッドにはもう一人、双子の姉が寝ているのだが、彼女は起こさないでおこう。
しかし奇妙なことに、何とか動いても視界がほとんど変わらない。ベッドから見た部屋の光景、ここからどうにも動かない。視界にも障害を負っているように思われた。何とか身体を動かし、今の居場所を想像で補いながら階段を下ろうとした。人を呼ぼうと名前を口にしようとしたのだが、思い出せない。誰だ……誰か……バ、グ…バーグ!
今度こそアイニィは起床した…もはや完全に覚醒した。どうやらぼんやりと目が開いていたらしい。その視界をあの屋根裏部屋と夢現の中で誤認していたのだ。体を何とか動かした気でいたが、どうやらそれは夢の中だけの話だったらしい。体が動かないのも無理はない…まだ寝ていたのだから。
(寝苦しかったな…こういう場合も金縛りというのかな?)
「バーグ!散歩にでも行こう。」
「はいですにゃん、御主人様。お供いたしますにゃん。」
「にゃん、はちょっと…僕が、その…一風変わった御主人様みたいじゃないか。」
「あれ、似合いませんでしたか?」
「いや似合ってるよ…とても。」
今のこの日常は、夢じみている。アイニィは見ていた夢を思い返しながら、そう思った。
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