第5話ポンコツと美女
かなりの時間がかかった。少なくとも五時間以上は乗っていたと思う。
俺は、グレープを口に入れたまま寝てしまうわけには行かなかったので、ずっと起きていた。寝たら絶対に食う自信がある……。
それに引き換え、両隣の犬達はぐっすり寝ていた。
俺は、チャンスだと思い少し体を動かそうとしてみが、ピクリと両腕が動いた以外は全く動かなかった。まぁ、牢から脱出もできたことだし、少しづつやっていこう。
というか、口の中から寝息が聞こえる。
「もっと、食べたいよ……」
やはり肝の据わったやつだ。寝言も言っている。
そういえば、馬車は最初こそ揺れがあったが、途中から全く揺れなくなった。
途中一瞬だけ浮遊感があったので、もしかしたら魔法というやつで飛んでいたのかもしれない。しかし、外を確認しようにも、俺は高所恐怖症なのでやめておいた。
それから、睡魔と戦っていると、カシャンと小さな衝撃が下からきた。その衝撃で、犬達が起きた。グレープはまだ寝ているみたいだ。ほんとすごいな。
「お客様。エンフィルに着きました」
御者だ。
そして、ギィーガゴンという大きな音が外から聞こえる。
「やっぱり、魔領は遠くていかんな」
そう言って仮面のヤツは少し窓のを見た。俺も見てみると外は夜で、霧がかかっていた。そして、街灯だろうか、遠方に光が見える。
「じゃあ、宿のあたりまでお願いできますか?不可視の魔法はかけておりますので」
「はい、わかりました」
仮面がそういうと、馬車が揺れ始め、コツコツと音がする。それからほどなくして馬車が止まった。
「やっと着いた、長時間すまなかったな」
仮面が俺に顔を近づけ、話しかけてきた。なんかいい匂いがする。性別はわからないが女な気がする。とりあえず女であってくれと祈った。
馬車からでると、芝生の庭の先に、石造の建物が見えた。俺は、後ろを振り返ってみる。
建物は、小高い丘の上にあるらしく遠くの霧の中に街が見渡せた。街頭が、爛々と光っており、なかなか栄えているようだ。と言っても中世のような街並みにしてはだが。
見渡していると、仮面が俺に近づいてきた。そして、手をかざしパピーと唱える。
すると、俺の身体はだんだんと大きくなり、元の大きさに戻った。
「実に奇妙な生き物だ。予測だか、君は人語を理解しているね?」
どうしよう。俺は曖昧に頷いとこう。
「話せたりするのか?」
俺は、舌を押し上げグレープにアドバイスを求めた。
「ん?あっ寝ちゃってた」
やばい、声がでかい。
「誰だ!?」
俺は、仮面の急な大声にびっくりして、グレープを飲み込んでしまった。
「ヒッ、グッ……」
「なんだ、どうした!?」
「カッ、カッ……カッ、ゴフッ」
くっ、苦しい!
グレープはグレープで、飲み込まれないように気道で留まっている。
「ガッ、ゴッ……グエッッ、ゴパァッ」
「うわっ、なんだ!」
俺は、たまらずグレープを吐き出してしまった。
「あっ、す、すいません!」
咄嗟に謝罪するグレープの顔は青ざめている。体はびちゃびちゃだ。
「なんだ、だっ誰なんだ!」
仮面のやつは取り乱しているようだ。指揮者のタクトのようなものを構えている。多分魔法の杖ってやつだろう。グレープはグレープで謝ってばかりで話にならない。
「ちょっと待ってくれ」
俺は声量に気をつけて、仮面のヤツに話しかけた。驚いているみたいだ。そりゃそうだよな……。
「やはり、話せたのか!」
「そいつは、俺の友達だ。乱暴はやめてくれ」
「わ、わかった。そのつもりはない」
そういって杖のようなものを下げた。
「とりあえず君は何者だい?」
「ひっ、はいっ、私グレープと申します!訳あって彼の口の中に匿ってもらっておりますっ、あっ、おりました!」
グレープは素早い動きで、土下座して挨拶をした。
「なるほど、で、その訳とはなんだい?」
緊張と恐れで噛みまくりのグレープの代わりに、俺が説明した。
「なるほど、了解した。とりあえず、二人とも宿に入りなさい。夕食を食べながら話そう」
いいやつでよかった。にしてもグレープは少しポンコツなのかもしれない。
宿の中に入ると、中世の酒場って感じだが、清掃が行き届いているようで、かなり綺麗だった。端的にいうと味がある。俺たちは、促されるままに、食事の間へ入った。
天井からランプが下がっているが少し薄暗い。それに俺の爪がカチカチと鳴って少し歩きづらかった。
「それでは席についてくれ」
すると奥から声がした。
「魔導士さん?戻ってきたの?ちょっと待ってねぇ。ミリー、エールを持っていってあげて」
「はーい!」
声がした後、食事と飲み物をもった、女将であろうおばちゃんと若い娘が出てきた。そして次の瞬間悲鳴を上げた。
確実に俺のせいだな。だがしかし、彼女達は手に持ったものを落とさなかった。プロだ。
「ありがとうございます。失礼しました」
そういうと、仮面のヤツは、また俺にパピーと唱えて小さくした。今度は中型犬くらいの大きさだ。便利だなぁ。機会があったら覚えたい。
そして、仮面のヤツは、ローブを椅子にかけた。胸がある。それからヤツは仮面に手をつけた。
綺麗な赤い髪のショートカットに、燃えるような赤い瞳。凛とした雰囲気の美しい女性だった。年齢は、二十代後半くらいに見える。
「「「ほほう」」」
グレープと俺、それから女将達の口から感嘆の息が漏れる。
「綺麗だね、タロウ」
「そうだな」
「はは、ありがとう。では自己紹介をしよう。私は、ピート・オルド・メルトだ。ピートでもメルトでも好きによんでくれ」
「はいっ!わたくっ私はっ」
グレープが話そうとすると、仮面、もといピートが片手をあげて止めた。
「普段通り話してくれていい」
「わかりました。僕は、グレープ・ナツメ・ソーダです」
グレープの正式な名前には、ナツメがつくのか。この国は、普段、真ん中の名前を略すのかな。
「よろしく。変わっているが良い名前だね。それにナツメ……どこかで聞いたような気がする。それで君は名前はあるのかい」
ピートが俺の方を向く。まぁ、本名の吉田太郎でいいだろう。でも、真ん中の名前かっこいいな。なんか入れたい。
「俺は、ヨシダ・ラーメン・タロウです。よろしく」
しまった。咄嗟に好きな食べ物の名前を入れてしまった。ダサいな。訂正しよう。
「すいません、ラーメンは嘘です。ヨシダ・タロウと申します」
グレープが真顔でおれをみている。すまんかった、やめてくれ。
「なぜ、そんな嘘を?まぁいい、隣の犬たちには名前はあるのかい?」
そういえばなかったな、両隣の犬たちは、何か待っているような顔で俺をみている。
まぁ、あったほうが便利だし、今つけるか。俺が太郎だから……タロウ、タロ……よし。
「俺から見て、右がウロ、左がサロです」
俺は、どうだ?と二匹に小声で聞いてみる。
「ガウッ」
「アウッ」
良かった。気に入ったみたいだ。
「グレープそれに、タロウにウロ、サロだな。あらためてよろしく」
自己紹介が終わったところで、女将達が食事をテーブルに置いてくれた。形も色も変わったものがあり、当たり前だが、前世で見たこともない食べ物ばかりだ。
しかし、どれもうまそうに見える。食器もアンティーク調の綺麗なもので、正直、フランス料理ですなんて言われたら、そうなのかと思ってしまう。
「どんどん食べてね!もっと持ってくるから!エールは飲めるかな?」
娘がグレープに聞いた。
「はっはい!ありがとうございます!」
「き、君はぁ……どうしよう」
まぁ、こんな見た目だからな。この反応は仕方ないか。
「ありがとう。エールで大丈夫だよ」
「話せるんだ!すごいね!オッケーじゃあちょっと待っててね!」
あっさりとしてるな。なんだかありがたい。
それから俺たちはこれまでの飢えを取り返すように食べ始めた。
グレープに関しては、マナーを気にしなければというのが、頭の片隅にあるのか、ナイフとフォークを手に持ってあたふたしていた。
俺は、そのまま犬食いだ。犬なんだもん。なんかこう、変な清々しさがあるな。
俺たちの食欲が少し落ち着いて、エールを飲みながら俺たちを見ていたピートが、口を開いた。
「良いところだろ?ここはねこの宿が特別良いところってのは間違い無いんだが、土地柄、魔族には寛容なんだよ。海を挟んでいるとはいえ魔族領と近くてね」
つまりは、本来魔族ってやつと人間は別れて暮らしているんだな。
「もしかして、ここエンフィルですか?」
グレープがゴモゴモしながら質問した。未だ真っさらなナイフとフォークを握りしめている。それに引き換え、手は汚れていた。
「あぁ、そうだよ。ここだけは、半島というのもあるんだけど、魔族領からの出入りがしやすくてね」
「やったぁ!きてみたかったんです!」
ニコニコのグレープを見てピートは笑った。恋に落ちてしまいそうな優しい笑顔だ。
「そうか、よかった。それで君たちはこれからどうする?」
そういえばそうだ。成り行きでここにいるがこれからどうしようか。
「うーん、俺生まれたばかりだから、行くところがないんだよ」
「ボクも……戻っても何もないし……」
「そうか。だったらとりあえずうちに来るかい?立派な家ではないが、庭は広いよ。それから今後のことをゆっくり決めるでもいいし」
「俺はそれでありがたいが……」
俺はグレープの方を見た。グレープ次第だな。一人にするのはなんだか心配だしな。
「え!良いんですか!?」
ノリノリだった。
「じゃあ、そういうことで。私は先に寝るとするよ。君たちは気が済むまで食べてくれ」
そう言って、女将に俺たちの部屋の手配を頼んでくれて、ピートは階段を上がっていった。
それから俺たちは一時間食い続けた。メルトが見えなくなった後、グレープはすぐさまナイフとフォークをテーブルの上に置いて、手掴みで食べ始めた。
良く頑張ったぞ。グレープ。
ケルベロステイマーの変な日常 原 十三番 @hutabasara
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